第21話
「あの子はそれから三年を過ごしてきた。私の罪をその一身に背負いながら」
「……」
雪華はずっと話していた。事故が起きてから七年間のお話を。
「そして、どういう因果か、あの事故からちょうど七年後に透と出会った」
「あれは、偶然だったのか?」
「だと思うよ。適当に逃げ回っていたら、気がつけば懐かしい所に戻って来ていた。そして、そこで『研究員』の襲撃を受けた。その時に黒木がイオルを撃って、それで……。……無我夢中に逃げて、誰かの家に入った。それがたまたま透の家だった。……面白いよね。運命ってさ」
雪華は鼻で笑った。
「透と再会した時イオルは複雑だった。会えてうれしいという気持ちと罪悪感。それが板挟みになっていた。最初、イオルは透だとは分からなかった。意識がぼんやりしていたし、成長していたから。しかし、透に触れたことにより、それが分かった。サイコメトリーという奴だね。それが勝手に発動した。それで君があの透だと分かったのだ。本当は知らないフリをしたかった。しかし弱っていたイオルはついポロッと透の名前を呼んでしまった」
「確かに、そんな感じだったな」
「そしてイオルはやってしまったと後悔する。それと同時に記憶を封じていたことを思い出した。自分の事を透が知らなくて当然だ。イオルはなんとか誤魔化せばいいのに、どういうわけか透の封じた記憶を解いた」
「だから、自然に記憶がわいてきたわけか」
「記憶に関する能力は相手に触れて尚且つ目を見なければ発動できない。それをやりながら記憶を起こした。あの時の透は、七年前のあの事故が起こる前までの記憶を憶えていたんだよ」
「そうだったのか」
「うん。でも、それはダメだと気づいた。美麻が来た時イオルは美麻を利用としようと考えた。そうして、イオルの中にあるノボルの記憶を透に移しかつ過去の事象をずらした。そして美麻には透の記憶を。要するに、七年前のあの仲良しグループを変えた。透をノボルの立場に。美麻を透の立場に」
「七面倒くさい事を……」
「それで、また透の記憶は変わった。というか変えてしまった」
「はた迷惑な話だよ」
「だよね。でもね、イオルはすぐにいなくなろうと考えたんだよ。この能力ちからは持って一日だから、その間に逃げようと。そうすれば傷は広がらない」
「しかし、ずっといたよな?」
「遊びに誘われたという事が転機。イオルは頭では理解できていたが、どうしても七年前と同じように遊びたかったんだ。それだけの理由だよ。でも、はたしてそれでよかったのかな?」
「オレは……別によかったぞ。たとえ七年前になにがあったとしても、昔のように遊べたのはよかった。これは断言できるよ」
「ありがとう。イオルは、透のそんな優しい所をよく覚えていたよ。昔のように変わらない優しさをね。しかし、驚いたことは一つあった。透がイオルの事をウサギだといった事。あれは、ノボルが初めて会ったときにイオルへ言った言葉だったから」
「あいつも、そんなことをな……」
「まあ、そこはいい。透。イオルはね、確かに記憶をいじったよ。でも、本当に、罪の意識はあった。それは全てにおいて」
「話を聞こうとした時、イオルは謝っていた。オレはアレを聞いてはいけないことを聞いてしまったから謝ったかと思ったが、違っていたんだな。あの事故の事を謝りたかったんだな」
「……そう。でも、満足に伝わらなかった」
「だが、今はもう伝わった」
「うん。そうだね。ありがとう。それで……後の事は透も知っているよ。イオルはもっといたいけど、でもそれを望んでは駄目。という葛藤ばかりをしていた」
「……そうか」
「事故現場で、花を添えた時も、誠意はあった。でも、花が飛んだ。多分あれは拒否だったのだろうね。まだ伝わっていない。それもそうだよ。人を騙している最中だし、自分でもよく理解していなかった」
「なるほどな」
「黒木と会って、透をさらに巻き込んだね。一日だけという弱い気持ちがそれを招いた」
「だが、アレはオレの意思だ。仮に友人であろうとなかろうとオレは同じ行動を取っていた」
「フフ。甘くて優しいよね」
「まあ、サンキュな」
「そして、あの廃工場での囮作戦。イオルが透に全てを話すことを決意したのは、もう巻き込めないと思ったからと、透がイオルと逃げた時に黒木が屋上で部下に命令していた言葉を聞いたことによるもの」
「黒木はなんて言ったんだ?」
「邪魔者は殺せ」
オレはぞくっとした。
「だから、松田の件もあって、イオルは透に全てを話し、終わる事を望んだ。そして、自分のこの行いを振り返り、それが一番いいと判断した」
「イオルが……」
「イオルにとってはそれがベストだったんだ。そして、救われた気がした」
「これが……全てだよ」
雪華は座り込んだ。そして、正座になった。オレをじっと見た。
オレはこくりと頷いた。
「ああ。分かった。今までの事は」
「私もね、ずっと透に謝りたかった。今、ここで改めて言うよ。イオルの口からではなく、私自身の口で。……ごめんなさい」
頭を深々と下げた。
オレは片膝をついて、「顔をあげろよ」と肩を軽く叩いた。
「私は……許されるはずはない。でも、こうやって気持ちがいくらかは晴れた。透が持っているイオルの誤解を少しでもとけてよかったよ」
「……」
「ねえ。私はどうしたらいいかな? ううん。許されるなんて思ってはいけないね。おこがましいにも程がある。私は、罰を受けたい。断罪してもらいたい。これは……この罪は、イオルではなく、私自身の罪なのだから」
オレは少し考えた。
「お前はどうしたいんだ?」
「私……私は……」
雪華は悩んでいた。答えが見つからないようだ。
オレは、雪華の話を聞いて、そしてこのGWの体験からある結論を導くことが出来たような気がした。それがなんなのかはまだ考えがまとまってはいないが、それでも、ざっとだが分かった。
「もう……。どうしようもないんだ。私は、イオルを傷つけ、他の沢山の人を不幸にしてきた」
雪華は背中を見せた。
「私は、ただ普通にイオルに自分を見てもらいたかった。共に生きたかった。イオルの笑顔を見たかった。私にそれを見せてほしかった……。それだけなのに」
雪華の肩が震えだした。
「イオルが人を不幸にするんじゃない。私が不幸にしているんだ。疫病神。いるだけで邪魔な存在」
雪華は拳をぎゅっと握る。そして、ポタポタと涙をこぼす。
「私は……ずっとイオルに……謝りたかった。こんな私がそばにいてごめんね、と。そして……大切なものを奪って……全ての責任を押し付けて……ごめんね……って……謝りたい。謝りたいんだよ……」
「……」
オレは雪華に近づいた。雪華は嗚咽を漏らしていた。下を向いていた。オレは雪華の肩を掴んでオレの方を向かせた。雪華は顔を合わせなかったが、構わなかった。
「その気持ちで十分じゃねぇか」
オレは自分の思った事をそのまま雪華に伝えた。
「えっ……?」
「雪華がやったことは、そりゃ取り返しのつかない事だ。だから、償うべきではあるんだ」
「でも……それじゃあ……」
「まず雪華が何をしなくてはいけないか。それを決めるのはオレじゃない。雪華だ。だけどオレにはアドバイスをすることが出来る。今、雪華はもう一人の自分のイオルに謝りたい。そう言った。まずはそれからだよ。それで、一歩前へ進めばいい。それから自分のなすべきことをもっとやっていけばいいんだ」
「……」
「自分もまた他人であるんだ。だから、自分といつも一緒にいるその他人に認めてもらえる。許してもらえる。それが身近にあり難解であるものだ」
「でも……イオルは……私の事なんか……」
「そうやって「でも」とかいって言い訳をする。甘んじているだけだよ。勝手に線引きをしているだけだ。ちゃんと測ろうとはせずに目測で距離を決めている。こうしたいという気持ちが本当にあるのならちゃんとそれに向き合う勇気と覚悟が生まれてくるはずだ」
「……。できるのかな?」
「信じていればきっと」
「許してくれなかったら?」
「それだったら方向性を変える。今のやり方では駄目だと反省し、別のいい方法を考える」
「……難しいよ」
「そういうものだと思うんだ。何事も。苦労せずに手に入れられるわけがないんだ」
「そう……だよね」
「雪華は……いや、イオルもか……。お前たちは立ち止まってしまっているんだと思う。途中で道が途切れている。その先には何もなく、暗闇しかない。その入り口に前で立ち往生しているだけなんだ。だから、一歩前に出て、その道を突き進んでいくべきだ」
「だけど、道に迷っちゃうよ?」
「それでいいんだ。正しい道なんかはない。自分が歩いたところに道が出来ていくんだ。それが自分への標となるんだ」
「……」
雪華は顔をあげる。
「だけど、安心しろ。雪華は一人じゃない。オレがいるよ。暗闇の道を並んで歩いたり、引っ張ってあげることが出来る」
オレは雪華の頭を撫でた。
「だからまずはその一歩を踏み出すことだ」
「…………うん」
雪華はこくりと頷いた。
「逃げない事だ。自分から。立ち止まったままにしないことだ。後ろばかりを向いてはいけないんだ。前を見て、少しずつ踏み出していく事なんだよ」
雪華は涙をぬぐった。
「うん。……わかった。だけど……まだ……その勇気が……出ないんだ。恐いんだ……」
「焦らずにいけばいいと思う。いきなり行けと言われてもダメなんだ。失敗する。急がば回れだ」
「ずうずうしいかも……。だけど……もう少し……時間が、欲しい……」
「わかった。だけど、必ずやれよ。そして、それから自分をどうしていくか。それを決めるんだ」
「うん。必ず……。だから、待ってて」
「ああ。オレも見ててやるよ」
オレはほほ笑んだ。雪華もつられて笑う。
「だが、まだ……他に、やるべきことがあるな」
「それは?」
「いや。それは雪華の方じゃない。イオルの方だ」
オレはそっちの方でもまた、導き出さなければならない。
オレは天を仰ぎ見る。
そうすると画面が揺らいだ。眩暈がした。
「……ごめんね。もう……話せる時間が……ないみたい……そろそろ、私の体力が……」
雪華がそう言った。イオルに力の大体を持っていかれているから、この現状を維持するにも限界があるのだろう。
「そうか。……ありがとう。話を聞けて良かった」
「ううん。私こそありがとう。必ず……必ず……前に進むから」
「ああ。そうできるよう願っている」
フラッとした。意識が段々と薄れていく。
「じゃあ……最後に……一つだけ……いいかな?」
「何を……?」
雪華は指をならす。そうして場面が変わる。あの、公園だった。そこにまた戻ってくるのだった。
「どうしてここへ?」
「イオルがノボルと最後にあった日の事。あの二人はここでノボルが考えたおまじないをした」
「おまじない?」
「そう。それはおまじないというよりかは、約束だ。互いに守るべき約束を交わしただけ」
「そんなことが……」
雪華は砂場に歩いていく。その砂場には誰が作ったのか、山が作られていた。そして、トンネルが掘られていた。
「トオルも、こっちへ来て」と雪華は手招く。オレはその山へ歩いていく。「ここでね、手を通すんだ。そして、互いに約束事を言って、指切り。それだけ」
「なるほどな」
オレはクスリと笑った。
「これは、ノボルとイオルの二人だけの秘密の約束。だけど、私たちも、やってしまおう?」
「ああ。わかったよ」
オレは山の中に腕を通す。雪華もそれをする。そして、トンネルの中でオレ達を小指同士を結んだ。それから互いに約束事を言った。
「私は……逃げない。自分自身から。そして、罪からも」
リリィはそう言った。オレも続いている。「じゃあ、オレは……」と。自分の約束を述べた。
そして、指を切った。
「必ず、守るからね。だから、待ってて」
「ああ。分かった。少し遠いかもしれないが、それでも、オレは隣にいるさ」
「うん。ありがとう。トオルに出逢えて……よかった」
「オレもだ」
「だからね、私もトオルを……守ってみせる」
そして、景色が消え去った。目の前から光景が無くなった。雪華が目の前からいなくなった。
暗闇になった世界でオレは目を閉じた。
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