第15話
オレは気がつけば家に着いていた。思考が停止していて、どうやって家に帰ったか分からなかった。家に帰ってもオレは上の空だった。電気もつけずにリビングで座っていた。ぼんやりしていると、朝になっていた。朝日がカーテンの隙間から漏れ、鳥のさえずりが聞こえてきた。そこでオレはハッと気がつき始めた。
オレはおもむろに立ち上がり、洗面所に向かった。そして顔を洗った。それで少しは意識がハッキリとするだろうと思った。しかし、変化はあまりなかった。
オレはふう、と息を吐いた。そして、リビングに寝転がった。仰向けになり、天井をただ眺めているだけだった。
オレにとってこれ程までに深い衝撃を与えられたのは七年ぶりだ。そう、あの事件以来の出来事だ。
これは昔のお話。
オレはあの時、いつものような生活を送っていた。その日は休みだったので、オレは部屋で漫画とかを読んで過ごしていた。父親はせっかくのオレの誕生日だというのに休みが取れず、どこかに、例えば遊園地だとかに連れていってもらう事が出来なかった。しかし、美味しい物を食べられるので、そこは我慢した。オレが暇を持て余していると、家に三人やって来た。オレの友達だ。わざわざ祝いに来てくれたのだ。もちろん、松田と美麻だ。あともう一人は、名前も顔も憶えていないが、野球クラブで一番仲が良かった奴だ。プレゼントは何か忘れてしまったが、手作りの物だった気がした。多分、捨ててしまっただろう。まあ、それはどうでもいい。
オレは家に入れて普通に遊んだ。トランプゲームだったりテレビゲームだったりと。そうやって楽しい時間を過ごした。
夕方ごろになり三人は帰った。楽しい時間はあっという間に過ぎた。オレはもっと遊んでいたかったなと思いながら、父の帰りを待った。そして、父が帰って来た。父はプレゼントを持って帰って来た。
箱を渡され、中を見るとそこにはグローブが入っていた。オレは喜んだ。そして、そのまま外食に出かけた。オレの要望により焼肉屋へいくことになった。食べ放題で、たくさん食べた。やはり、肉ばかりを食べた。野菜なんか食べているよりはそっちの方がいい。
腹がパンパンになった。もう何も入らない状態で、満足だった。オレは満腹感を味わって、車の後部座席でのんびりしていた。雑談をした。とりとめもない話だ。談笑する。今までの事とかを思い出話として話し合ったり、オレの学校やクラブの状況を話したりなど。いつものような話を。
オレはどのような会話をしたか覚えていない。当たり前だ。そういうのは特別記憶するようなことではないからだ。オレは本当にそれが悔しい。誰がそれを最後の会話になろうと想像するだろうか。
それは突然だった。
父親が何かびっくりしたかのように声を出した。そして、急ブレーキをかける。身体が前に飛び出る。だがシートベルトがそれを阻止してくれた。車は横に大きく曲がった。それだけで終われば良かった。だけど、対向車がいた。それと思いっきり衝突した。車は弾き飛ばされ、砕かれる。そして、オレは意識を失った。
オレはこれからの記憶がなかった。次に気が付いたときは病院だった。
だけど、事故当時の記憶が微かながらに残っていたのだ。薄れる意識の中オレはあるやつを見ていたのだ。炎が燃え盛り、阿鼻叫喚の地獄のような景色の中、オレは白濁した意識でそれを捉えていた。
オレはおもむろに車の中で親を呼んだ。それはとてもか細く弱々しかった。恐怖がオレは耐えられなかった。だから助けを求めた。それでオレは親の手を掴んだ。その手は力がなくだらんとしていた。オレはその手を触りながら何度も親を呼んだ。でも、反応がなかった。
オレは身動きがとりづらい車内の中で親の顔を見ようと動いた。
親はもう死んでいた。顔は半分潰れていた。そして、空洞になった目を大きく見開いて絶命していた。眼が飛び出していた。振り子の運動をしていた。眼はブランコのように空中をぶらぶらとさせて遊んでいた。
オレは叫んだ。絶叫した。朦朧としていた意識がはっきりとしたのだ。
オレは外を見た。そこには一人いた。夜の暗闇の中で真っ赤に猛る炎を背にしてたたずむ一人の少女がいた。その少女はオレの車の前でポツンと立っていた。顔は分からない。しかし、紅い眼が煌めき、狂気を孕んでいた。しかし、その奥底に存在するそれは悲哀のようなものを感じた。
オレはそれを化け物と呼んだ。はたしてそのようにして発言したのかは不明瞭ではあるが、そんな事を呟いたような気がする。
炎の中で立ち尽くす紅い眼をした白い化け物。オレはそう思わないわけがなかった。
少女はしゃがみ込んだ。そして手を伸ばす。オレは身動きが取れなかった。意識が段々と途切れていく。視界がぼやけていく。オレは抵抗する気にもなれなかった。オレはゆっくりと目を閉じるのだった。
そして次に目が覚めた時、オレは病院にいた。そこで親の死を告げられた。オレは頭の中が真っ白になった。実感は湧かなかった。オレはこれからどうすればいいのかとかそういうのは考えられなかった。
友達とかがお見舞いに来てくれた。記憶が曖昧だったが、オレはそいつらの事をおぼえていた。やはり、一番見舞いに来てくれたのは美麻だった。次に松田。その二人が病室に来て、学校のプリントとかを届けてくれた。そして、学校の状況を話してくれていた。
オレは寂しかった。病院で友達は来るが、それでも一人ぼっちなのは変わりなかった。必ず、その孤独の時間が訪れる。オレはそれが恐怖でしかなかった。
退院し、祖母に引き取られた。オレは新たな土地で生活を築いていく事となった。長年過ごした土地を離れるのは嫌だったが、このままここにいるのは自分をダメにする気がした。
オレに事故の記憶がなかったのは、両親の死を認めたくなかったからだと思う。いわゆる現実逃避に近いのかもしれない。死んだ、という事実に目を背けるためだったのだろう。実際に見るのと、人づてに聞くのとでは訳が違う。だからオレは記憶を閉じ込めていたのかもしれない。
そして、その記憶はイオルによって起こされることとなった。そして、イオルという存在がオレの中に何もいなかったということだ。
「オレはどうすればいいんだ」
オレは自分にそう問いかける。しかし、それだけでは何も解決は出来ない。
オレは未だに悩んでいた。苦悩していた。自分の選択が正しかったのかどうか。
「間違ってないよな」
オレはいてもたってもいられなかった。だからオレは両親に会いに来た。そこでいきさつを説明した。感情をぶちまけた。自分の中にたまっている心の内を。そうすることで気は楽になった。
しかし、喋っているのはオレだけだった。誰かが相槌を打つこともしなければ頷くことさえもない。オレだけが風を起こすだけで周りはただそれを受けているだけだった。オレは物寂しい気持ちになる。
オレは両手をポケットにいれた。そしてため息をついた。
オレの問いには誰も答えてはくれなかった。
「……そうか」
オレは踵を返した。そして歩いていく。そうしてここから立ち去るのだった。
――
「あ、透! ちょうどよかった。今透の家に行こうとしてたところだったんだよ」
帰宅途中に美麻に声をかけられた。オレは「ああ、うん」と気が抜けた声でこたえた。
「どうしたの? 元気ないよ? 大丈夫? それと、イオルちゃんは家にいるの?」
「まあ……うん……ちょっと……な……」
オレは美麻に説明をするか迷った。
「あのさ、私、気になる事が出来たんだ。イオルちゃんに対してね。だから、今から家に行ってもいい?」
「……気になることって?」
「あのさ……すんごく気持ちが悪いんだ。私がボケただけかもしれないけど。気になって気になって仕方なくてさ。連絡をよこしたのに返事くれないしさ」
「ああ、それはごめん」
オレはそういえばと思い出した。携帯が何度も鳴っていた。オレは携帯を開けて着信履歴を確かめた。そうすると、美麻の名前が載っていた。
「なあ、美麻。オレも大事な話があるんだけどさ、そういうのは、家で話さないか?」
「うん、いいよ。イオルちゃんは家にいるのよね?」
「いや。いないよ」
「へ?」
きょとんとした顔をする。
「あいつは……」オレは言葉を詰まらせた。言いづらいことだった。「とりあえず、家に行って、それから話すよ」
「ち、ちょっと待ってよ。どういうこと? イオルちゃんに何かあったの? そこはここで説明してよ」
美麻は混乱していた。オレの裾を掴んで、オレの顔を覗き込んだ。
「じゃあ、歩きながら、昨夜の事を話すよ。正直、聞かない方がいいぞ」
「大丈夫だよ。このままじゃもやもやして気持ちが悪い」
「そうか……」
オレは歩きながら、昨夜の事を美麻に語った。暗い調子で話した。美麻は真実を聞いて、目を大きく見開いて驚いた。開いた口が塞がらない状態だった。うつむき、閉口した。言葉を失った。
オレは美麻の様子を見ていられなくて、そして自分の表情を美麻に悟られたくなくて、顔を背けた。
明るく照らしていた太陽が雲によって隠れた。まるでオレ達の心を映し出しでいるようだった。
――
「そんな事があったの……」
「ああ」
真相を聞いた美麻は肩を深く落としていた。
「じゃあ、イオルちゃんは今、『研究員』のリーダーの黒木という人の所にいるのね」
「そうだ」
オレ達は家に着いた。それで、オレは鍵を取り出して玄関の鍵を開けた。そしてドアを開けようとする。だが、ドアは開かなかった。
「あれ? 鍵でもかけ忘れてたの?」
前に二度同じことがあった。オレはまさかと思い、鍵をもう一度ひねり、開けた。そして玄関ドアは勢いよく開かれるのだ。玄関先には何もなかった。オレは靴を急いで脱いでリビングに向かって走った。
「おう! 透! 元気だったか」
すると、そこには松田がいた。オレは「何だよ」と力が抜けて膝から崩れ落ちた。
「どうやって入ったの?」
「鍵が開いてたから勝手に上がらせてもらった」
松田はしれっと言った。オレは尾の長いため息をついた。
「そういうの、友達失くすよ?」美麻が言う。
「まあ、いいじゃんか。それより、アレはどうなったんだ?」
オレと美麻は顔を見合わせた。オレはゆっくりと立ち上がり、松田の前に座った。そしてもう一度事の顛末を話すのだった。
「とりあえず、松田が無事でよかった」
「まあ、銃の扱い方についてこっぴどく叱られただけだったからな」
「そうか」オレはホッと胸をなでおろした。
「意外にいいやつなんじゃないか? バカみたいに強いけど。ありゃ、チートだよ」
「まあ、確かに。銃弾を素手で受け止めたからな」
「え? そんな人がいるの?」
「まあ、美麻は知らないか。アレは衝撃的だったよ」
「羨ましいよな。俺もあんな風に恵まれた体が欲しかったよ」
「でもさ……それを持っている人からしたらいらない力、なのよね」
「……」美麻の言葉にオレは黙った。松田は軽い調子で、「世の中そういうもんだよなー」と言っていた。オレは吐息を吐いた。
そういえば、イオルは「この苦しみは分からない」と言っていた。イオルにとっては、それはいらないものだったのだろうな。強大な力を持って生まれ、そしてそれが他人から忌み嫌われる力となる。何も……言えやしない。
「さて。まあ、ここまでにしておこう」急に松田は神妙な顔になり、顎を触る。「複雑な問題になったな」
「……うん。そうだよね」
美麻が暗い顔で頷いた。
「私、今回の事、透から聞いて、一つ、納得がいったことがあった。ホラ、憶えている? その黒木って人から貰った花の事」
美麻は、オレがデパートで黒木からユリの花を貰った話をしている。オレはそれをイオルに渡した。イオルはそれをあの事故現場に供えようとしていた。しかし、結局それは諦め、持ち帰ったのだが。
「あれがどうかしたのか?」
「スカシユリでしょ? アレは。私ね、花言葉を調べたの。そうすると、スカシユリって裏の意味があってね、「偽り」だそうよ」
「偽り?」
「そう。だから黒木って人は透や私にそのイオルちゃんの「偽り」を密かに伝えていたんだって」
「……相変わらず嫌な奴だな」
「私ね、本当はイオルちゃんに尋ねるつもりだったけど、今はいないから透に言うわ。私ね、イオルちゃんの記憶がないの。そう。つまり過去の記憶がないの。昨日と一昨日のイオルちゃんの記憶はある。でも、七年前に遊んだという記憶が一切ないのよ」
「何だって? 矢頭、それは本当なのか?」
「うん」
「美麻も……だったのか」
「もしかして透も?」
「ああ。イオルの真実を聞いて、過去の記憶が無くなった。遊んでいたという事実が元から無かったんだ。その代わりに、あの事故の記憶がよみがえった」
「そうだったの……。やっぱり、イオルちゃんが、ねつ造、していたのね……」
「……みたいだな」
オレ達はふさぎ込んだ。
「本当に、オレはイオルを許せない」オレは下唇を噛みしめた。「気づけなかった自分にもとても腹立たしい」
「でも、イオルちゃんにも……事情があったのよ」
「いったいどういう事情っていうんだよ? 事故を起こし、大量に犠牲者を出したのに、それなのにどんな事情があったんだよ」
オレはつい声を荒げてしまった。美麻は「ごめんなさい」と胸に手を押しあてていた。オレも自分が冷静さを失っていたことに気づき、「すまなかった」と謝った。
「なるほど。そういう事だったのか」
突然、松田が何かすっきりした顔になり、何度も頷いていた。オレはその言動に首を傾げた。
「なあ、透よ」
松田が、オレに話題を振ってくる。
「俺はお前のその気持ちも分かる。だけどな、本当によかったのか? イオルちゃんを見捨てるという行為は正しかったのか?」
松田の声のトーンが低くなった。オレはそれを言われた時、胸がズキッと痛んだ。
「だってあいつは……人を殺したんだぞ。しかも、それを嘘までついて隠した。そして、オレと美麻に嘘の記憶をねじ込ませた。それでオレや松田が、危ない目にあった」
オレは拳を固く握りしめた。沸々と忘れていた怒りが湧いてきた。
「それは……そうだな。結局のところイオルちゃんが俺達を巻き込んだ形になったし。しかしだな、少なくともそれはお前自身の意思だぞ。記憶が改ざんされたのもあるが、お前は最初にあいつを見捨てるという選択が出来た。でも透はそれをしなかっただろう?」
「オレの場合は記憶を……」
「だから、それはお門違いだって言ってんだ。俺は記憶とか云々の以前の問題、つまり無関係なわけだが、それでも協力した。損得を考えずにな。俺の知っている透が俺の立場だったら、恐らく俺と同じ行動を取っただろうな。お前は困っている人を見捨てられないからな。いい加減素直になれよ」
「何が言いたいんだ?」
「言い訳するなって事だ。混乱するのは分かる。許せないのも分かる。だが、冷静になれ。これが真実なのかもしれないが、それでも、お前はその真偽を確かめようとしたのか?」
「……」
「お前の話を聞く限り、だ。どうも黒木の話ばかりじゃねぇか。それを鵜呑みにしている気がする。最初にイオルちゃん自身がそう言ったのかもだけど、例えばお前を庇って言ったのだとしたら? これ以上お前に迷惑をかけたくない、という気持ちから出た嘘、という可能性もあるよな? そもそも、イオルちゃんはお前の記憶を操っていたんだろ? それがどうして本当だといえる? 今のお前の記憶が正しいとお前は言えるのか?」
オレはハッとした。松田に言われ、気がついた。
イオルは記憶をいじれる。自分でそういっていたし、『研究員』に対してでもそれを使用していた。だがしかし、この記憶が本当であるという確証はないのだ。今までの出来事が本当であり、イオルが嘘をついて記憶を改ざんさせたという可能性があるのだ。
オレは口元を抑えた。何故、この事に気がつかなかったのだろうか。オレは黒木の言葉でイオルが罪を犯したと決定づけた。イオルもそれを認めていたから、オレは確信した。
「しかし、美麻のイオルとの過去の記憶は偽物だった。だから、本当にそうなのか?」
「そこだ。俺は一つ、お前に言いたかったことがある。ずっと気になっていたんだよ。だが、矢頭が無関係だって事で、合点がいった。お前はイオルと会っている。これは間違いなくな」
「え? それってどういうことなの?」美麻が聞く。オレも聞きたかった。松田の言う事に二人とも驚く。
「矢頭も知っているはずだ。小学校の三年の時に四人とも同じクラスになったからな。その四人で仲良くしていただろ?」
「ああ! ノボル君だ!」
美麻が声をあげた。目を開いていた。オレは誰だ? と眉間に皺をよせた。そして、頭痛がはしった。
「そう。ノボルだ。透は野球のクラブで一緒だっただろう?」
オレは「あ!」と声をあげる。そして、思い出した。顔も名前をぼやけていてすっかり出てこなかったが今になってスッと出てきた。つっかえていたものが取れたかのように。
「そうだ。そうだよ。じゃあ、オレはイオルと会っていた?」
オレは湧水のように失われていた記憶が湧き出る。
「そうだろ。少なくとも俺はそう聞いている。俺の記憶が間違いでもない限り」
オレはイオルと最初に会ったときを思い出した。あの公園で、あいつはずっと独りぼっちであると聞かされていた。それは誰か。ノボルに。ノボルが最初にイオルと会ったのだ。そして、オレにその事を話してくれて、それからオレもその輪に加わることとなったんだ。それがオレとイオル……いや、あいつとの出会いだったんだ。
オレは何もかも思い出した。そうだ。記憶が戻ったのだ。あいつに全てしてやられていた。あいつめ。都合の悪い記憶を消しやがって。
松田の言うとおりだった。オレは深いため息をついた。落胆する。
「本当に笑えてくるよ。あいつめ、色々とやりやがって……」
オレは太ももに肘をのせて、手を額に当てて下がった頭を支えた。
「しかし、何故オレはノボルの事を忘れていたんだ?」
オレはそのままの格好で二人に尋ねた。分かるわけはないだろうが、気がついたらそれを聞いていた。そして、美麻がその問いを答えるのだった。
「多分、イオルちゃんがまた記憶をねつ造したんだと思うわ」
オレは顔をあげる。
「ノボルの事を透が知れば、関係性が分かってしまうからな」
松田は一つ頷いて、補足した。
「そういえば、ノボルは……?」
オレが問う。すると松田と美麻は目を合わす。アイコンタクトをする。そして、美麻がオレの方を見る。そして口を開く。
「ノボル君は、七年前のあの事故で死んでしまったのよ。運悪く、そこにいたの。そして、事故に巻き込まれてしまった」
「そうなのか……」
「ひょっとすると、イオルちゃんは、その事を今でも気に病んでいるのかもな。大切な友人を殺してしまった事を。そして、もう一人の友人も傷つけてしまった事を」
「……」
オレはあいつと最初に会ったときを思い出す。一昨日の話だ。あいつはオレと会いたかった、話したかったと言っていた。そして泣きながら謝っていた。今にして思えばあれは、七年前の懺悔だったのだろう。あいつはずっと胸を痛めて生きてきたのだろう。
「ねえ、透。多分だけど、イオルちゃんは道に迷っているんじゃない?」
ここで美麻が声をかけてきた。
「道に?」
「ええ。今までずっと闇雲に走って来て、進むべき道を見失っている。ううん。そもそも、導いてくれる人、それを助けてくれる人がいなかったから、だからどのように進んでいいのか分かっていない。その場で立ち止まっているんじゃない?」
「……」オレは黙って聞いていた。美麻は言葉を紡いでいく。
「だから、何でもしちゃう。人の言う事が、それが正しいって思っちゃうんじゃない? だから、黒木にもついていった。そして、それを甘んじて受け入れる。私は、なんか、可哀想に思える」
「……」オレは美麻の言葉を受けて熟考する。
「何か、ごめんね。自分で何を言いたいのか、ちょっと分からなくなった。だけど、とりあえず、主旨だけは受け取ってくれればうれしい」
「何だよそれ」と松田が笑った。
「……」
オレは前々から何か違和感を記憶の中に感じ取っていた。あいつと会ってからずっと感じていた。どす黒い塊が何かをせき止めているような、そんな汚れが肥大したモノが頭の中で固まり、うごめいていた。
しかし、今はそれが全て取り除かれたのだ。ある意味、腫瘍のようなものだ。オレはそれを摘出出来たのだ。そして、今は晴れやかな、すっきりした気持ちでいる。
だけれどもまた、詰まった、もやもやとしたものが浮かび出てきた。
オレはイオルを許せるのか、そしてイオルにどうしてほしいのか、という事だった。
真実はまだ分からない。しかし、オレの記憶の中ではそれがまず間違いがない。オレの両親を殺したという事実。あの事故を起こしたという事実。その過去は洗って消せるようなものではない。あいつは、あいつ自身は、その過去をどのようにして清算していきたいのだろうか。
「そうか……なるほどな。うん」
オレは顎をさすった。そして「うーん」とうねった。目を強くつぶった。そして、考えた。思考を巡らす。オレは悩みに悩んだ。そして、ある思想に至った。
しかし、それはまだ不完全であり、それを正しいと言うわけにはいかないのだ。
ここで結論を出すのはまだ早いのだ。
そう。早い。ここでじっとしていても、真実にはたどり着けないのだ。
「……。オレの腹は決まった。オレはあいつと会ってくる」
オレは勢いよく立ち上がった。
オレはあいつに会いに行かなければならない。そして、話を聞いて、そこでオレがあいつをどうしたいかという結論を出さなければならない。そして、オレなりにあいつを導いてあげなければならない。導くとは、随分と自分勝手な想いかもしれない。でも、そうしなければ、あいつは更にさまよったままになる。
だから、向かわなければならない。あいつの所へ。そして、黒木とも話をつけなければならない。
「今から『研究員』の根城に乗り込んでやる」意気揚々とする。
オレは、そうやって
「俺も手伝うぞ」
松田も立ち上がる。そして、オレの手を握る。熱く握りしめるのだった。
オレ達は互いに見合う。そして、頷いた。
「でも、それってどこにあるの?」
しかしここで美麻の冷静な指摘が入った。オレは固まった。そういえば、場所を知らなかった。
「あー。しまったな、どうしようか」
「おいおい。先が思いやられるな」松田は嘆息した。
オレは考えを巡らす。黒木があいつをどこに連れていったかそれを知りたい。しかし、オレの情報網の狭さは笑えるぐらいだ。それに、『研究員』なだけあり、そういったセキュリティーも万全であろう。
はたして、どうしたらいいものか……。
熟考する。だが、いいアイディアが一つも出てこなかった。
「あのさ、ソー……さんだっけ? その人は、どうなの? 聞いたところ、敵ってほどでもないし、悪い人でもない気がするんだけどさ……」
美麻のその発言にオレはピンときた。松田も同じことを考えたようで「なるほど」と頷いた。
「ソーの仕事ってイオルちゃんを捕まえる事だろ? イオルちゃんはもう黒木に身柄を拘束された。だから、任務はもう完了しているはずだ」
「そうだよ。美麻、ナイスだ。ソーを頼りにすれば……」
「しかし、あいつが協力してくれるのか?」
「あいつに、名刺を渡されたんだ」オレは名刺をポケットから取り出した。そこには電話番号が書いてあった。「お金はいくらかかるか分からない。でも、味方になってくれさえすれば、頼もしいことこのうえない」
「私、出すわよ」
「俺もだ」
「二人とも……。……ありがとう。……じゃあ、早速電話してみるよ」
オレは携帯を取り出す。そして、番号を待ちがいないように慎重に確認し、ダイヤルを押した。
十秒ぐらいだ。それぐらい待った。そして、出た。
『もしもし? 誰だ?』
ソーの声だった。
「あ、透です。ちょっと今時間よろしいですか?」
外にいるのか、やたら騒がしかった。
『あ? 今、ちょっと喋ってる所じゃないんだけどな。まあいいや。用件は?』
「えっと……あいつに、イオルに……ついてですが」
『ほーん。まだ諦めてないのか?』
「はい。オレは、もう一度あいつに会いに行くって決めました。だから、協力してほしいです。そうですね、依頼としては、イオルが監禁されている場所の特定と、イオルと決着がつくまでのボディーガードです」
『そりゃまた面倒くさいな。まあ、今俺も忙しいんだ。詳しい話は後で……あ、どうせなら今からこっちに来い。多分、○○駅の近くにいるから』どうやら、ソーがいる所は、オレがいつも利用している駅のようだった。近場だ。『とりあえず、場所は……』オレは詳しい場所を教えられる。何の用かは分からないが、とにかくお店にいるようだった。
「じゃあ、行ってくる。着いてくるか?」
オレは美麻と松田に尋ねた。
「乗りかかった船だ。最後まで付き合うぞ」
「私もよ」
二人は立ち上がる。そして、手を重ね合わせた。
「じゃあ、行こうか」
オレ達は、結束を固める。そして、ソーがいる所へ向かうのだった。
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