第16話

 ソーから伝えられた場所に来た。二十分ぐらいかそのぐらいでついた。そこはラーメン屋だった。昼食をとっていたらしい。


「何か混んでるな」


 なにやら人だかりが出来ていた。人気店なのか。まあ、駅の近くのお店だから混むのはわかる。しかし、並んでいるという様子よりかは、店内を見ている、といった方が正しい気がする。何やら歓声もあがっている。イベントでもやっているのだろうか。


「覗いてみるか」


 ここにソーがいるはずだが、とりあえず、店内を覗く。


「あ、いた」


 松田が指をさす。オレはその先を目で追う。すると、ソーがその先にいた。ソーは何やら通常の五倍はありそうなでかいラーメンの器を持って、浴びるように飲んでいた。


「あれ、三杯目だぜ」と、隣にいた人が、友人にそう話していた。オレ達は顔を見合わせた。「どうする?」と美麻が尋ねる。オレは「とりあえず行こうか」と、店内に入った。店内は客というよりは、見物人であふれかえっていた。ソーの食いっぷりを見守っていた。


「あー、おかわり」


 ソーが器をカウンターに置いて、そう言う。その言葉を待っていたといわんばかりに、歓声がどっと上がった。ヒートアップしているようで、「もっと行け!」と応援が聴こえる。


「何? 大食い対決でもしてんの?」松田が聞く。


「しかし、相手はいないぞ。ただの大食いチャレンジだな」


「ああ、アレよ」


 美麻が張り紙を発見する。そこには、定番と言えば定番の、十人前のジャンボラーメンを二十分で完食したら金一封と書かれていた。


 周りの声も聞いて何となく情報は得た。とりあえず、ソーはそれに挑戦していて、四十分で四杯目に突入したようだ。こりゃあ、お店は赤字だな。


 しかしそれにしてもよく食べる。人並み外れた超人ぶりも、これで納得がいった気がした。


 店主は涙目になりながらラーメンを作っていた。ソーは爪楊枝で歯間を掃除していた。


 オレは話しかけるのなら今だな、と前に出た。


「何やってんすか」


 声をかける。それにソーは気づいたようだ。


「おう! お前らか。遅かったな」


「忙しいって、これっすか?」


「おう。まあまあ座れ」


 どうぞと椅子を引いくれた。オレは礼を言いながらそれに座った。なんだか、人の視線が気になる。だが、そんなのを気にしてはいられない。


「店主! 餃子十人前よろしく」


 さらに注文する。もう厨房は大忙しだった。


「そちらのお嬢さんは?」


「あ、矢頭美麻です。透の友達です。これから、よろしくお願いします」


 美麻は頭を下げた。


「ふーん。そうか。まあ、それで、だ。仕事の依頼だろ?」


 水を一口飲んだ。ソーは先ほどまでの緩い顔をやめて、顔を引き締め、真剣な顔になった。


「もう、決着はついたんじゃねぇのか?」


 オレは首を横に振った。


「まだです。オレはまだちゃんと決着をつけていない。オレはただイオルに自分がすべきことを認識してもらいたい。決めてもらいたい。そして、オレ自身がイオルとどのようにしてい向き合っていくか。その為に、オレは、行かなくちゃいけないんです」


 オレはソーを見た。目を真っ直ぐに見る。オレの決意を見てほしかった。感じてほしかった。ソーは気難しい顔をして、オレを見る。


「互いに傷つくだけになったとしてもか?」


「はい」


 しばらく、にらみ合いみたいなものが続いた。周りも、静まり返っていた。


 先に動いたのはソーだった。ソーは「ふっ」と笑う。そして「手前勝手だね。どいつもこいつも」と、呟きながら箸で麺をすくいあげ、それをすすった。


「……」


「いいだろう。受けてやる。だが、高いぞ?」


「借金してでも払います。そんなの気にしていられません。オレは、今ここで動かなければずっと後悔していく事になると思うんです。オレはそんなのは嫌なんです。自分の気持ちをハッキリとさせ後悔の無いようにしたいんです」


「いいね。俺は、そういうの大好きだ」


 ソーはにやりと笑った。


「はい餃子十人前と、ラーメンです」


 その時、ソーが注文した品がカウンター席に置かれた。でかさに圧巻だった。ものすごい迫力だった。


「その餃子、彰吾と美麻にやる。おごりだ。それ食ってちょっと待ってろ」


「え? いいんすか?」


「ああ。そして、透には、このラーメンをやる」


 オレは、目の前に、それを差し出された。オレは思わず「え?」と気の抜けた声を出してしまった。


「今回の報酬は「透が時間内にラーメンを食べきる」にしておいてやる。破格だぞ? もちろん、出来なきゃ、なかったことにするがな」


「ほ、本当に言ってます?」


「ああ。まあ、ある意味試験だと思えばいいさ。お前の覚悟をそれで見せてもらおう」


 ソーは顔をそらして声を押さえて笑った。少し、楽しんでいるようだった。


「分かりました。やります」


 オレは箸を手に取り、割った。そして、気合を入れる。そして、店主のスタートの掛け声と共に、そのチャレンジをやるのだった。





「キツかった」


 オレは地面に座り込み、壁にもたれ掛っていた。


「ご苦労様」と、美麻が労いの言葉をかける。


「まあ、とりあえずこれで受けてくれるんすよね?」


「ああ。だが、山場はここじゃないぞ。こっからだぞ」


 オレは吐きそうになるのを懸命に抑え、「分かってます」と答えた。


「とりあえず、今から行くだろ? 一刻も早く行った方がいい」


「そうっすね。でも、場所は分かるんすか?」


 あまりしゃべれないオレの代わりに、松田が言ってくれている。


「大丈夫だ。挑戦中に手筈は整えた。いつでも乗り込めるぞ」


「あれ? 自然には入れないんですか?」


「もう俺は部外者だしな。でも、普通に入ろうと思えば入れるが、ちょっとそっちの方が盛り上がるだろ? それに、ちょっと破壊衝動が抑えられなくてな」


「何だか危ない人だわ」


「勘違いするな。黒木のやり方とかが若干気に入らないだけだ。まあ、今のクライアントはこの透なんだから、イオルと会わすまでは好き勝手やらせてもらうさ」


「透はそれでいいの?」


「オレは……別に……いいや」


「そう。それならいいのよ」


 オレは腹を抑えながら立ち上がった。


「本当に、ラーメンを食べるだけでいいんですか?」


「構わん。俺からの挑戦状を受け取る事が報酬だと思え。なに、最近大量に収入を得たからな」


「分かりました」


「あと、それとだ。言い忘れていたが、連れていくのは透、お前一人だ」


「え?」とソーの言葉に全員が言った。不意をつかれた言葉だった。


「どうしてですか?」


 美麻が尋ねる。


「お前らも無関係、というわけではないが、これは透とイオルの二人の問題でもある。横から色々入るのも野暮ってもんだろ」


「それも……そうか……」


「俺はただそこまで届けるだけで、それを見守るだけだ。彰吾と美麻、お前らは家で結果を待っていろ」


「でも……そうね。分かりました」


 美麻は少し寂しそうに頷いた。


「じゃあ、透。俺はどんな結果になろうとも、お前らを手厚く迎えてやるよ」


「……。ああ。待っていてくれ」


 オレは力強く頷いた。


「ねえ、透」


 ここで、美麻が一歩前に出た。そして声をかける。


「ん? 何だ?」


 美麻の表情は真剣そのものだった。オレは顔を引き締めた。


「私も、応援しているわ。でも、一つだけ、聞きたいことがあるの。そして言いたいことがあるの。いいかしら?」


「ああ」


「透は……イオルちゃんを許したいの?」


 オレは言葉に詰まった。その問いにドキッとした。しかし、すぐに答えた。


「オレは……許したい、という気持ちはなくはないけど、やはり、怒りや怨みが強い。それは変わらなくて、根強くある。でも、この気持ちをハッキリさせるために今から行くんだよ」


「そう……そうよね」


 美麻は目を閉じた。一呼吸する。


「私は、透の気持ちは痛いほどわかる。ううん。嘘。本当は分かっていない。だから、透がイオルちゃんに対して思う気持ち。それから出てくる葛藤。心の戸惑いがどのようなものなのかは分からない。でも、これだけは思い出してほしい」


 美麻がオレの手を持った。そして、顔を近づける。真っ直ぐな目を見せられる。


「私にとってのイオルちゃんとの過去は幻だったけど、それでも、このGWに出会った時の記憶は現実にある。それは確かにある。透といたときの、あの時のイオルちゃんは、嬉しそうだった。しがらみから解放されたように。でもそれは、罪を忘れて、ではないよ。過酷の運命の中から生まれたひと時の安らぎ。イオルちゃんは心の底から笑っていた。楽しそうにしていた。アレは本当の友達にしか見せないようなものだったよ。イオルちゃんが、この数日で残していたものは、偽りではなく、本物だと私は思う。透になら、それが分かると思う」


「……ああ。そうだな」


 イオルはオレに対して様々な表情、感情を見せてくれた。確かに、それは本当だろう。


「それだけは、忘れないでね。答えを出すのは、透自身。私なんかじゃない。だから、私はどんな結果になっても透を批判したりしない」


 美麻は優しく笑った。そして、肩をすくめた。


「だからさ、自分なりにきちんと決着をつけてきて。後悔がないように、納得がいくまでずっとそこにいればいいよ。どれぐらいの時間がかかってもいいし。私たちは、待っているから。


「ああ。分かった。ありがとう。美麻」


 オレは美麻の肩をポンと叩いた。


「じゃあ、行って来いよ」


 松田は拳をつきだす。美麻も松田に合わせて出した。そして、三人でその拳を合わせた。


 そしてオレはソーと一緒に黒木がいる、イオルがいる、『研究員』のアジトに向かうのだった。

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