第10話

「何とかついたな」


 あれから三十分後、オレ達は遠回りをしながら、やっとの所で松田の秘密基地へたどり着くのだった。秘密基地は、元が工場なだけあって大きかった。三階建てで作られていた。オレ達は、二階の端の空間で腰を落ち着かせた。


 電気は当然通っている訳がない。だから、辺りは真っ暗だ。だが、強いているのならば、窓のない隙間から漏れ出す月の光が辺りを照らして明るくしているだと言ってもいいだろう。


 松田は、ランタンに光を灯す。オレ達はそれを囲むようにして座る。まだ五月なので、夜は寒かった。松田が、毛布などを貸してくれたりして、暖を取れるように配慮してくれた。ガスストーブを使い、お湯を沸かす。お湯がわいたら、シェラカップにそれをそそぎオレ達に配った。


 オレ達はそれを飲む。初めてお湯だけで飲むのだが、これが意外にも美味しかった。健康にもいいというし、ちょうどいいのだろう。


「いやー。それにしても、疲れたな」


 一息ついたところで、松田が話題を振って来た。


「そうだなぁ……」オレはしみじみとしていた。「でもな……」オレは、服のにおいを気にした。クンクンとそれのにおいをかぐ。「逃げ切るためだからって、わざわざ下水道通らなくたっていいだろう」


 あの後、オレ達は松田の提案で、下水道に侵入したのだ。逃げられたはいいが、嫌な臭いが染みついてしまったかもしれない。オレは顔をしかめた。そして、松田に物申す。


「いいだろう。これで撒けたんだから。文句を言うな。なあ? イオルちゃん」


「……」松田の言葉を何も返さないイオルだった。


「まあ、その辺は感謝しているよ。お前が通りかからなかったら、こういう風に腰を落ち着かせるなんて出来なかったからな。ところでなんであんなところを歩いていたんだ?」


「暇つぶしに散歩をしていたんだよ。そうしたら、血相を変えて走るお前らが見えてな。メールしたんだが、見たか?」


「メールって……」オレはここでピンときた。隠れていた時になったメールだ。オレは急いで携帯を確認する。確かに、松田からだった。オレは、はあ。と深いため息をつくのだった。「これのおかげで一時はどうなるかと思ったところだよ」


「ん? どういう事だ?」オレは松田にその事の顛末を教えた。「なるほど。そいつは悪い事をしたな。まあ、何やかんやで逃げられたんだから、チャラにしておくれ」


「まあ、オレのミスもあるわけだからお前を責めるつもりはないよ。それに、協力してくれて感謝しているさ」


「おう。ありがとな。ところで、これからどうするんだ?」


 確かに、問題はそこになってくる。ここに隠れているのも時間の問題かもしれない。またいつ奴らが来るのか分かったもんじゃない。


「とりあえず、それを考えたいな。あわよくば日が昇るまでこうしてゆっくりしていたい所なんだけどね」


「それが理想だな。とりあえず、イオルちゃんは眠っとき。後は俺達に任せな」


 松田はボンと胸を叩く。俺に任せとけと、自信満々に胸を張る。


「……まだ、眠くない。わたしも、考えたい」


「そうか。でも、無理はするなよ。眠くなったらいつでも寝ていいからな」


「分かった」


「じゃあ、本題に入るとするか。まず、状況を説明してほしいんだが」


「そういえば、言ってなかったな……。イオル、言っていいのか?」


「……」イオルは黙る。神妙な面で考え込む。そして口を開く。「私には能力がある。その所為で、やつらに……追われている。それで、トオルは、わたしのために、こうして、一緒に逃げて……くれている」


「……ほう」


 オレはイオルの言葉にいくつか言葉をつけたし、松田に説明した。


「なるほど。マジで? 超能力なんか使えんの? すごくね?」


 松田はウキウキしていた。童心に返ったかのように、その言葉にくいついていた。


「……」イオルは面を食らっていた。こうグイグイくるやつは苦手なのだろうな。イオルは渋々それを受諾し、能力ちからを使った。近くにあった瓦礫を適当に持ち上げるのだった。


 松田は大層喜んでいた。「すげぇ!」と大はしゃぎするのだった。オレは「落ち着け」と松田を落ち着かせる。


「上からもののっけても大丈夫かね?」

 

 松田はその辺の瓦礫をその上にさらに乗せた。そうするとイオルは「あ」と言って頭を抱える。そして、ゆっくりとそれは落ちていった。



 イオルは「ふー」と言って、オレの肩にもたれ掛る。


「どうかしたんだ?」オレはイオルに声をかける。


「ちょっと……能力が……限界……重い……」


「なるほど。重量制限もあるのか。エレベーターみたいだな」


「何言ってんだよ」


「……能力を……使いすぎた……」


 そう言われれば、イオルはこれまで何かしらの能力を使っていた。だから、疲弊するのも無理もない気がしてきた。


「そういえば、あの時、あの男に何をしたんだ?」


 絶体絶命のピンチの時、イオルを捕まえていた男に起きた異変。それはイオルの能力ちからなのは間違いないだろう。だがしかし、それはいったいどういう仕組みでそうなったのか。気になる所だ。


「……えっと、記憶を……消した……そんな感じ」


「記憶を消した?」


「いや……でも、その場合は……長くは、きかない……。すぐに、元に、戻るよ。だから、あの人は、今は、何ともないよ……」


「それなら……別にいいか」


「とにもかくにもさ、使えるよね。この能力ちから。これなら何とかなりそうだぞ。イオルちゃんは、他に何があるか教えてくれないか?」


「……うん」こくりと小さく頷くのだった。


 オレ達はイオルのそれを主軸に作戦をいくつか考えるのだった。いくつも出したその案をどんな時でも実行できるように、準備を始める。ここには、松田の趣味のおかげで色々なものがあった。罠もいくつもつくる。オレ達は迎撃の準備を着々と整えていく。


 一通り終ったあと、オレ達は、休憩する。見張り役をオレと松田の二人で交替してやることにする。こうして、日づけをまたいで、GWは三日目に突入することになった。





 夜も更けてきたころだった。ひとまずオレは松田と番を交代し仮眠をとっていた。しかし、眠りが浅く、大した時間を睡眠にとれなかった。オレは、上体を起こし、ジッと座っている松田に声をかけた。


「何だ。起きたのか。まだ寝てていいんだぞ」


 イオルは、横でぐっすりと眠っていた。気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「何かな……寝付けないんだ」


「まあ、環境が変わると眠れないよな。あるあるだ」


「……。本当に、悪いな。こんな事につきあわせてしまって」


「だから。気にするなって言ってんだろ。俺はこういうのに憧れていたんだよ。謎の秘密結社との対決を。透はさ、今すんごく主人公ぽいぜ。ヒロインをそいつらから守るって。で、俺はそのサポート役兼友人みたいな立ち位置だ。満足しているぜ。厨二心をくすぐられてな」


「そ、そうか……。そんなに大それたものじゃないがな……」


 こういう所は相変わらずだな。


「それにしても。こうやって夜中に二人でいるのはずいぶんと久しぶりなんじゃないか?」


「なんでいきなり思い出話が。べつにいいけどさ。確かに、そうだな。オレもここに帰って来たのは久しぶりだし、仮に来たとしても滅多に顔を合わすことなんかなかったからな」


「中学校の頃だったか。たまたまお前がこっちに帰って来ていて、俺が夜の学校へ侵入しようとしたのは覚えているか?」


「ノートを忘れたとか言ってな。昼間に行けばいいのによ。何故かつき合わされたな」


「お前は付き合いがいいからな。でも、楽しかったろ?」


「まあ、それはな。自分の全く知らない学校だったけど、妙な緊張感があったな。誰にも見つからないようなスリルとかな」


「そうそう。緊迫感のあるミッションは楽しかったな」


 オレ達は昔話に花を咲かせた。こういう機会はめったになかった。だから新鮮なもので、口がよく回っていた。時間を忘れてしまうほど没頭した。


「小学校の頃さ、親も同伴で、流星群見たのは覚えているか?」


「ああ。何だっけ……しし座流星群だっけ? 仲良かった奴らと見ていたな。あの時もこんな感じで寒かったな」


「あの時の方が寒かったけどな。その時は矢頭もいたし。四人で、見ていたな」


「……ああ」


 しみじみとしていた。過去の余韻に浸っていた。たまに、こういうのも悪くはない。


 オレ達は過去には戻れない。前に進むことはできない。だけど、こうやってたまに後ろを振りむくことはできる。それは悪い事じゃない。前に進んで変わってしまったものはあるが、色あせないものが後ろにはある。経験というものだ。それを振り返えられるのは成長してきた証でもあるのだ。


「なあ透よ」


「なんだ?」


「イオルちゃんか。お前の旧友なんだろ?」


「そうだな。七年前に美麻と一緒に公園で遊んでいたな。それがどうかしたか?」


「いやなに。俺もその事についてうろ覚えだし、大して知らなかったが、お前らがそんな子と仲良くしていたとはな……」


「あれ? 知ってたんじゃないのか? 昨日会ったときはそんな口ぶりだったぞ」


「なんて説明したらいいんだろうな。確かに俺は聞いたことがあるさ。ただ、何だろうな」


 松田は言い渋っていた。珍しいものだった。松田が言葉を濁しているのが。オレは「何が言いたいんだよ?」と松田に続きを言わせようと急かすのだ。


「……っ!」


 イオルが突然起き上がるのだった。周囲を見渡すと、急いで立ち上がり、オレたちの元へ四つん這いで向かってくる。


「どうしたんだ?」


「聴こえない?」


 そう言ってイオルは耳に手をかがす。オレもイオルの真似をする。しかし何も聞こえはしなかった。しかし、イオルがこうも慌てているというのなら、事情もすぐに呑み込める。理解できる。


「まさか、来たのかい?」


 松田が言う。イオルは小さく頷くのだった。松田は奴らの姿を確認する為に急いで窓へ向かった。


「何も見えないな。懐中電灯で照らすわけにもいかないし……」


「大丈夫。人数は分かる。この人数は……」イオルは耳を澄ませる。その時だった。イオルが小さな悲鳴を上げる。そして、小さくなり丸くなるのだった。


「何があった?」


「……やばい…………」イオルの表情が曇った。顔に汗が大量に流れる。「人数は……七人。でも……一人だけ……やばい……」


「その、やばいっていうのは……?」


 松田がイオルの傍に駆け寄り、かがむ。イオルはつばを飲み込んだ。


「……ここからでも、オーラが……感じ取れる。わたしは、物音で、人数とか、数えている。だから、こんな、雰囲気だけで、危険を、感じ取れるなんて、出来ない。だから、やばいの……」


「まあ。何かよくわからねぇけど、どんな奴が相手だろうとも、逃げ切ることだけを考えよう。それが先決だ。なあに。準備は整えてあるんだ。何とかしてみせるさ。な、透」


「そうだな。地の利はこっちにあるんだ。迎撃準備開始だ」


「面白くなってきたな」


「ホントに……いいの?」イオルが恐る恐る尋ねる。うつむいていて、表情はうかがえなかった。


「いいのって、何が?」


「わたしに……協力……して……」


 イオルはオレに向けていったのではなかった。松田だろうな。松田はイオルの傍に行き、しゃがみ、イオルと顔を合わせる。


「俺は面白いからべつにいいんだよ。そんな事を気にしなくてもな」


 松田は明るい口調で言った。そして笑う。


「…………ごめんね」イオルが謝る。「本当に……メーワクかけて……ばっかだね。透も」


「オレは別にいいだろう。困っている友達を助けるのは当たり前なんだからさ」


「……うん」イオルはパンパンと自分の頬を両手で叩いた。「元気……でた」深刻な顔をしていたイオルだったが、まるで重荷から解放されたように朗らかな表情へ変化していった。


「さて。ひと段落がついたところで」


「反撃開始と行きますか」


 オレ達は三人で拳を合わせた。これからどうなるかなんか知らない。どんな困難が待ち受けているのかは知る由もない。だが、こうやって力を合わせれば抜けられない困難なんかない。きっとそうだ。


 オレは全力でイオルを守る。それは揺るぎないオレの信念である。それを貫き通す。その為に、準備をしたんだ。もう賽は投げられた。成功することにオレは賭ける。

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