第8話

「おい。いいのか? こんなあっさり逃がして」


 透たちが逃げた後、その部屋には五人の男がいた。一人は黒木である。壁に背中をつけ、座っていた。三人は黒木の部下である。拳銃を手に下げていた。男たちは黒いスーツを身にまとい、無言で、黒木たちの様子を眺めていた。


 後の一人は、壁にもたれかかる黒木に声をかけた男だった。白いシャツに、ジーパンという簡単な格好をしていた。歳としては黒木と同じぐらいだ。眼鏡はかけておらず、ぼさぼさの頭を無造作に掻くのだ。片手をポケットの突っ込みながら、そうしていた。


「いいんですよ。これで。ここで捕まえる気など鼻からありませんから」


「そりゃあ、そうだろうな。もし捕まる気があるなら、出口をすべてふさぐ必要があるからな。お前がただのバカではない限り、ありえない話だ」


 黒木はフッと笑う。そして、壁を使って、ゆっくりと立ち上がる。


「それにしても、やられたな」


「ええ。まさか、念動力サイコキネシスを私に使ってくるとは……」


「あんな挑発したんだ。おかしくはないだろ」


 イオルは、去り際に、黒木を攻撃したのだ。能力ちからを使い。黒木の体を飛ばし、壁に叩きつけたのだ。しかし、それはあまり利いている様子ではなかった。力が弱かったのだろうか。黒木は何事もなかったかのように平然としていた。


「……それもそうですね。私は……やはり、あの子を好きになれませんね。それに、あの男の子。透君も困りましたね」


 小さくため息をつきながら、服についた埃を払う。それから、眼鏡のレンズをふく。


「そうかい」


 どうでもよさそうに肩をすくめて、男はそう答えた。


「それはそうと、仕事の方は、期待して、よろしいんでしょうか?」


 黒木は眼鏡を上げながら男にそう質問する。


「ああ。腕には自信がある。クライアントの希望に添えるようにはするさ。それに、極力、仕事には私情を挟まないようにしているからな」


「それならいいです」


「ただし」


「?」


「自分の信条に反することは好きじゃない。この事だけは伝えておく」


「そうですか。しかしなら何故、この依頼を受けたのですか?」


「俺はこの問題がどのように収束するかを見届けたい。そう思ってな。やつらが正しい路など無いこの路をどのように進んでいくか興味がある」


「傍観者であると」


 男は一つ息を吐くと、「安心しろ。受けた以上はきちんと仕事を完遂させる」と言った。そして、踵を返す。黒木に背中を向け、こう言い放った。「俺なりのやり方でな」


 男はそのまま家を後にし、どこかへ行ってしまった。


「分かっていますよ」


 黒木は男の背中を見守りながら、静かにほほ笑んだ。そして独り言をつぶやく。その黒木の声は闇のように黒く、深く、不気味なものを感じさせた。


「さて。ようやく始まりましたね。私の復讐が……。思う存分逃げるがいい。貴女の大事なものを全て、壊して差し上げましょう」


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