第6話
「今日は楽しかったか」
オレ達は荷物を両手に下げて、のんびりと夜の道を歩いていた。空を見上げると月が見えた。その輝く月はオレ達を照らしているようだった。
「……うん。今日は、わたしの、ために、ありがとう」
「いいってことよ。何かあったら言ってくれよ。大体は要望に応えるから」
「……あの、じゃあ、早速いい? …………公園。……あの公園。そこに行きたい」
「あそこか。そういえばオレもあれから行ってないな。よし。じゃあ、行くか。ちょうど近いしな」
「いいの?」
イオルは急にパッと顔を明るくした。相当嬉しいのだろう。それもそうだ。あそこの公園はオレ達にとっては思い出深いものだ。あそこで出会い、そしてその関係は今に繋がっているんだ。とても感慨深い場所だ。
オレ達は公園に向かって歩き出す。昔、ここの道を使ったのを覚えている。オレは少年野球に所属していて、その帰り道にこの道を使っていた。その少年野球の友達と一緒に自転車を漕ぎながら、あの公園を通りがかっていた。そこで独りで、たった一人で、遊ぶ少女がいた。それがイオル。ずっと気になってようやく声をかけたのだ。
イオルは最初怯えていた。オレはまあ、こういうもんだろうな、と笑っていた。そしてそれは時間が解決してくれた。会う回数を重ねる度に、距離が縮んでいき、友達と呼べるようになった。
「……ここ?」
歩くこと数分。オレ達は公園にやってきた。そう。公園があった場所に。それを見てイオルは絶句していた。そして、震える声で、オレに確認を求めた。
「そう……だな」
そこの、あの思い出の場所は見る影もなかった。工事を行っていた。看板によれば、マンションの建設をしているようだ。要するに、もう思い出の場所はどこにもなかったのだ。
「……そう……なんだ……」
イオルは哀しい顔をしていた。目をつぶり、何かに浸っていた。昔の思い出に浸っているのだろう。
「公園……なくなっちゃった……ね」
オレは何も言えなかった。天を仰ぎ見た。月が雲に隠れて見えなくなった。照らすものが無くなった。風が吹く。イオルの髪が風に流され横に躍る。沈黙が続いた。何もない。言葉も何も。ただの風の音。そして、どこかの住宅から漏れる家族の楽しそうな会話。それだけが聴こえる。
「変わっちゃうんだね。何もかも……全部……」
イオルは顔を見せなかった。影に表情を隠していた。そしてオレは静かに、口を開いた。くさいかもしれないが、イオルにオレが思った気持ちを言葉にのせた。
「時が流れれば、そりゃ、何もかも変わるさ。だけどな、変わらないものはある。それは……思い出だ。経験ともいう。それだけはいつまで経っても色褪せやしない。風化しない。だからさ、仮に今がどんなに変わったとしても、それを思い出せばいい。だけど、いつまでもそれに囚われてはいけない。それは、前に進むために、背中を押してくれるもんだと思えばいいんだよ」
「……トオル」イオルは顔を上げる。イオルの表情は朗らかだった。何の心配もいらなかっただろう。「……長い」
「……そりゃあ、悪かったな。とりあえず、昔は変わらないけど、それでも前を見て成長しろ、て話だ」
「……。…………。………………、ありがとう」
「どういたしまして。だからさ、これから、新しい思い出を築いていこうぜ」
「……そう、だね。なれたら……いいよね」
「なれるさ」
オレは笑いながら言った。
「あのさ、イオル。寄りたい所があるんだけど、いいかな?」
「うん。いいよ。わたしもつきあって、もらったし。それで、いいよ」
オレはあそこに行くことにした。正直、オレにとっては最悪な場所である、あの場所へ。
毎年オレはお墓参りに行くが、あそこへは行っていない。嫌なことを思い出してしまいそうだから。そういう理由だ。だけど、今日に限って、行く決心がついた。イオルに言った言葉、自分が言った言葉だ。それでオレは過去と一度向き合わなければならないと感じたのだ。
ただ見に行くだけだが、それで何かが変われるような気がした。
オレはイオルを連れだし、あの事故現場へ向かう。七年前の、あの、悲劇的な、悲惨な、あの事故があった場所へ。オレはそこの地に立つ。
「……」イオルは無言だった。そしてしばらくそれを保った後に「ここは?」と開口する。
「七年前に、事故があったんだよ。ここで。それで……色々、あってな……」
オレはイオルに説明する。人づてに聞いた話をそのままイオルにする。オレはプログラム的に話す要領で説明していた。
「……………………つら……かった?」
ずいぶんと長いタメだった。その後、消え入りそうな声で言った。イオルに、こんな話をして、どうしたんだろうな。オレは。余計な心配をかけさせてしまった。
「……あの……トオルは、憶えて……ないの?」
「ああ。そこだけ記憶がな。気づいたら病院だ」
「……そう」イオルは大きく深呼吸する。そして、紙袋から、一輪の花を取り出した。オレがあげた、あのスカシユリとかいう花だった。それをイオルは電柱の傍に置いた。しゃがみこみ、手を合わせる。黙祷する。弔いをしている姿をオレはただ黙ってみていた。
車が煩わしい音を立てながら何台も通る。車の排気ガスでゴホゴホと軽くせき込む。目にゴミが入る。しばらく目を開けていられなかった。
その時、突風が吹いた。オレは反射的に腕で目元をガードした。「あ!」とイオルの声がした。何かに驚いた声だ。イオルが手向けた花が空中を舞っていった。風に飛ばされたのだ。
イオルは慌ててそれを取ろうとする。しかし、そっちは道路だった。オレは「危ない!」とイオルの腕を取り、引き戻した。車がイオルの目の前を通る。危険だった。オレが手を引いていなければ、イオルは轢かれていたかもしれなかった。
オレは車がいないのを確認してから、花を拾った。花は幸いにもつぶれておらず、無傷だった。
「ホラ。気をつけろよ」オレはそれをイオルに渡す。イオルは「ありがとう」と礼を言った。
しばらく、イオルは固まっていた。それをずっと眺めていた。握りしめ、ただジッと。イオルは何を思い浮かべているのだろうか。オレには知る由もなかった。
イオルは、何を思ったのか、それを紙袋の中に戻した。
「いいのか?」
「……うん。わたしのなんか……。いや……」イオルは首を横に振る。「また……ちゃんとしたの……持ってくよ……」
「……そうだな」イオルが言い直す前の言葉が気になったが、それ以上を追及するのはやめた。空を見上げる。月は隠れ、星も見えない。雲が空を一面に覆っていた。
「……行こう」イオルは腕で目をぬぐう。少し泣いているように見えた。「……何か買って帰ろうか」ポンとイオルの頭に手を置いた。
「おう! 透!」
少し歩いた時、後ろから聞き覚えのある声がした。オレは振り返る。
「なんだ。松田か。なにしてんだよ。こんなところで」イオルがオレの後ろに隠れる。
「いやー。忘れ物を取りに帰っててな」
松田は明るい口調で話す。昨日のようにまた何かを背負っていた。そして、片手にビニル袋を手提げていた。
「今日は何を背負ってんだ?」
「あーこれか。さっきゴミ捨て場で見つけてさ。勿体ない気がしたから持って帰ろうかなとおもってな」
そう言って松田は見せる。イオルぐらいの背丈の……マネキン? だった。何でそんなものがゴミ捨て場に落ちていたのかという疑問より、何でそんなものを持っていこうと思ったのかが気になってしょうがなかった。
「あそこで寝泊まりしたのか?」オレは追及するのもあほらしいと思い、話題を変えた。
「おう。そうだよ。意外に快適だったな。ところでそこの子は誰だよ? お前ってそういう趣味だっけ?」
「違う。オレの昔の友達だよ。小四の時に公園でよく遊んでたんだ。昨日会ってさ、今、家出していて、泊めてあげてるんだ」
「ほう。可愛らしい子だな。手出すなよ」
「何でお前はそんな発想しか出てこないんだよ」
「まあまあ。しかし、外人か。いいね。この子、将来有望だよ」ニヤニヤと、顎をさすりながら、言った。イオルを凝視する。すると、眉を潜める。「うむ……? この子、どっかで見たことがあるような……。どこだったかな?」
「さっき説明しただろ? あれ? 当時、お前には公園の子の話はしなかったっけ?」
「いや? ……うん。言ってたな。まあ、そんなことはどうだっていい」松田はイオルと同じ目線にかがみ、質問した。「……イオルちゃん、君は廃墟に興味はあるか?」
「……」イオルはより一層警戒し、さらに隠れた。隠れた後、首を横に振った。
「あらら。まあいいさ。透よ。お前も興味があれば来いよ。誰でも大歓迎さ」
「いつか、な。考えとく」
「そうかい。とりあえず、じゃあな」松田は片手をビシッとあげる。そして、そのまま去っていった
「……誰?」
松田がいなくなったのを確認して、イオルはひょっこりとオレの後ろから出てきた。
「松田ってやつだよ。変わってはいるが、いいやつだよ」これは、確かだ。「ま、帰るか」
「そうだね」イオルは小さく首を縦に振った。
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