第二章 せっかくの休み⑤


 午後一時。

 小浪谷、アスマ、爻坂の元気いっぱい三人組は監督からぶんどった遊興費おこづかいを引っさげて、歓楽広場のレジャー施設にある映画館へと足を運んだのだった!


「小浪谷って映画好きなのに、なんで映画館は全然行かないの?」


 予告編の流れる劇場内、右隣に座った爻坂がそういやぁと耳打ちしてきた。

 理由なんていくらでもある。

 ハズレの作品を観た時のあまりの非生産感がキツイし、他の観客の反応は気がそがれる。音の調節も時間の融通も利かないし、席によって視点が異なるのも嫌だ。

 デカい画面で問答無用でノンストップで観ることこそ映画だという意見もあるが、映画体験という言葉にもイマイチ懐疑的だ。薄暗い部屋の中で小さいタブレットの画面を観ながら夜半を過ごす方が性に合ってる好きだ。

 ……まあ、ようするに、

 

「金がもったいないから」

「うわぁ吝嗇りんしょく~」


 嫌だ嫌だと爻坂が顔をしかめて見せるのに対し、会話の流れを察知した左隣のアスマがおずおずと、


「こ、小浪谷さんってドラマとか好きでしたよね?」

「……ガキの頃はな。誰かから聞いたのか」

「ま、まぁ、はい……。今は見なくなっちゃったんです?」

「途中で打ち切られるのばっかだしな」


 昔は暇だったから散々見てたが、今は時間が取れる時、評判が良いのをたまに見る程度だ。

 アスマはどこか納得した様に「あー……」とつぶやくと、


「ロマンロマン? みたいなのも打ち切られましたよねぇ。最後らへん急にシリアスになったりして」

「……え?」


 ロマンがつく、唐突にシリアス展開になって打ち切られたドラマ……そんなのあのドラマしかない。——ロマン・オブ・ロマンス。

 まさかの意外で懐かしいタイトルがアスマの口から飛び出し、小浪谷は思わず興奮に声を漏らした。


「お前ッ、あんなマイナーなの知ってんのかよ?」

「は、はい……昔オススメされて全話見ました」

「……オススメって、クソドラマだったろあれ。あんなもん誰が……」


 小浪谷の言葉に、アスマは一瞬迷ったような素振りを見せ、おもむろに人差し指を小浪谷に向けた。


「あなたですよ」

「…………………………………は?」

「だ、だから、小浪谷さんがオススメしてきたんじゃないですか」

「は、お前、なに言って……——」


 小浪谷の二の句を遮るように劇場内は急激に明かりを落とすと、再三繰り返してきた注意事項をもう一度流し、本編の映像が始まった。

 アスマはすっかりスクリーンの方に期待の眼差しを向けている。

 ……俺が勧めたとか、何言ってんだ。

 小浪谷はどこか悶々とした気持ちを噛み殺すように目を強く瞑って、映画の内容だけに注視するようにした。





******






 映画を観終わって二時間後。

 爻坂とアスマは感想を軽く語り合うも、


「主人公は怒ってたけど、ラスボスの言ってたことってわりと正しかったよねぇ?」

「アクションシーン何やってるかよくわかんなかったです」


 と、二人の感想は微妙な所で落ち着いた。

 小浪谷も同感だったが、強いていえばラスボス含め敵キャラは魅力的だったのがもったいなかった。続編は無いだろうが、そこは次の作品に活かしてほしい。

 三人は隣接したゲームセンターにそのままの流れで足を運ぶと、入口付近にあるクレーンゲームの筐体に目をつけた。

 爻坂が意気込んで挑むも……


「クレーンでも収穫0ボウズかよ」


 ぬいぐるみ、フィギュア、お菓子の一つも取れないまま、手持ちのコインを全て失って目の下のクマを濃くした。

 ふと、出来心。

 見れば、景品の箱は落とし穴まであと数歩のところまで迫っている。

 あれならあと少し小突くだけで落ちるだろう。見逃すのは流石にもったいない。

 すかさず小浪谷は筐体にコインを入れた。


「あぁーーーー!! 卑怯! 横取り!!」


 横から響く負け犬の遠吠えを無視してアームを動かす。

 直接箱を掴もうとはせず、その横に着けるようにしてアームを設置。ここまできたら、アームの開く力で落とせばいい。

 ボタンを押す。アームが開いて箱が横にスライド。

 ……これなら、あと二手で落ちるな。

 そう確信し、小浪谷がまたコインを入れようとする手を爻坂が止めた。


「まあ、待とうよ」

「待たない。一文無しは引っ込んでな」

「ぐぬぬ…………アスマくーん!」


 突如、爻坂は閃いたかのようにアスマの名を叫んだ。なれない手つきでドラムパッドにスティックを叩きつけていた当の本人は「こっちこっち」とジェスチャーで誘われ、爻坂から開口一番、


「小浪谷が、『この景品を俺より先にとったらお前のこと認めてやる』って」

「へ? ほ、本当ですか?」

「おい」


 俺はそんなこと言った覚えは無い。


「いいじゃん、ちょっとは認めても。……まぁ? そんなに負けるのが怖いんだったらパスしても」

「んな挑発ノるかよ」


 そんなありきたりで安っぽい挑発に乗るほど、小浪谷は負けず嫌いでもなければ単純でもない。

 だが、アスマは黙して筐体の中をジッと見据えると、何か考え込むようにして、やがてこんな提案を小浪谷に投げかけた。


「じゃあ、ぼくが負けたら金輪際、小浪谷さんには話しかけないってのはどうです?」


 その代わりとアスマは続けて、


「勝ったらぼくのこと、1パーセントは認めてください」


 アスマは啖呵を切るように真っ直ぐ目を向けた。覚悟の色を帯びている。

 負けたら二度と話しかけてこない。大いに結構だ。どうせ別れるのだから、無駄に思い出を作られても困る。

 勝ったら0パーセントから1パーセントは認める。……0を1にするのは単なるプラス1ではない。可能性の広がりがある。

 だが、それも結局は小浪谷の裁量で決まるうえに、そもそも負ける道理はないのだからこの提案、受ける他ない。

 小浪谷は筐体の前から体を退け、


「ワンプレイずつ交代。次はお前の番だ」


 アスマはお辞儀して筐体にコインを投入。

 爻坂の苦戦ぶりから、一発ホールインワンを狙うのは難しいはず。アームの力加減からして、工夫しなければ不可能だ。

 あと数センチ近づけば、アームのワンプッシュで落ちるというこの状況。アスマが一発で決められなければ、順番が回って小浪谷の勝ちだ。

 アスマはアームを動かし、先ほどの小浪谷と同じように、箱とピッタリくっつく形でアームを設置した。

 ……ただし、穴へ落とす方向とは逆側に。

 アームが開き、箱はゴールからさらに一歩遠のいて、残り三手の位置に収まった。

 ミスった訳では無かった。アスマはまた次の番でも、小浪谷がスライドさせた箱の位置を戻してみせた。そしてまたまた次の番でも同様に。


「お前……」


 ……めんどくせぇ。簡単には勝たせないつもりか。

 小浪谷が睨みを利かせると、アスマは視線をわずかに逸らして空笑いを浮かべた。

 一発で決められるのならいいが、決められず箱がゴールに近づいた状態で相手に順番を渡してしまえば敗北が確定する。お互い下手に狙えないが……


「はーい、埒が明かないのでもうちょい押し禁止~。ちゃんと掴みにいってくださーい」


 と、見かねた爻坂が制限をかけてきた。

 一文無しの部外者が勝手に口を出すなと言いたいところだが、このまま膠着していても時間とコインの無駄なのは確かだ。

 仕方ない。

 小浪谷はアームを箱の真上に微調整して設置。そのままアームを下ろす。

 アームは箱のでっぱりに引っかかると、そのまま持ち上げて落とし穴まで運ぼうとする。

 だが、勝ちを確信した瞬間、無情にもアームは箱の比重に耐えかね大きくぐらつくと、箱を落とし穴の縁の所で落としやがった。

 

「いけ……チッ! クソが!!」

「危、い、はぁセーフ……」


 本気の舌打ちと安堵のため息。

 小浪谷は危うく筐体に鉄槌をかますところだった。

 反面、アスマはすっかり得意顔になって、


「へへへ狙ってましたよぉこの瞬間をねぇ。これは禍福は決したんじゃないですかねぇ」


 …………うぜぇ。

 箱は既にゴールラインから少しはみ出ており、上から触れただけで穴に入りそうなくらいだ。


「ふふ、肝が冷えましたよぉ。いやぁ、実はクレーンは叶守と競ってたことがあ――」

「うるせぇ勝ち確面すんな。さっさとプレイしろ」

「あ、はい……」


 勝者インタビューぶっていたアスマは、いそいそと筐体の前に立ち、懐からコインを取り出し……――


「…………ん? あれ?」


 アスマはどこか空振りしたような顔をして、冷や汗を垂らし始める。上着、ズボンのポケット等片っ端から手を突っ込むが、出てくるのは余計な卜占開運アイテムばかり。コインは一枚も出てこない。


「……そういや、さっきはずいぶん楽しそうに音ゲーしてたなぁお前」


 ターン継続だ。小浪谷は焦って立ち尽くすアスマを退けようとする。


「あ、ちょっ! お、おお待ちをぉ!」

「待たねぇ。一文無しは引っ込んでろ」

「い、いや、ぼくはまだコイン持ってますよ? ただ今ちょっと何故か出が悪いだけで……」

「無駄に遅延したバチが当たったな。これ以上はバチじゃ済まなくなる」

「バチバチだねぇ」


 小浪谷の進路にアスマがことごとくさりげなく立ち塞がる。慌てた眼は何かに助けを乞うようにあちこち泳いでいる。

 やがてしびれを切らした小浪谷がショルダータックルで無理やり体を押しのけて筐体の前に返り咲いた。アスマは尻もちをついた。


「ま、待って……!」


 ……言っただろ、待たねぇって。


ぼく、小浪谷さんと仲良くなりたいってのはほ、本当に思ってて」


 ……意味ねぇよ。どうせすぐ別れるんだから。


「話せること沢山あるはずなんです。せっかくまた会えたのに」

「…………だから何言ってんだ。お前のことなんか知らねぇ。……記憶にねぇんだよ」


 小浪谷がコインを入れる矢先、神の見えざる手が待ったをかけるが如くどこからともなく軽快な携帯のコール音が辺りに響き渡った。音の主は爻坂のだった。


「ん、監督からだ」


 爻坂がスピーカーモードに切り替える。


『……あーもしもし。三人ともいるね? 仲良く遊んでたところ悪いが急用だ。至急こっちに来てほしい。詳細は尾宮通りに止めてある車で話そう』


 ブツリと、監督が言い切るやいなや電話は切られ不通音が虚しく響く。


「だってさ」


 爻坂が意地の悪そうなニヤつき顔を、しかめっ面の小浪谷に向けた。舌打ちがノンストップでイラつきの旋律を奏でる。

 クソ、何だこのあからさまなタイミング。

 謀ったのか、組んでいたのか、どこからか盗み見ていたのか。小浪谷はあらゆる陰謀論に手をつけそうになった。

 一方、アスマは先ほどの倍調子づいて小浪谷の肩を押し、ほらほらと外へ促してくる。

 ……何が大吉だ。くだらねぇ。

 多忙極まる霊媒師生活の中でせっかく生まれた貴重なお休みは、誰の意図を組んだのかはた迷惑にも唐突に幕を下ろした。

 


    ――◆休みはあればあるだけいい。




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