第二章 せっかくの休み④
カラオケから出てきて一時間と少し、カフェで小腹を満たした小浪谷は、寮に帰るまでのちょっとした時間つぶしに飢えていた。
映画館はない。映画は家で観るに限る。
ゲームセンターは
カラオケに戻って先輩と遊ぶのもない。話を聞くのは疲れるし、マイナー相手にずっと一方的にボコってても楽しくない。
……ネカフェでもいくか。
今朝、通りの花壇の前で待ち合わせしていた少年達が、漫画喫茶で時間をつぶしていたと言っていた。先ほどから、いわゆるネカフェ難民らしき人もチラホラ見かけるし、近くにあるはずだ。
盗み見や聞き耳を立てているわけではないが、見回りの癖で変にあちこち気を配って歩いてしまう。
見回りの時ならそれでいいが、今みたいに気分転換とかで散歩している時は、つい余計なものまで目に入って……———————
「————……ッ!!」
慌てて建物の陰に身を隠す。
数秒、あっけに取られて熱視線を送ってしまったが……よもや気づかれたか。
小浪谷は顔だけそーっと動かし、通りの奥の並木道で談笑しながら歩いている二人の男女——アスマと爻坂を覗き見る。
お互いに趣味か何かを話し合っているのだろうか。表情も足取りも軽やかに、こちらに近づいてきている。
顔を見合ったままで、小浪谷に気づいた様子はないが、早くここから離れなければ、かち合うのは必定。
せっかくの休みなのだ。面倒事になりうる事象は避けたい。
だが、足に釘が刺されたようにその場から離れられない。どうしても目が離せない。
小浪谷含め、今日あの二人は休日のはず。彼らに見回りの義務はないし、道理もない。
いや、そもどう考えてもあの雰囲気は仕事のそれではない。懇親的だ。
向かいからやって来る人を避けるため、端に避けた瞬間、肩が触れ合いそうになって慌てて離れる二人を見て、知らず心にさざ波が立つ。普段なら無意識にキャンセルできる周囲のノイズがやけに噪がしい気持ちになる。
「やれやれ。そんなに気になるなら、顔を出したらどうだい?」
突如、背後からの声に飛び上がりそうになって、首を音速で振り向くと、ニヤケヅラを浮かべた監督の白い顔がすぐそこにあった。
「ッ監督……!」
「おひさ。近況を確認しに来たよん」
監督は小浪谷同様、建物の陰に身を置いて、声のトーンを落とした。
「さっそくだけど、どう? アスマくんとは。認める……まではいかなくとも、なんか思うところとかあった?」
「ふん、……別に。要りませんよあんなヤツ。……仲間なんか入れなくても、除霊なら俺一人で全部こと足りる」
「強気だねぇ」
「事実ですよ。それは、監督が一番わかってるでしょう」
実際、小浪谷の戦績は極めて優良で、積み重なった報告書を読んでもそれは明らかだ。
そんなことは百も承知なはずの監督は「まあ、確かに……」と続けて、
「君の能力はシンプルが故に本質的な強さがある。こと除霊において、君は最強と言ってもいいかもね」
「だったら——」
「私はね、アスマくんには君へのカウンターになってほしいのさ。仲間じゃなく、お互いがお互いにとっての脅威として並び立ってほしい」
「……ありえませんよ。大体そんなの、俺にとっては邪魔なだけです。一人の方が俺は上手く立ち回れる」
監督は微笑と共に首を横に振る。
「そもそも、除霊は
レクチャーめいた言い方に、ジメッとした反感を覚える。
……俺が暴走なんかする訳がない。それに、それを言うんだったら……
「…………爻坂がいるだろ」
「爻坂くんは君にとって良きパートナーだけど、高め合う存在じゃないだろ? ライバルってのは歳の近い同性しか成り得ない」
そんなのは決めつけだ。持っている能力が同等なら誰であれライバル足り得るはずだ。
小浪谷が反論しようとして、ふと横目をやると、もう通りの中まであの二人がやって来ていた。
声を張れば、確実に所在がバレる。
小浪谷は会話を切り上げ、そそくさと逃げ足を携えるも……「こら、なぜ逃げる」と監督に腕を掴まれてしまった。
「別に……。ただ、俺は、今日はもう帰りたい気分なんで……」
「まったく、恥ずかしがるなよシャイジャリボーイ。そんなんじゃ、いつまで経っても大きくなれないぞ……少年」
「———ッ! その呼び方——」
懐かしくも忌々しい響きに思わず声を上げる内に、小浪谷はドンと両肩を押され、あわや尻もちをつきそうになりながら、通りにまろび出てしまった。
「あっ! 小浪谷ー!」
そして、一瞬にして爻坂に発見された。
「もう、やっと見つけた」
爻坂とその後ろを追従するようにアスマがやって来た。どうやら小浪谷を探していたらしい。
いつの間にか、監督の姿は目の前から消えていた。……ああ、なるほど。
「何の用だよ」
「せっかくの休みなんだし、遊ぼってね」
「…………拒否権は?」
一応訊いてみたが、爻坂は自らの首に手をかけただけだった。
小浪谷はため息をついた。
良かった、いい暇つぶしが見つかって。鎖でがんじがらめにされるのだけは勘弁だ。
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