第二章 せっかくの休み③


 ——中国エリア繁華街、とあるカラオケのパーティルーム。

 このやたら広い部屋を貸し切りにした二人の男はステージに上がることも、歌を歌うこともなく、テーブルの上にプレイマットを敷いて黙々とカードゲームに耽っていた。

 最終局面。対戦相手のターンが終わり、小浪谷はデッキからカードを引き……静かに勝ちを確信した。

 

「……墓地から蘇生した『悪魔女クロミ』を手札の『スロッター小僧』と結合ユニオンして召喚。効果でスピードアタッカーになってマスターに直接攻撃。15プラス8の合計23ダメージで……——はい、アンタの負け」

「ッぐ、アああああ!!! また負けえがあああああ———!!?!」


 相手の青年は持っていた手札を賭けに負けたギャンブラーのように放り投げると、顔を手で覆い憤懣の叫びを漏らした。


「……いい加減、マイナーばっか擦るのやめろよ。勝負になんねぇ」

「ふんッ、うっせうっせ……くそぉ……」


 青年が身をかがめて投げ捨てたカードをせこせこ拾い集める。その哀れな様と今にも泣き出しそうな顔に変に罪悪感を覚え、小浪谷も拾うのを手伝ってやる。


「……くそ、忖度しろよ。久々に会った先輩にしていいムーブじゃないだろ……! 育ての恩を忘れやがって……」


 小浪谷は内心、今年25歳の大人がぶつぶつ何言ってんだ……と思いながら、心にもない「すみません」を送った。

 大体、変にこだわって三流マイナーカードばっか使ってる先輩では、一流メジャーカードしかデッキに入れてない小浪谷に勝てるわけがない。

 このカードゲーム——『マスターズユニット』は露骨に強いカードが決まっている。最高レアと最低レアじゃステータスもスキルも雲泥の差がある。

 小浪谷が拾ったカードを手渡すと、先輩は強引にぶんどってデッキを素早くシャッフルし始めた。

 ……まだやるつもりなのか。

 正直、もう一戦やるのもこれ以上不機嫌になられるのも面倒だ。ここは敬語で適当に話題を振りにいこう。


「そういや知ってます? このカード、今じゃ近畿の半グレがシノギに使ってるらしいっす。ホント人気になりましたよね」

「……ふん。言ったろぉ、このゲームは流行るって。先見の明があるのよ~おれには。勧めて正解だったろぉ?」


 先輩はシャッフルする手を弛め、得意げな顔をする。相変わらず機嫌を取りやすい人だ。下手に出ればすぐいい気になる。


「超バブルですよ。……どうせレア使わないなら、今のうち売ったらどうです?」

「やだね。金なんかより思い出を手放す方がよっぽどもったいない。こういうのは手に入れた時の喜び含めてコレクションするの」


 マイクを片手に自らの価値観やら人生観を謳うように力説して、先輩はドリンクをガバッと飲み干すと思い出したように、


「そういや、はしけサンから聴いたけど、九課に新人入ったんだって? どんなヤツ?」


 会いたい会いたいと、先輩と言うが、会ったところで無駄だ。小浪谷はアスマを仲間に入れるのを認めることはないのだから。


「ふーん。じゃあ、おれのところに入れちゃおっかなぁソイツ」

「………………は? アンタのって……、」

「うん、第六課。が目ェ付けてるヤツなら、おれも仲良くできる思うんだよね。……んで、どんなヤツなの? ゲームとかする? 陽? 陰?」

「……さあ? 会いたいなら、俺を介さず勝手にどうぞ」


 小浪谷はカードと持ってきた最低限の荷物をささっと片付けて立ち上がる。


「えぇ?! ちょ、もう帰んの? 早いって、まだこれからだろバトルは! 勝ち逃げとか一番ダセーぞぉ!」


 何を言ってる。勝ち逃げが一番カッコイイだろ。勝者の特権じゃないか。


「続きはまた会ったらで。色々疲れてるんで俺はもう帰ります。じゃ」


 引き留めようとする先輩を振り切って、小浪谷はさささっとカラオケを後にする。

 ああは言ったものの、次に会うのはいつになるのやら。お互いあちこちに移動する身だ。再会より先に自分が公安を辞めている可能性すらある。

 もしかしたらこれが今生の別れかも。そう思うと少しは寂しく……ないな。全然ない。

 ふと、進路方向にカードショップの看板が見えた。いわく——マスターズユニット積極買い取り中。

 出来心で店の前に立ち止まる。さっき使った『悪魔女クロミ』にかなり良い値段が付けられていた。その反面、『スロッター小僧』の値段は悲惨ことになっていた。絵柄による差があからさま過ぎるだろ。

 小浪谷は数瞬、睨み合うように看板を見据えて……やがて頭を振ってその場から立ち去った。

 ……まあ、カードを売るのは、今はまだやめておこう。

 バブルはいつか必ず弾けるものだが、あともう少しくらいは多分続くだろう。

 いつか価値が最高潮に達した時、その時が本当の勝ち逃げ時だ。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る