第二章 せっかくの休み②


 ハカセは溜息をつきながらよっこいしょと余っていた近くの椅子に腰掛けると、首をポキポキならしてまた一息ついた。いかにもな仕事してきました感が鼻につかなくもないが、その顔には確かに疲れの色が見て取れた。


「お疲れ様です。早かったですね、帰ってくるの」

 

 爻坂に「おかげさまでね」と返し、ハカセは彼女にお土産らしき袋を渡す。横目で見るにお菓子の詰め合わせらしい。

 ハカセは出張から帰ってくるのは一週間後と言っていたが、爻坂の言う通りずいぶん早い帰還だ。


「ほらアスマくん。君にも」


 ハカセがアスマのキーボードの上に何かを置いた。てっきりお土産かと思って俯いた顔を上げると、


「…………?」


 視線の先にあったモノ。それは20センチ前後の女の子のぬいぐるみだった。ドールやフィギュアとは違ったふわふわとした見た目の綿人形で、小さい子が小脇に抱えて持ち運んでそうな“お人形さん”。

 対象年齢はとっくに過ぎているが、こんなものを渡されてどうしろというのだ。おままごとでもしろと?

 黙考する……まあ、恐らくネタのつもりなのだろう。ハカセもどことなくこちらの反応を見守る顔をしている。

 ノるか反るか——目を閉じて天秤にかける。

 やがてパッと開眼すると、アスマはわざと人形を大袈裟に持ち上げて歓声を上げ、喜びの様子を露わにした。

 

「わー嬉しい! 何て人形ですかこれ~かわいい~」

「叶守ちゃん」

「…………——は?」


 アスマは思わず動きを止めて、ハカセの顔をまじまじと見返した。


「……え、何……冗談です?」

「いやだから叶守ちゃんだって、その人形」


 そう言うハカセの目は、嘘や冗談によって歪曲されることなく真っ直ぐアスマを貫いていた。

 ついにボケちゃったのかと、人形を改めて見ると、確かに頭部についてる花々の飾りや意匠、着ている服は叶守のそれに似ている。

 市販のものじゃない……出来は良いが、たぶん手作りだ。だとすると、誰が作ったんだ、これ……?

 人形と目を合わせたまま固まるアスマに、爻坂は近づくと、


「……これ、『閉まっちゃう人形』ですよね? ワタヌキくんの」


 ハカセは首肯する。

 アスマは混乱したまま口を開く。


「わ、タヌキ……?」

「聞いてない? 九課うちの裏メンバー。モノを一つ何でも収納できる人形——閉まっちゃう人形を作れる能力を持っててね。叶守ちゃん用に作ってもらったのさ」


 そういえば、叶守は表に出すには危険だから処置をすると言われたことを思い出す。


人形それに入ってれば、彼女がいくら暴れようと害にはならないだろ」

「……こ、この人形の中に……叶守が?」

「うん。ああでも、入れる時にあまりにも暴れるから、“ちょっと”小突いちゃってね。今はすっかり気絶状態スリープモードだから、起きるのはまだ先かな」


 そう言われても、見た目も手触りもただの綿人形だ。これがそんな便利な収納ボックスだとは思えない。

 疑いの目で精査すると、人形の首の後ろ部分——綿入れ口の縫い目の奥に何か揺らぎのようなぐにゃぐにゃした黒い空間が垣間見えた。少し指で開いてみると、泥のような黒い影? が幾重にも渦を巻いて踊っていた。

 本来なら綿がぎっしり詰まっているはずなのに……何だこれ、見ていると目が回る。前言撤回、どうみてもただの人形じゃあない。

 この四次元的暗黒空間の中で、叶守はグースカピーしているのだろうか。


「さてと」


 ハカセはおもむろに椅子から立ち上がると、アスマと爻坂に視線を投げて、


「せっかくの休みなんだ。作業は一旦やめて遊びにでもいこうじゃないか」


 まさかの提案に、アスマの心が跳ねる。この面倒で単調なパソコン作業が辞められるなら、どこにだって行きたいところだが……。


「遊びって……どこに?」


 アスマの質問にハカセは決まってるだろと言いたげに一拍置いて、


「小浪谷くんのところ」







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