第一章 俺はこいつのこと、仲間とは認めねぇ!④
「あのあのあの!」
見回りが終わった夕方過ぎ、公安局中国支部に戻って、アスマは休憩室で椅子に腰掛けたハカセを見つけると真っ先に駆け寄って問い詰めた。
ハカセは読んでいた雑誌から億劫げに目を離すと、眉間にしわを寄せたアスマの顔を見て、対抗するように唇を尖らせた。
「……ん~?」
「あんだけ仲間になれって誘ってきてたくせに……なんで小浪谷さんにあんな提案しちゃったんですか!?」
激昂するアスマの熱を冷ますようにハカセはひらひらと手を振り、
「君が仲間になるうえで、どのみちぶつかる問題……必要な儀式だったさ。彼は自分の中にある均衡が崩れるのをとにかく嫌うしね」
「……ッだったら、じゃあ、せめてハカセも協力してくださいよ!
「え、無理だよ。私、これから出張だし」
ハカセがテーブルの下に目配せすると、準備万端と言わんばかりのトランクが置いてあった。
「次に君たちに会うのは一週間後かな~。近畿エリアまで行って、しばらくして関東に帰る予定。それまでに小浪谷くんと仲良くなっといてよ」
「………………は、そんなの」
無理に決まってる。
失意の色を浮かべるアスマにを気にも留めず、ハカセはトランクを手に椅子から立ち上がると、出入り口の方へ足を向けた。
「ティーン同士、共通の話題の一つや二つあるだろ? また見回りについていくといい」
じゃあと手を振って部屋を出て行くハカセに、アスマは茫然自失と振り返ることもせず、絞り出すように小さく口を開けた。
「も、もし、
掠れと吃りが絡まった、虫の羽音みたいな頼りない声。
ハカセの足音が止まった。
「君の守護霊になれないとなると……まあ」
ハカセは一拍置いて、次の言葉を最後に部屋を後にした。
「残念だが、
******
翌日。
眠い目をこすりながら、アスマは朝一で見回りの始発点――公安局の入り口に立っていた。もうそろ五月に入るとはいえ、やはり早朝はまだ余寒を感じる。
昨日の夜、公安の待機宿舎を初めて利用させてもらったが、前まで住んでいた誠央学園の学生寮と比べて部屋の質も量も段違いで上質だった。部屋に風呂がついていて、ベッドもふかふかだったが、昨日の件で感情がぐちゃぐちゃになって結局一睡も出来なかった。今朝洗面台の鏡で見た顔は、正にゾンビ一歩手前って感じ。寝不足のせいで頭がボーッとしているが、その分落ち込みは醒めた気が。
警備の人によると、公安の人たちは仕事をする前に公安局で出席カードみたいなものをピッてするみたいだから、ここで待ってれば小浪谷さんも来るはず。多分。
どうしたら仲間として認められるかずっと考えていて……日課の朝占いもできなかった。
あくびを漏らしながら待つこと三十分。喪服姿の集団がやってくると、遅れて最後方にぽつんといた小浪谷が、面食らったような顔をアスマに向けた。
「お前……」
「お、おはようございます。見回り……今日もついてっていいですか?」
小浪谷は逡巡するように目線を落とすも、返事も返さずアスマの横を通って公安局に入っていってしまった。
……無視された。やっぱり無理だよな。
改めてショックを噛み締めること数分、小浪谷がエントランスに舞い戻った。
自動ドアが開く。
話しかけてもまた無視されるだろうなと思っていたところ、小浪谷は立ち尽くすアスマの横に一瞬並び、
「勝手にしろ」
そう一言だけ呟いて、門の方までスタスタと歩みを進めていく。
「え……? あ、はい!」寝不足ゆえの聞き間違いかと一瞬反応が遅れてアスマが後に続くと、小浪谷は前を見据えたまま、据わりが悪そうにポケットに手を突っ込んだ。
******
昨日今日、小浪谷が見回りで主にやっていことは次の三つだった。
――行き交う人々への聞き込みや声掛け。
「最近、ここらで食物がよく盗まれてねぇ……たぶん幽霊? スキャナーにも映ってないらしくて……」
――幽霊を見つけた際の
「通報を受けて参りました。発見された幽霊は『
――他に見回りをしている公安との情報交換。
「東丘公園で不審な人影の情報が。付近で後遺障の報告は受けていませんが、念の為、確認をお願いします」
慣れているのもあるだろうが、小浪谷はそれらを実に淡々とこなすため、アスマが助太刀に入るような余地はなかった。
生態スキャナーに怯えて陰に隠れながら小浪谷の後を付いていくうちに、ふと、アスマは自分と同じように小浪谷を陰から観察している男女数名を見つけた。
彼らは小浪谷と一定の距離を保ちつつ、人影に隠れるように尾行しており、小浪谷を凝視する
……ストーカー? 小浪谷さんが気づいてないってことはないだろうけど……。
午前十時――結局、彼らはコンタクトを取ってくることもなく、アスマと小浪谷は情報をもらった丘公園まで足を運んでいた。
時間帯的に学業や仕事に勤しんでいる人が多いためか、広大な園内には石畳を歩く二人の足音以外、何の音も響いていなかった。
――ぐうううううう~。
だからこそ、普段ならノイズでかき消されていたはずの腹の音がクリアに響いた。
「あ、す、すみません。そういや、ご飯食べるの忘れてました……」
「は?」と小浪谷は呆れ顔を向け、
「……なんだよ忘れるって」
「い、いや、忘れちゃうんですよ」
没入の沼にハマっている時、悩みの種で頭が埋め尽くされている時、つい食事を忘れて腹を鳴らしてしまう。
やけに元気が出ないな……ぐう~(腹の音)あ、そういえば何も食べてなかった、と。
おまけに偏食のため、叶守からは「アスマぜったい早死しますわ」と笑われていた。……今思えば、叶守にだけは言われたくない台詞だ。
「………………」
小浪谷は無表情になって首を傾けると、近くのベンチに目をつけて「そこ座ってろ」とアスマに着席を促した。
「?」
意図は分からないが、逆らう意味もないので大人しくベンチに腰掛けると、小浪谷は背を向けて出口の方へ歩いていってしまった。
……え、放置……?
アスマがぽつねんと放心してしばらく。ビニール袋を掲げた小浪谷が仏頂面で戻ってきて、
「やる」
とアスマにビニール袋を投げ渡すと、肘掛けにもたれかかるようにベンチに座って、ポケットから携帯を取り出した。
コンビニのビニール袋の中には、数本のカロリーバーと水が入っていた。腹を空かせたアスマの為にわざわざコンビニまで足を運んでくれたのか。
アスマは思わず驚喜に声をあげて、
「えぇ?! いいんすか!? わ、あり、」
「食え」
そういうのいいから、と言いたげに小浪谷はそっぽを向いて携帯の画面を注視した。全身から、陰気極まる話しかけてくんなオーラが溢れ出ている。
アスマは自重して「頂きます」とカロリーバーを口に運んだ。エネルギーの塊が口の中で広がったような感覚がして、飲み込むと一気に血流が活気づいた。取り込んだ瞬間、体が待ってましたと言わんばかりに残りのカロリーバーを求め始め、あっという間に完食。
口元に付いた食べかすを拭って、小浪谷の様子を盗み見る。携帯で漫画でも読んでるのか、目が上から下を流れている。
……どうしよう、何か話かけるべきだよな。
会話もロクにせず小浪谷に認められるわけが無い。だが、何を話せばいい。何となく、この束の間の休憩タイムはそろそろ終わる気がする。見回りを再開したら会話できる機会なんてなくなる……だから、口を開くなら今だ。だが、如何せん話題がない。
……小浪谷さんは占いの話は嫌がるだろうし。何か、何かないか……?
思考を巡らせる中、浮かんできたのは、
『――ティーン同士、共通の話題の一つや二つあるだろ?』ハカセの重みのない台詞だけだった。
……クソ、なんだよ共通の話題って……そんなのあったら苦労しないよ。そんな、そんな都合のいい話題なんてあるわけ……あるわけが……………………………―――あ、
思いついた瞬間、アスマの口はほとんど反射的に開いていた。
「ハ、監督……出張行っちゃいましたね」
「…………」小浪谷からのリアクションはなし。
「しかも事前に言わずいきなり。……ほんと面倒み悪いってか、もう薄情ですよね。大人気ないし」
「……………………」
「
「………………………………」
沈黙を貫いたまま、小浪谷がノってくる気配はない。ここから先は賭けになる。アスマは一呼吸して、汗ばむ手でズボンを握った。
「いい歳こいて、ほんと自己中で自分勝手な人ですよね、……あの、ば…………ババア」
――……言ってしまった。つっかえながらでも、確かにダメ押しで。
これで小浪谷がハカセのことを深く敬愛でもしていたら、もう終わりだ。距離を置かれて二度と話せなくなるだろう。
「「………………………………」」
小浪谷から反応が返ってくる気配はない。ただ、重たい沈黙が沈殿していく。
まずい、さすがに言い過ぎた。後悔が頭の天辺からつま先まで蚕食し始める。
やばいはやく訂正と謝罪を……。アスマが震える声を絞り出そうとして、
「人の心が欠けてんだよ、監督は」
先に沈黙を打破したのは小浪谷だった。携帯をしまって座り直すと、
「
小浪谷が軍帽のツバを指先でいじる。その嘆きと苛つきが混ざった表情を見て、アスマは自分が賭けに勝ったことを悟った。
共通の話題――
小浪谷は小さく息を零して「ところで」とアスマに視線をやって、
「さっきから、俺らのことをジロジロ見てる奴がいるな」
「え?」
アスマは公園全体を見回すが、先ほど小浪谷をストーキングしていた集団はやはり目に入らなかった。
「……い、今はいないと思いますけど?」
「違う、アイツらじゃねぇよ。別モンだ」
小浪谷はベンチから立ち上がり、目を泳がせてある一点に方向を見定めると、おもむろに歩き出した。
慌ててアスマも後をついていく。
先ほどのストーカー達とは別の奴? 一体誰が? 何の目的で?
結論からいうと、その視線の主はアスマの想像がしていたモノとは全く異なる存在だった。
――そいつはまるで異彩を放たない、透明な異物そのものだった。
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