第一章 俺はこいつのこと、仲間とは認めねぇ!②
作戦会議室、小浪谷は言葉もなく椅子に座って項垂れていた。
紹介から二言三言交わすとすぐに、監督は「それじゃ、私達は
嵐が過ぎ去った後のような静けさのなか、携帯を見ながらのんきに鼻歌を歌っている爻坂に、小浪谷は生気の抜けたような声を発した。
「…………お前、知ってたのか?」
アイツが第九課に入るって。小浪谷の問いかけに、爻坂は首を横に振った。
「まぁでも、何となく予想ついてたよ。監督、あの子のことすごく気にかけてたし」
爻坂は椅子に座ったまま体を伸ばすと、だらけた表情で机に突っ伏した。
「この前入ったワタヌキくんも合わせれば四人……。万年ツーマンだったのが嘘みたい」
公安第九課は、設立からずっと小浪谷と爻坂の二人組だった。つい数ヶ月前に一人メンバーが加入したものの、そいつはまったく顔を見せないため、二人体制に実質変わりはなかった。
余計な関わり合いなんて無い方がいい。だから、どんな事情があるかは知らないが、ワタヌキが幽霊メンバーになのはむしろありがたかった。
……それなのに、クソ。なんでよりにもよって占い好きなんかが……。
小浪谷は軽く舌打ちして、吐き捨てるように口を開いた。
「……なんで事前に言わねーんだよ、監督は」
苛立ちを露わにする小浪谷に、爻坂は手をひらひらとさせながら「そりゃ言わないでしょ」と口にした。
「だって小浪谷、九州でアスマくんが加入するって聞いたら、彼のことボコボコにしてでも辞めさせたでしょ」
「……はぁ? そんな、こと……」
否定の言を述べようとしたその時、両者の携帯が震えて口が止まる。監督からグループメッセージが届いていた。
『小浪谷くんへ、至急エントランスまで来てください』
眉の間に曇天が広がる。その様子を見て、爻坂は含み笑いをして「いってら~」と声をかけてきた。
このタイミングでの呼び出し……絶対にアスマのことが絡んでいる。面倒なことになりそうな予感に深いため息をついて、小浪谷は作戦会議室の扉を開け、エントランスに向かった。
******
エレベーターで一階エントランスまで降りると、やたら広いガラス張りの空間の奥に見慣れた白い人影が目に入った。
長白衣を着ていて目立つのもあるが、監督は全身から謎のオーラのようなものが滲んでいて、遠目でもすぐに発見できる。
小浪谷がそろそろと近づくと、監督は「やあ」と手を振って歩み寄ってきた。
「…………何の用です?」
「小浪谷くん、今日も見回り行くよね?」
話の展開に何となく察しがつき、小浪谷は歯切れ悪く口を開いた。
「はぁ、まぁ、その予定……ですけど」
「その見回りにさ、彼も連れて行ってくんない?」
監督がくいっくいっと親指で後方を指し示すと、出入り口で警備の訝しむ視線を受けながら、こちらの様子を挙動不審にちらちらと覗くアスマの姿が見えた。
小浪谷は監督に向き直ると鋭く息を吸って……
「嫌です」
そうハッキリと告げた。
監督は一瞬小浪谷から目線を反らすと、真顔で見つめ直し……
「小浪谷くん、今日も見回り行くよね? その見回りにさ、彼も連れて行ってくんない?」
「嫌です」
「小浪谷くん、今日も見回り行くよね? その見回りにさ、彼も連れて行ってくんない?」
「嫌です」
「小浪谷くん、今日も見回り行くよね? その見回りにさ、彼も連れて行ってくんない? ……これから毎日」
「ぜったい嫌です」
いいえの選択を絶対に聞き入れてくれないゲームのNPCのような柔軟性のない頑固さを持ってして、監督は同じ言葉を繰り返した。だが、小浪谷も「いいですよ」と返すつもりはさらさらなく、お互いに牽制しあうような無言の時間が生まれた。
数秒にらみ合って、小浪谷は肩を落とすと、視線を床に投げて重々しく口を開いた。
「公安も民間も、除霊に失敗して自分が悪霊になっちまった奴なんてごまんといる。…………仲間のケツを仲間が拭いて、その結果メンタルカラーが汚れきっちまった奴だって……――」
ミイラ取りがミイラになるというのは、霊媒師にとってはありふれた話だ。問題は、そのミイラになった奴を誰が対処するか。そしてそれは自ずと、近くにいた仲間の役目になる。その対処に当たった仲間は得てして心を壊し、色彩異常者として社会の外へと追い出されるのだ。
よくある話……だが、そんな経験、小浪谷は見るのも体験するのもまっぴらごめんだった。
「俺は安易に仲間を増やすのは反対です。ろくに経験も積んでない奴とか、尚更」
小浪谷は伏せた顔を上げて、もう一度監督の目を見つめた。
「経験はこれから積んでいくものだろう。……まあ、だが、ふむ……」
監督は長白衣のポケットに手を突っ込み、目を閉じて黙考すると、やがて意を決したように小さく「よし」と呟いた。
「これから関東までの道のりの中で、君がアスマくんのことを『認められない』って判断したなら……彼を仲間に入れるのはやめようか」
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