第一章 俺はこいつのこと、仲間とは認めねぇ!


「……公安霊媒師にも二種類。多人数で特定のエリアに居を構えるものと、少数精鋭であちこちを転々とするもの。第九課われわれは後者だ。霊障の多い所へ常に移動している」


 指揮車両の中、後部座席でアスマは心地良い揺れにうとうと船をこぎそうになりながら、運転手の長ったらしい説明を聞いていた。

 ……ねむいなぁ。もう一時間ぐらいこんな感じだ。

 あくびを押し殺して、アスマは気になってたことを運転手に質問する。


「あの、ハカセ……この車ってどこに向かってるんですか?」


 ハカセ――運転手である老齢の女性はルームミラー越しにアスマの顔を捉えると、眉を下げて小さく息をこぼした。


「だから、私の名前ははしけだ。ハカセじゃない」


 まったく、いつになったら覚えてくれるんだと言いたげに、ハカセは頭を微かに振った。

 はしけ……そういえばそんな名前だった。

 長白衣を身に纏って胡散臭く笑みを浮かべている姿が、どう見てもヤバ医者かマッドサイエンティストにしか見えないから、アスマは艀のことを常にハカセと呼んでいる。


「質問に答えてくださいよ、ハカセ。どこに向かって――」

「ゴキブリの動きぶり、うんちぶり」


 ハカセは低い声で謎のワードを発すると、口を真一文字に閉じて話しかけるなオーラを出した。答えてやらないもんねー。

 しまった、いくらなんでも無礼だった。

 アスマは少し反省して、はしけ……やっぱりハカセの顔を盗み見た。多分、本当に怒ってはいないハズ。

 自分でも理由はわからないが、ついハカセにだけは強く当たってしまう。一応、命の恩人であり人生の大先輩でもあるのだから敬うべきなのだが、行動が強引で節々に何かが鼻につくのだ。これは性質的な問題だ。きっと、相性占いも良くないだろう。

 窓の方を見やって景色を眺める。駅前の横断歩道で、律儀に青信号の合図を待っている人々の姿が目に入った。

 中国エリア――『青蒼ブルー』のメンタルカラーを持った人々が生活するエリア。学園都市が栄えており、偏見では理論派でクールな人間が多いとされているが、行き交う人々の顔つきを見ていると、なんとなくそう思えてくる。

 まさか自分が九州を旅立つ日が来るとは……。

 アスマは感慨に浸って、ポケットから発行されたばかりのライセンスを取り出す。朝方、ハカセと共に各種機関を巡っているうちに、手続きから発行までいつの間にか済んでしまった。目当てのものが早く手に入ったのはいいものの、面倒そうな書類を顔パスでほぼスキップしていたのは大丈夫なんだろうか。

 本当にどこにでも顔が利く人だ。目に見える表から……暗部にまで。


「……叶守ちゃん」


  突如、ハカセが聞き馴染みのある名前を口にして、アスマは寝ぼけ眼を見開いた。


「悪いけど合流は少し遅れるよ。彼女は表に出すには危険すぎるから、私の方で“処置”を行う」


 処置……?

 アスマは知らず身を乗り出し、シートベルトに勢いよく肩を引っかけた。


「ッそ、それって危ないことじゃ――」

「しないよ。君が公安に入るうえで、守護霊は彼女以外ありえない。丁寧に扱うさ」


 その言葉を聞いて、アスマは前のめりになった体をゆっくりと座席に納めた。

 一瞬、左目の生態スキャナーで今の発言が嘘でないか見抜こうとしたが、すぐに理性が働いてやめた。

 ――叶守かなもり

 活霊いきりょうでも悪霊でもない、特殊な幽霊の少女。生前、アスマとは知り合いだったが記憶を無くしており、再会した際は生前以上の傍若無人っぷりを発揮していた。爻坂に霊園に送られて以来会っていないが、今どうしているのだろう。少しはあの気性が落ち着いているといいのだが。

 ふと、これからの生活に思い馳せていると、「……そういえば」と一つ心配な点が浮かび上がった。


「九課って、小浪谷さんと爻坂さんの二人でずっとやってきたんですよね? そこにいきなりぼくみたいのが入って……大丈夫なんです?」


 出会った直後から、ハカセからは「君には霊媒師の才能がある」と猛スカウトを受けていたが、アスマはまともに除霊したことなんてほとんどない。武器なんかも扱ってきていないし、正直、足手まといにしかならない気がする。そもそも受け入れられるのか。

 アスマの言葉にハカセは少し目を泳がせると、急にカーナビに視線を送り……


「……さーて、目的地までは~……」


 と、白々しい声色を出して質問を無視した。

 え? なんだこの反応。嫌な予感がする。

 ……まさかこの人、ぼくが加入することも二人に言ってないんじゃ。

 車内に不穏な静寂が満ちるなか、指揮車両は着実に目的地まで近づいていった。





******





 ――公安局中国エリア支部



「……と! いうわけで、こちら今日から見習いとして第九課に入ることになったアスマくんだ」

「ッ……あ、ああアスマです。い、っよろしくおお願いします!」


 狭苦しい部屋にその上ずったどもり声は響いた。

 待ち合わせ場所の公安局に着くやいなや、監督から紹介したい子がいるからと作戦会議室に呼び出され、何事かと爻坂と待ち構えていたら、見覚えのある少年がおずおずと扉を開けて入ってきた。

 そいつは外ハネした明るい茶髪と頼りない印象の三白眼の持ち主で、どちらかと言えば幸の薄そうな顔をした少年――九州エリアにて邂逅した、あの占い好きのアスマだった。


「…………………………」

「おぉ~!」

 

 唖然として固まる小浪谷をよそに、爻坂はパチパチパチと気楽に拍手を送っていた。

 

「ま、あくまでまだ仮加入だ。正式な手続きは関東本部でしかできないしね。それまで見習いとして、君たちで面倒見てやってくれ」


 監督の言葉に、小浪谷は人知れず立ちくらみを覚える。

 日常の壊れる音が、どこかで響いた気がした。





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