2-3
『リュファス。あなたの名前でお招きしたのよ? 誰はないでしょう、誰は』
『ジゼル伯爵令嬢だ。お前に会うために足を運んでくださったのに』
「え、知らない。そんな予定だっけ?」
テーブルに乗った小鳥に
運命の人と呼ぶべきだろうか。マイナスの意味で。
「はじめまして、リュファス様。ジゼル=ダルマスです。お招きありがとうございます」
「ふぅん。あんたさ、貴族のお嬢様なんだろ? 俺が言うのもなんだけど、こんな
「……母は、私が幼い
「! そっか、ごめん」
気まずそうに目をそらしたリュファスに、首を横に振る。
この程度の事前情報も何も知らされていない、その事実がどうにも
『リュファス』『ごめんなさいね、照れ屋なのよ』『まぁ子どもの言うことだ』
動物達は口々にそう言って、リュファスの向かいの席を空けてくれた。
座れ、ということだろう。
アンの視線を感じる。魔術の気配が
見た目だけは
その気になれば骨細のご令嬢一人くらいあっという間に消してしまえるのだろう。
ここでも魔力ほとんどないんですアピールをしてから帰ろう、そう決めて腹をくくる。
一歩
『申し訳ない、本来であればクタールの家の者に任せるべきなのですが』
『この通り手足もない身ですからね』
蛇が低く言えば、くすくすと雀が笑う。
「
『ええ、
雀が思い切りふっくらと胸を
視線が合うのは、遠くから見えているということだろう。声を聞き、声を届け、姿を送る。 機能を一つ増やすたび、魔道具の値段は
この
「歓迎、ということは……皆様はクタール侯爵家の方なのですか?」
『ええ、といっても今はこうして
クタール侯爵家に連なる、中央の魔術師達だ。
通常、爵位と領地は指名された嫡子に引き継がれ、跡継ぎ以外の兄弟達にはわずかな遺産が
たいていは領地で何らかの仕事を任されるか、中央で
クタール侯爵家は魔術師の家系だ。
強い魔力を持つ者が軍の内部、そして王宮でも権力を得て、出身家の人間をコネで要職につかせ、さらに家の影響力を増す。魔力を求める貴族が多いのは、歴史や伝統を重んじるだけでなく甘い
だからこそ魔力の低いユーグを次期当主として認められないのだ。魔力が引き継がれないということは家の勢力が
に恩を売って、侯爵家を自由に
しかし、従者もメイドも使用人一人、リュファスにはついていない。
家を預かるのは女主人の仕事だ。有事に夫の代行として領地を治めることもあるくらいなので、城の人事くらいは
リュファスを引き取った二年でできることではない。彼らとクタール侯爵夫人の対立関係が表面化してすでに長いのだと知れる。
ワゴンに
花の香りの湯気越しに、リュファスの赤い瞳が宝石のように光って見えた。
香りはとても良いお茶だ。色もとても
ただしそれは食用という意味ではない。
「またこのお茶? 俺苦手なんだけど」
貴族らしからぬまっすぐな物言いで、リュファスはカップを遠ざける。黙ってお茶を淹れていたアンが
『おや、お口に合いませんか』
「前も言ったじゃん。こんなの、よく貴族は飲むよな。あんたもこういうの好きなの?」
「ええと、私もあんまり……香りが強くて」
リュファスにつられてつい本音がこぼれてしまう。子どもらしい反応と言えば正解かもしれないが。
『……これは失礼いたしました』
『まぁ、
ホウホウと梟が鳴く。そんなものを客に、それも子どもに出すなと思うが、そんなお茶くらいしかリュファスにはあてがわれていないのだろうか。
「そういえば、晩餐ではお目にかかれませんでしたね、リュファス様。もしかして、お体の具合がよろしくないとか?」
白々しいとは思うが、一応は聞いておく。
リュファスは少し答えに困ったように黙って、「まぁ、そんなとこ」と
『病などではありませんよ。夫人の子どもっぽいやりようにも困ったものだ』
蛇が首を横に振った。
『この子の魔力がよほど
「閉じ込めて……?」
「部屋から出るなって言われてるだけだって。この古い城うろついたってろくな目に|遭《あ
》わないんだから。自衛だよ自衛」
「あの、リュファス様は」
自衛、その単語の
「その様っていうのやめてくれよ。慣れないんだよな。俺もジゼルって呼んでいい?」
リュファスの声は明るい。細い
相応の教育係をつけているはずなのに日々野生児化している身内の残像が
思いの外リュファスが
「もちろんです、リュファス」
「良かった。貴族のお嬢様と話したことなんてないから、ちょっと
おどけながら、
お
「でも
「それは、」
存在を無視されている、こともなげにリュファスは言う。厳しい
「前みたいに、城の中くらい自由に動けたらいいんだけどな」
「今は、出られないんですか?」
「んー、まぁ、
「どうして、そんな」
『侯爵夫人のヒステリーですよ。半年前に、ユーグが食あたりを起こしましてね。それがリュファスのせいだとか、私達が毒を盛ったとか、まぁお
果たしてそれはヒステリーだろうか。それとも、真実なんだろうか。
『犯人が見つかるまで、身内の魔術師は誰一人としてクタールの城には入れないなんて言うんですから。こうしてリュファスを案じて影を飛ばしてみれば、部屋に閉じ込められているではありませんか! 何の罪もない弟がこんな仕打ちを受けているのに、ユーグは声をかけることもないんですよ。ああ、
よく
「何もされてないし。別にいいよ。街の子どもの
『一人でもこの子の味方になってくれる人がいてくれると良いと思って、ジゼル伯爵令嬢をお招きした
それにしてもさっきから魔力の有無を聞かれないのが逆に怖い。もしかして私が知らないだけで、見ただけで魔力を測定できるような道具があるんだろうか。しかし、そんな物があればこの国の
それとも彼らが望んでいるのはもっと別のこと、例えばクタール侯爵家から排除されてしまった自分達の部下をクタール侯爵家に手引きさせるだとか、あるいはクタール侯爵夫人の配下を一気に
退路を確認しようとさりげなく来た道を振り返ると、確かに、何かと、目が合った。
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