常春のクタール城
2-1
ダルマス
「ようこそ、ダルマス伯爵令嬢。フェデーリカ=クタールですわ。本日は足を運んでくださってありがとう。どうぞゆっくりしてらして」
冬用のドレスとは思えない、デコルテを大きく出したデザインのドレスが目を引く。さらに親指の第一関節程もありそうなアクアマリンがぐるりと首一周分連ねられており、どの角度からもキラキラと
「はじめまして、ジゼル=ダルマスです。本日はお招きいただきありがとうございます、クタール
「お招きありがとうございます、オディール=ダルマスです。お目にかかれて光栄です」
オディールが
マナーの講義は散々だったけれど、こういう
メアリ
私の中のオディール
せめてスタート地点くらいスタンダードな悪役令嬢でいてほしかった。
性格の他に
「本来なら主人がご
うふふ、と少女のように笑って、クタール侯爵夫人は私とオディールを
「私達、はじめまして、ではないのよ。あなた達がまだ
クタール侯爵夫人の水色の
「ジゼル、それにオディールと呼んでもよくて? どうかそう呼ばせてほしいの。本当に、|
うっとりと夢見るように
「……あ、の」
身分に差があるとはいえ許しなく相手に
びっくりして目を丸くしていると、クタール侯爵夫人の
「母上。ダルマス伯爵令嬢が
上品な微笑み、日の光が似合う明るい金髪、それから、クタール侯爵夫人と同じ水色の瞳。
少し生意気な印象を受けるのは
「はじめまして、僕はユーグ=クタールです。ようこそ、ダルマス伯爵令嬢」
この家の
私が何も知らない十四歳の少女だったら、彼に
実際、オディールはこの育ちの良さそうな少年がいたくお気に
少女らしい反応に、ちょっと微笑ましさを感じてしまう。
そういえば、オディール嬢はいろんな
それなら、逆に考えてみたらどうだろう。
ソフィアと恋に落ちるキャラクターの前にオディールが現れるのではなく、オディールがまとわりついている相手の前にソフィアが現れると考えるのだ。
オディールが好意を持っているキャラクターが今後登場するソフィアの攻略対象となる、と考えれば、私の死因をかなり
例えば、この美少年に微笑みかけられて真っ赤になっているオディールがこのまま成長した場合、ソフィアはユーグルートに入ったことになる、と判断できるのではないだろうか。
ユーグルートでジゼルはどうやって死んだんだったか、そこまで思い出そうとして、目の前の美少年がちょっと困ったような顔をしていることに気がついた。
「申し訳ありません、私ったら。ジゼル=ダルマスと申します、はじめまして。こちらは妹のオディールです」
「は、はじめましてっ!」
元気すぎるオディールの挨拶に場がほっこりしたところで、お茶の席に通される。
一応詰め込んできただけあってオディールの所作に問題はないが、時折チラチラとこちらを
「驚かせてしまってごめんなさいね。ジゼルがあまりにもイリスと似ているものだから。うふふ、オディールはお父様似なのね。テオドール様と同じ、燃えるような
「はい! お父様のお
ニコニコと話しかけられて、オディールもはきはきと答える。
これはもしかして悪役令嬢特有の、立場が上の人には外面がひたすらいいとかいうスキルだろうか。それともちょっと
「ええ、そうね。本当に
「僕もお噂はかねがね。母上ときたら、お茶会の準備を始めてからこちら、『
「お母様が、そんなことを?」
オディールが目を輝かせる。やはり母親が恋しいのだろうか。
そういえば、館ではあまり母の話をしてくれる人がいないことに思い至った。
というか、今、ユーグが淡雪の君をディスった気がするのだけど、気のせいだろうか。
伯爵令嬢イリスの
目が合うとユーグはにっこりと笑う。
腹を
「ジゼル伯爵令嬢にそっくりだったなら、淡雪の君はさぞお美しかったのでしょうね」
「まぁ……」
頰を染めて
ドレスの
こんな年で腹芸真っ黒な貴族の仲間入りはしてほしくないが、せめて令嬢の
「クタール侯爵夫人は、母と親しかったと
「ええ。年は少し
才能。
才能と言った。それが、この世界、この国において魔力のことを示すのは明白だ。
隣にユーグがいるので魔力という発言を
その才能がないがために、目の前のユーグは性格がねじ曲がっていくのだから。
というか、今のクタール侯爵夫人の言葉を聞いてユーグの笑顔が一ミリも動かなかった時点ですでに
手遅れといえば、この席には本来出席すべき人が一人足りない。
リュファス=クタールがいないのだ。
そもそも、
すでにリュファスは侯爵家に引き取られている。
お茶会の前に相手の家の情報を一通り頭に入れておくのは招待客のマナーだ。運命と
むしろ、お茶会に出席しなかったことがいっそう不自然になる。
そもそも、侯爵夫人はただの一度として、リュファスがいないことに触れていないのだ。
侯爵家の子息が欠席していることについて、真っ先に説明すべきなのに。
オディールはマナーの
温かな紅茶を口にしているはずなのに、どんどん体の中心が冷えていく。
「それで、ジゼル、オディール」
クタール侯爵夫人はにっこりと笑った。泉のように
「二人はどんな属性の魔術を使えるのかしら」
背後から死神に
ドレスで
見誤った。間違えた。
クタール侯爵夫人は魔力に
魔力の高さを貴族の
この家で魔力を求めているのはリュファスを侯爵家の
きっとユーグにはもっと別の道、中央の権力に近い家の子女との
しかし、クタール侯爵夫人が求めているのは『強い魔力がある女の腹』だ。
仮に
少なくとも、リュファスを跡継ぎにと望む頭の古い面々をそう説得するつもりでいる。
友人の
きっとダルマスの古い血、その魔力のことを
「私は木ですわ!
私が
オディールの回答は木の魔力の程度としては特筆するほどの物ではない。
いわゆる強力な木の魔術師は、真冬でも庭中の花を満開の状態に保てるのだ。今、このクタール侯爵家の庭が季節外れの春の花で満たされているように。
「そういえばテオドール様も木の魔力をお持ちだったわ。そう、オディールは属性もお父様
微笑み合うクタール侯爵夫人と、笑顔でご
言外に平民上がりの父親同等と言われている気がするがおそらく気のせいではない。平民だった父テオドールの魔力など
すでに和気
「私は……私の属性は、水です」
「まぁ、属性までイリスと同じだなんて!」
「ええ、でも」
目を輝かせたクタール侯爵夫人に
「コップ
クタール侯爵夫人はにっこりと笑って、少女のように小首をかしげた。
「……まぁ、そうなの。でも、これから伸びる可能性もあるわ。才能ですもの」
「ありがとうございます。ダルマス家の名に恥じぬよう、努力するつもりでいます」
あとはとりとめもない庭の話や天気の話に終始した。
天気といえば、ありがたいことに雪が降りそうな空模様になってきた。
もう飲み込めないお茶は十分にいただいた。
あとは失礼のないように帰宅するべく意を決して私が顔を上げるのと、そういえば、とクタール侯爵夫人がカップを置くのは同時だった。
「やっぱりお嬢さん達がいると場が華やいでいいわね。そうだわ、よかったらしばらくうちに泊まっていらっしゃいな。イリスの話もしたいし、ここを家と思ってゆっくり過ごして
「あの、ありがたいお申し出ですが、叔父に」
「よろしいんですの? 嬉しい!」
食い気味にオディールが身を乗り出した。
オディールのキラキラした瞳と、クタール家の母子の張り付いたような
「……お言葉に、甘えさせていただきます」
しばらくとは一体いつまでだろう。まだ始まったばかりの試練を
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