常春のクタール城

2-1


 ダルマスはくしゃくれいじょうまいむかえたのは、かべ一面にかざられた花々と、窓しに見える季節外れの春の庭、そしてメイドをたくさん引きつれたきんぱつの夫人だった。


「ようこそ、ダルマス伯爵令嬢。フェデーリカ=クタールですわ。本日は足を運んでくださってありがとう。どうぞゆっくりしてらして」


 冬用のドレスとは思えない、デコルテを大きく出したデザインのドレスが目を引く。さらに親指の第一関節程もありそうなアクアマリンがぐるりと首一周分連ねられており、どの角度からもキラキラとかがやいていた。

 じゅつによって城内でとこはるの気候を再現しているからこそできる服装だ。りょくと財力をする、この国の上位貴族らしいよそおいだった。


「はじめまして、ジゼル=ダルマスです。本日はお招きいただきありがとうございます、クタールこうしゃく夫人」

「お招きありがとうございます、オディール=ダルマスです。お目にかかれて光栄です」


 オディールがしゅくじょらしく礼をとって、にっこりと笑う。

 マナーの講義は散々だったけれど、こういうたい度胸のようなものはあるらしい。

 メアリいわく、ここ数日必死でんでいたそうだ。試験前にてつするタイプだったらしい。

 私の中のオディールじょうの評価がしゅうねんぶかれつあくやくれいじょうからかつで残念な悪役令嬢に書きわっているのがつらい。

 せめてスタート地点くらいスタンダードな悪役令嬢でいてほしかった。

 性格の他にきょうせいするところがありすぎる。


「本来なら主人がごあいさつを差し上げるところなのだけど、領地の仕事で外に出ているのよ。ごめんなさいね。ロドルフォも、あなた達に会えるのを楽しみにしていたのに」


 うふふ、と少女のように笑って、クタール侯爵夫人は私とオディールをこうに見つめた。


「私達、はじめまして、ではないのよ。あなた達がまだあかぼうころ、会いに行ったの。覚えていないでしょうけれど。おちびさん達、大きくなって……ああ、それにしたって」


 クタール侯爵夫人の水色のひとみがじっとこちらに注がれる。


「ジゼル、それにオディールと呼んでもよくて? どうかそう呼ばせてほしいの。本当に、|

うわさには聞いていたけれどあの子に生き写し。小さなイリスがそこにいるよう」


 うっとりと夢見るように微笑ほほえみながら、クタール侯爵夫人は私のほおに手をばした。ささくれ一つない、白魚のような手はひやりと冷たい。


「……あ、の」


 身分に差があるとはいえ許しなく相手にれるのはよほど親しい相手でない限り失礼だ。

 びっくりして目を丸くしていると、クタール侯爵夫人のそでを引く手があった。


「母上。ダルマス伯爵令嬢がおどろいていますよ」


 上品な微笑み、日の光が似合う明るい金髪、それから、クタール侯爵夫人と同じ水色の瞳。えりはしからつま先まで、貴族令息らしく上等な絹とかわそうしょくひんおおわれている。

 少し生意気な印象を受けるのはまゆがきつそうに見えるからだろうか。ちがいようもなく知っている顔に、がおが引きつりそうになる。


「はじめまして、僕はユーグ=クタールです。ようこそ、ダルマス伯爵令嬢」


 この家のやみの片割れだ。

 私が何も知らない十四歳の少女だったら、彼にこいをしてしまったかもしれない。

 実際、オディールはこの育ちの良さそうな少年がいたくお気にしたらしい。真っ赤になってちょっともじもじしている。

 少女らしい反応に、ちょっと微笑ましさを感じてしまう。

 そういえば、オディール嬢はいろんなこうりゃく対象のライバルキャラクターとして登場するだけあって、れっぽい性格でもあった気がする。

 それなら、逆に考えてみたらどうだろう。

 ソフィアと恋に落ちるキャラクターの前にオディールが現れるのではなく、オディールがまとわりついている相手の前にソフィアが現れると考えるのだ。

 オディールが好意を持っているキャラクターが今後登場するソフィアの攻略対象となる、と考えれば、私の死因をかなりしぼむことができる。

 例えば、この美少年に微笑みかけられて真っ赤になっているオディールがこのまま成長した場合、ソフィアはユーグルートに入ったことになる、と判断できるのではないだろうか。

 ユーグルートでジゼルはどうやって死んだんだったか、そこまで思い出そうとして、目の前の美少年がちょっと困ったような顔をしていることに気がついた。


「申し訳ありません、私ったら。ジゼル=ダルマスと申します、はじめまして。こちらは妹のオディールです」

「は、はじめましてっ!」


 元気すぎるオディールの挨拶に場がほっこりしたところで、お茶の席に通される。

 一応詰め込んできただけあってオディールの所作に問題はないが、時折チラチラとこちらをかくにんしているあたり不安が残るのだろう。


「驚かせてしまってごめんなさいね。ジゼルがあまりにもイリスと似ているものだから。うふふ、オディールはお父様似なのね。テオドール様と同じ、燃えるようなかみの色」

「はい! お父様のおうちの人はみな同じ色なんですって。赤い髪に青い目。皆その色だから、私のようにむらさきいろの目はめずらしいって様が」


 ニコニコと話しかけられて、オディールもはきはきと答える。

 これはもしかして悪役令嬢特有の、立場が上の人には外面がひたすらいいとかいうスキルだろうか。それともちょっとびしたい子どものいっしょうけんめいさなんだろうか。


「ええ、そうね。本当になつかしいこと。イリスのすみれいろの瞳だわ」

「僕もお噂はかねがね。母上ときたら、お茶会の準備を始めてからこちら、『あわゆききみ』の話ばっかりなんですよ。微笑み一つで牛の目玉のようなしんじゅささげさせたとか、うれい顔一つで南国のじゃくの羽をそろえさせたとか」

「お母様が、そんなことを?」


 オディールが目を輝かせる。やはり母親が恋しいのだろうか。

 そういえば、館ではあまり母の話をしてくれる人がいないことに思い至った。

 というか、今、ユーグが淡雪の君をディスった気がするのだけど、気のせいだろうか。

 伯爵令嬢イリスのぼうをうたうエピソードなのだろうけれど、なんだか金品を巻き上げたような言い方をされているような……。

 目が合うとユーグはにっこりと笑う。

 だんオディールとばかり接しているせいか、あけすけな子どもの感情に慣れすぎてどうにもかんがある。貴族らしいと言うべきなのか、タヌキの化かし合いと呼ぶべきなのか。

 腹をさぐられるのはかいで、断じて気分の良い物ではない。


「ジゼル伯爵令嬢にそっくりだったなら、淡雪の君はさぞお美しかったのでしょうね」

「まぁ……」


 頰を染めてじらってみせれば、年相応の令嬢に見えるだろうか。となりの席でおもしろくなさそうにオディールが足をらす。

 ドレスのすそがめくれたのでメアリに視線を送って裾を整えさせた。

 こんな年で腹芸真っ黒な貴族の仲間入りはしてほしくないが、せめて令嬢のていさいは整えてほしい。複雑な姉心である。子どもと腹の探り合いなんて不健全なことをするより、オディールも興味を持っている母親の話をることにする。


「クタール侯爵夫人は、母と親しかったとうかがっております」

「ええ。年は少しはなれていましたけれど、私がこちらへとつぐ前からの友人でしたわ。私の愛するイリス。淡雪の君。その気になれば王家にだって手が届いたのに、あの子ったら……まぁ、結局テオドール様の情熱には勝てなかったのよね。あの頃の社交界に、あんなに美しくて、らしい才能を秘めた子は他にいなかったわ」


 才能。

 才能と言った。それが、この世界、この国において魔力のことを示すのは明白だ。

 隣にユーグがいるので魔力という発言をけたのだろう。

 その才能がないがために、目の前のユーグは性格がねじ曲がっていくのだから。

 というか、今のクタール侯爵夫人の言葉を聞いてユーグの笑顔が一ミリも動かなかった時点ですでにおくれでは。いやあせが背中に流れる。

 手遅れといえば、この席には本来出席すべき人が一人足りない。

 リュファス=クタールがいないのだ。

 そもそも、が一つ足りていない。椅子だけではなく、カトラリーからナプキンに至るまで、かんぺきとうかんかくに用意されたテーブルには、リュファスの席が最初から用意されていない。

 りんせつする領土の友人として、今後親しく付き合うべき次世代の子ども達の顔合わせの席であるはずなのに。

 すでにリュファスは侯爵家に引き取られている。

 お茶会の前に相手の家の情報を一通り頭に入れておくのは招待客のマナーだ。運命とかいこうするかくを決めてきたのに、当の本人がいなかった。

 しょであるリュファスをいとい、今このお茶会からはいじょしたとしても、夜になればばんさんがある。そこにはリュファスも同席するはずだ。末子の存在をなかったことにはできない。

 むしろ、お茶会に出席しなかったことがいっそう不自然になる。

 そもそも、侯爵夫人はただの一度として、リュファスがいないことに触れていないのだ。

 侯爵家の子息が欠席していることについて、真っ先に説明すべきなのに。

 オディールはマナーのいちけに必死でそんなゆうがなかったので今回は集めた資料を見せなかったが、逆に正解だったろう。子どものじゃな問いが空気をフリーズドライする場面を見ないで済んだのだから。

 温かな紅茶を口にしているはずなのに、どんどん体の中心が冷えていく。


「それで、ジゼル、オディール」


 クタール侯爵夫人はにっこりと笑った。泉のようにせいれんな色をした瞳は、ちっとも笑ってなんかいないし、水底におりのような物がよどんで見える気がした。


「二人はどんな属性の魔術を使えるのかしら」


 背後から死神にきつかれたようなおぞに、私の死にたくないセンサーが赤ランプ全点灯する。

 ドレスでかくれている場所すべてにとりはだが立ったのではないだろうか。体温が下がりすぎてふるえが止まらないのでカップを落として割らないように極力ゆうにソーサーにもどす。

 見誤った。間違えた。

 クタール侯爵夫人は魔力にしゅうちゃくがないと思っていた。

 魔力の高さを貴族のひっ条件とするならば、ユーグがクタール侯爵家のあとぎに指名されることはない。むしろ魔力を否定しているのだと思っていた。

 この家で魔力を求めているのはリュファスを侯爵家のこうけいに望むぼうけいの魔術師達だけ、だからこそジゼルはリュファスのこんやくしゃだったのだと。

 きっとユーグにはもっと別の道、中央の権力に近い家の子女とのこんいんを望んでいると勝手に結論づけていた。

 しかし、クタール侯爵夫人が求めているのは『強い魔力がある女の腹』だ。

 仮にき母イリスのような、王族に手が届くほどの魔力を持つ女性が妻になれば、ユーグ自身の魔力が低くともその子どもはきっと強い魔力を持つだろう。

 少なくとも、リュファスを跡継ぎにと望む頭の古い面々をそう説得するつもりでいる。

 友人のむすめなんて温かい物ではない、完全にこちらを『それ』としてしかにんしきしていない。

 むすのためならぬまの底からだってしてきそうな母親を前にして、いったいどんなけいでジゼルはユーグの婚約者の座をってリュファスの婚約者に落ち着いたのだろう。

 きっとダルマスの古い血、その魔力のことをなおに話しただろうに。あのゲームの中のジゼルはクタール侯爵夫人にのろわれていたと断言できる。


「私は木ですわ! の花をそれはれいかせることができますのよ。今度の薔薇の季節には、クタール侯爵夫人にも我が家の庭を見ていただきたいです!」


 私がそうとうのように現状のまずさをみしめている横で、オディールが答える。この家の事情を知らないから元気にはきはき答えられるのか、それとも心臓に毛が生えているのか。でもおかげで、ほんの少しだけかたの力がけた。

 オディールの回答は木の魔力の程度としては特筆するほどの物ではない。

 いわゆる強力な木の魔術師は、真冬でも庭中の花を満開の状態に保てるのだ。今、このクタール侯爵家の庭が季節外れの春の花で満たされているように。


「そういえばテオドール様も木の魔力をお持ちだったわ。そう、オディールは属性もお父様ゆずりなのね」


 微笑み合うクタール侯爵夫人と、笑顔でごげんなオディールの姿は端から見れば母子のようで微笑ましい。

 言外に平民上がりの父親同等と言われている気がするがおそらく気のせいではない。平民だった父テオドールの魔力などたる物だ。あてがはずれたというところだろうか。

 すでに和気あいあいからは遠くへだたれたお茶の席で、作られた陽気ばかりが空々しくはだでていく。視線でうながされ、重い口を開く。


「私は……私の属性は、水です」

「まぁ、属性までイリスと同じだなんて!」

「ええ、でも」


 目を輝かせたクタール侯爵夫人にしょうしてみせる。


「コップいっぱいほどの水をこおらせるのがやっとで。魔力の強さは、母に似なかったみたいです」


 いっしゅん、クタール侯爵夫人とユーグの動きが止まった気がした。うそをついている気まずさときんちょうのせいでげんかくが見えたのかもしれない。

 クタール侯爵夫人はにっこりと笑って、少女のように小首をかしげた。


「……まぁ、そうなの。でも、これから伸びる可能性もあるわ。才能ですもの」

「ありがとうございます。ダルマス家の名に恥じぬよう、努力するつもりでいます」


 うわつらの会話がすべっていく。リュファス派に知られる前にダルマス伯爵令嬢の魔力の程度を確認しておきたかった、それだけのステージだったのだろう。

 あとはとりとめもない庭の話や天気の話に終始した。

 天気といえば、ありがたいことに雪が降りそうな空模様になってきた。

 もう飲み込めないお茶は十分にいただいた。

 あとは失礼のないように帰宅するべく意を決して私が顔を上げるのと、そういえば、とクタール侯爵夫人がカップを置くのは同時だった。

「やっぱりお嬢さん達がいると場が華やいでいいわね。そうだわ、よかったらしばらくうちに泊まっていらっしゃいな。イリスの話もしたいし、ここを家と思ってゆっくり過ごしてちょうだい

「あの、ありがたいお申し出ですが、叔父に」

「よろしいんですの? 嬉しい!」


 食い気味にオディールが身を乗り出した。

 オディールのキラキラした瞳と、クタール家の母子の張り付いたようなみを三回往復して、かろうじて笑顔を作る。

 いまさら私だけが体調不良をうったえても、オディールを一人残していくという最悪のせんたくを提示されるだけだろう。


「……お言葉に、甘えさせていただきます」


 しばらくとは一体いつまでだろう。まだ始まったばかりの試練をあおるように、風がいつまでも部屋の窓をノックし続けていた。

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