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歴代家庭教師による報告書に目を通した結果、マナー、ダンス、あらゆる勉強についてオディールが一切手をつけておらず、家庭教師達が次々と
ゲームの中のオディールは一応淑女らしく振る
オディール嬢、もしかして勢いがあってプライドが高いだけの本当に残念な令嬢だったんだろうか。それでは性格の悪さを差し引いても社交界に金目当ての取り巻き以外に友人がいなかったのも頷ける。
あれから毎日朝食を共にしているが、長くもない時間のやりとりだけでもかなりこちらのメンタルを
子どもらしいと言うべきなのか、イージーモードで楽して生きたい、世界で一番お
そろそろ悪役令嬢が砂糖
八つ当たりで人に向かって器物を投げつけるなど、悪役令嬢検定
人間は安定と現状
けれど、このペースだときっとゲームスタートに間に合わない。
時間がないので、伝家の宝刀を早々に
「病気で伏せっていた分も、もう一度勉強し直したいのです。オディールと一緒ならきっと楽しいわ。ね? 叔父様」
毎朝の
姪達を目に入れても痛くないほど可愛がっているパージュ子爵は快諾してくれた。
オディールが叔父に泣きついていないはずがない。それなのに、私の願いが一も二もなく
以来、すべての授業をオディールの隣で受けることになった。
そんな生活が一ヶ月も過ぎると、少しだけ変化があった。
オディールではない。使用人の方にだ。
「ジゼルお嬢様、オディールお嬢様が……」
眉をひそめながら、オディールの横暴や癇癪を報告に来るようになったのだ。
告げ口というべきか。使用人が口答えしようものならナイフを投げかねない
オディールに意見ができるのは、年長で、現時点ではオディールより魔力の強い存在、未来の当主である私の他にいない。
そして、徹底的に使用人の側に立って守り、オディールを窘めている。
そもそも素行が悪すぎてオディールの味方になりようがないのだけれど、ジゼルお嬢様はこちら側の人間と使用人達が
もっとも、面倒事をていよく押しつけようとしているのも多分にあるのだろう。
報告があるたびオディールの部屋に足を運んで
最近ではオディールが私の姿を見ただけで身構えるようになってきた。悪化の
ぱしゃん、
「っ、」
ぐらり、視界が
銀のボウルに
「お嬢様!?」
すぐ後ろからアンの声が聞こえた。
彼女が抱き
「今日はもう、お休みください。ひどい顔色です」
「……ええ、そうするわ」
整えられたベッドに横たえられると、全身がだるく顔を動かすことさえおっくうだ。
この感覚を知っている。ジゼルとして生きてきて、何度も何度も身近にあった感覚だ。
意識が
そもそも体力の基本値が低いのだ。虫の鳴くような声で話して、毎日ベッドから窓の外を見つめて、家族の声も無視し続けた。現実
誰か、人の気配を感じた気がしたけれど、
*****
結局回復までに三日かかってしまった。
以前より運動量は増えていると思うのだけれど、これからは食事
ほとんど
廊下で何か
「どうかご無理はなさいませんよう」
「ありがとう、アン」
先んじて制されてしまい、苦笑して
ふと、部屋の
問いかけようとしたけれど、アンは食後のお茶の用意をしていて
仮にも伯爵家に一輪挿しが一つもないなんてこともないだろうし、きっととびきり
庭の薔薇はオディールの髪色のような
夜の窓に映る令嬢はいかにも頼りなげで、いつ死んでもおかしくないか弱さだ。
ダルマス伯爵領の相続権を持ち、母親譲りの美貌があり、この国では重要視される魔力も持っている。これだけ恵まれた能力がありながら、体が弱いというだけで、私は何故か生きることに無気力だった。
死にたくない。痛いのや苦しいのはもちろん嫌だし、今度こそ。
今度こそ、今生こそ私は『何者か』になりたい。
なんとなくなりたかった『何か』、なんとなく欲しかった『何か』。
人生の目的だとか、幸せだとか、そういうのをちゃんと見つけて、そうやって、私を好きになりたい。そのために、また十九歳やそこらで死ぬなんて絶対ごめんだ。
とはいえ、オディールは日に日に口が達者になって、正面から
こんなことなら私自身が悪役令嬢に転生した方がよほどましだったのでは。ままならない運命に頭痛がしそうだ。
朝目が覚めたら、オディールが
主神エールよ、人生そこまで甘くはありませんか。
*****
授業の時間になっても部屋に
悪役令嬢と野生児なら野生児の方がましかもしれないと
オディールが
連日すまきにされて泣きわめきながら連れてこられるオディールを
甘えに甘やかした子どもを
金切り声と
ゲーム中のジゼルはクタール侯爵令息リュファスの婚約者だった。モブ
いずれ来るとは
「クタール侯爵家って、領地が
「一角商会の古い取引先です。
「叔父様が……そうだったの」
部屋付きのメイドであるアンの回答は
クタール侯爵家――侯爵であるロドルフォ=クタールと、その妻フェデーリカ=クタールによって治められている豊かな土地だ。領土の西側が海に面しており、諸外国との交易が
領地が
子どものわがままで行きたくないと
それに、オディールの癇癪に日々
窓の外の中庭は、
クタール侯爵家には『楽園の乙女』における二人の
兄ユーグ=クタールと弟リュファス=クタールだ。この二人は異母兄弟で、兄であるユーグが正妻の
現当主であるクタール侯爵は生まれついて強い魔力を有しており、国王からは領地の経営ではなく軍に属する魔術院での
しかし、
クタールは古くから魔術での国防を
今から二年前、当時十二歳だったリュファスが侯爵家へ引き取られる。子どもながらに高い魔力を示すリュファスに、一族の中にはリュファスこそ次期当主にと
一族はリュファスの
兄は
そんな二人の心の
ゲームだとさらっと設定として説明されるだけ、さらに言うなら、二人の心の闇は完成しきっており、いってみれば過去形だったのでさほど気にしないでいられたが、現実は現在進行形で各種イベントが発生中と思われる。
いたいけな子どもが闇落ちする現場とか、できるなら本当に見たくない。
ちなみにこのルートにおけるオディールの
何故全方位に
そんな男の婚約者を続けていたあたり、一周回ってジゼルって
つまり、クタール侯爵家において私が気をつけるべきは。
クタール家にいるであろう
存在を確かめるように、薔薇の花を模したペンダントに
家庭教師に
間に合って良かった。クタール家に足を運ぶ際は
「ジゼルお嬢様! オディールお嬢様を見つけましたよ!」
「ありがとう、メアリ。アン、お茶を用意してくれるかしら。メアリ、先生を呼んできて
「かしこまりました。それでしたら、領内で一番大きい水門である『
「はい! かしこまりました! 蜥蜴の大門は絵もとってもかっこいいですから、オディールお嬢様もきっと楽しくお勉強できますよ!」
アンが表情一つ変えずに
机の上にうずたかく積まれた教材の向こう、真っ赤な
*****
私の心労を
今回は叔父であるパージュ子爵も同行している。
やがて馬車を迎える
オリエンタル
要するに古くて
手入れが行き届いていることはわかるけれど、夜中に
なるほど、確定の死亡フラグを建設するのにぴったりのお城だった。
気弱で病弱でか弱いジゼル嬢は、こんな色が白いだけの
もしかして死期が早まったの、ストレスが原因じゃなかろうか。
本当に、何が何でもこの死亡フラグはへし折っておかなくては。
「クタール領内にあるうちの商会に顔を出さないといけなくてね。ご
暑苦しいハグと
残された私とオディールの目が合って、オディールはふんと鼻を鳴らして顔をそらした。
そういえば今回のミッションは二つだけだと思ったけれど、もう一つあった。我が家の悪役令嬢が、もしかして野生児なんじゃなかろうかという
私の中に生きる
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