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可愛い妹と食事を共にしたいという姉の願いは当然
最初に犠牲になったのはパンが
薔薇のジャムが今日もテーブルに並んでいないことについて、
花のジャムのような
「オディール。昨日私が言ったことがわからないの?」
きつくにらみつければ、同じ色をした瞳がにらみ返してくる。
背後でメイド達が
「ここは私のお
「そうね、でもあなた一人の家でもないのよ。私達は家族だけれど、いくらなんでもみっともない姿を見せているとは思わない? 私があなたの目の前で皿を投げつけて、落ち着いて朝食を食べられるかしら」
「お姉様が勝手に食堂に来たんじゃない! いつも部屋で食べてるくせに、後から来て私に文句を言うなんて、
「ひどいことを言うのね。私が招かれざる客だと言うなら、あなたはますます無様なところを見せるべきではないわ」
「お姉様なんか
「あなたがいい子ならこんなことは言いません」
「私は悪くないわよ!!」
「何故そう言いきれるの」
「私がっわた、私がダルマス、はくしゃく家の、オディールだからっ」
言いながら、その言葉が全く意味をなさない相手だと理解しているのだろう。とうとう泣き出してしゃくり上げてしまった。
十九年の前世と十四年の今生を足した中身で相手をしているのだ。大人げないとは思う。
だが、ここで手心を加えては死亡フラグ没落ルートを
「あなたに仕えてくれている
「……! 出て行って! お姉様なんか顔も見たくない!!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、食堂の入り口を示す。
昨日のように
「ごきげんよう、オディール。今日は歴史の勉強だったわね、頑張ってね」
とうとうこちらが席を立つまで着席しなかったオディールに、未来の
メイド達が閉めた扉の向こうで、皿の割れる音がした。
「あなた達の
控えていた使用人達は困惑した様子だったが、
角を曲がったところでひそひそと声を
ジゼルお嬢様は人が変わってしまったようだ。どうも先日の熱で楽園の野を見たらしい。
部屋に閉じこもって手のかからないはずだったジゼル嬢が
だがもしオディール嬢が改心すればこの屋敷での仕事がとても楽になる。
どうせ後見人は姪達を
「あ、あの、ジゼルお嬢様」
後ろから声をかけられて振り返ると、
「メアリ。どうかして?」
オディールの部屋付のメイドで、最もオディールの
「き、昨日っ、メイド長がお薬をくださったんです。あの、ありがとうございます! 大切に使わせていただきます!」
「そう、良かったわ。でも
人材がいないのか。それとも、メイド長の差配なのか。もしくは、あの叔父の考えがあるのだろうか。考えても答えは出ないので
「オディールをよろしくね。……根はいい子なの」
「は、はい」
返答に苦笑が混じるので、返す顔も苦笑になってしまう。
大丈夫、今からでも
私室に戻り、今日の予定を
魔術の授業が午後から予定されていた。魔術の訓練は重点的に行っていきたい。というのも、それがジゼルの死因の一つだからだ。
『楽園の乙女』において、魔力は重要なパラメータだ。
遠い昔、この国が
古い
ジゼルもまた、母親譲りの強い魔力を持っている。属性は水。
ジゼルにとってのメインルートといえる侯爵令息リュファスルートで、ジゼルは病に倒れる。この病というのがジゼルの魔力に起因するものなのだ。
ジゼルは魔力の強さに反してそれをコントロールする力が弱く、自分自身の魔力で自家中毒になっている。元々体力がないことも手伝って、ジゼルは
これは攻略対象とヒロインのイベントを進めるため、という役割の他に、後々に強い魔力を持つキャラクターが魔力を暴走させたり、望まない魔力を手に入れたりした場合、魔力の
何も死ななくても良かったんじゃないかな。
自分の
気合いを入れて教科書を用意していると、時間ぴったりに扉は開かれた。
現れた魔術師はアッシュグレーの
「はじめまして、ジゼル様。体調を
「おかげさまで。今日からよろしくお願いします、先生」
「以前の授業から大分空いてしまったから、
「はい。妹に教えてあげたいので、私も基本から勉強し直そうと思って」
「良い心がけです。きっと姉妹で勉強すればはかどりますよ」
教科書を広げてみれば、ジゼルとして学んだことのある文章が序文に書かれていた。
「まず一番大切なことは、魔術は
教師はコップの水を示す。ジゼルの属性に合わせて水が用意されているのだ。
「それなら、風や土はとても便利そうですね。どこにでもあるから」
「ははは、そう思うでしょう? しかし、風や土を自在に
ちなみに未来の私の婚約者、リュファスがそれである。属性は土。
家庭教師は黒板に人の形を書き、次にその中に
「魔力は血と共に体を
つまり私の体は、薄いガラスの水差しのようなものらしい。
取り込んだ魔力の重みで
ため息が重い。使えない魔力はないのと同じなのだから。
そういえば、と私は手を上げる。
「先生。魔術の使えない人でも、魔術が使えるような道具はありますか?」
「
にこにこと笑って家庭教師は自分の
魔道具は元々のゲームで実装されていたもので、攻略対象からプレゼントされるイベントアイテムだった。パラメータを上下するアイテムではなく、フラグ
「身を守る魔道具はありませんか?」
「……護身に不安がおありで?」
家庭教師が
十四歳の少女が欲しがるアイテムではないのは重々承知だ。
「これでも伯爵家の
「ははは、確かにおっしゃる通りです。ジゼル様は近々戦場に出るご予定が?」
「えっと、そうですね。クタール侯爵家あたりでしょうか」
「何が起こるかなんてわかりませんもの。この先きっと、必要になると思います」
あくまでクタール侯爵家の悪口にならないよう、少女の
まだ社交界デビューしていない、夢見る乙女の
「町一つ丸ごと
「本当ですか? では、
「よろしければ私がお作りしましょう。何を
えへん、と魔術師が胸を張る。胸元の飾りボタンの他にも、いくつか魔道具らしきものがキラキラと光っている。
「薔薇のダルマスにふさわしい、素晴らしい魔道具を用意して差し上げますとも!
丸眼鏡がきらりと光る。きっと王宮勤めの魔術師にはいい副収入になるのだろう。
「わかりました。それではお願いします、先生。なるべく
「ははは、もちろんですとも。……本当に命とか
心底心配そうな顔をした家庭教師に、私は
寝る前に今日の授業のおさらいをする。
銀製のボウルにたっぷり注がれた水に集中する。触れた指先から魔力を注がれた水が
薄いガラスをはじくような
ほっそりした棒から、次々と枝が生え、
ボウルから生え出したような氷の薔薇を根元から
ふと思い立って、控えていたメイドを呼んだ。
「アン、これをオディールに届けてくれる?」
「かしこまりました」
メアリ同様、部屋付きのメイドにしては随分若い。顔つきからしておそらくメアリより年下なのではないだろうか。
「どうかなさいましたか、お嬢様」
「……いえ、なんでもないの。リボンでも巻いた方が良いかしら。赤いリボンはある?」
「はい、ございます」
「では、お願いね。また癇癪を起こしていないと良いのだけど」
もしかすると火に油かもしれない。だが、妹の存在を
記憶をどれほど
アンが頭を下げ、音もなく退室したのを確認して、もう一度銀製のボウルに向き直る。
没落しても生きてはいけるかもしれないけれど、確定している病気くらいはなんとかしなくては。リュファスルートで特に死期が早かっただけで、最終的にどのルートでもこの病気で死んでるんじゃないだろうか、ジゼル嬢。
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