1-4


(終わった―― )


 修道女となった自身がのうをよぎり、アルマの思考回路は真っ白になる。

 さらにあろうことか、コンラートがずんずんとこちらに歩みってくるではないか。


(えっ!? なに!? いつもは無視するのに、どうして今日に限ってこっち来るのよ!?)


 逃げる間もなく、四阿のすぐ前にコンラートが立つ。

 なじられることをかくして、アルマは静かに下を向いた。


「……本当か?」

「えっ……と、その……」

「ちょっとでも仲良くなれたらいいなって」

「えっ?」


(そっち!?)


 まさかの切り出しに、アルマは思わず顔を上げる。


「俺は……君が来てくれてうれしかった。叔父上からは止められたが、伯母上に話を進めてもらって良かったと思っている」

「ちょっ、ちょっと待ってください!? ……嬉しかった?」

「ああ」

「えーと、つまりそれは、私に多少なりとも好感を持っていると?」


 身もふたもないアルマの言い方に、コンラートはわずかに目を見張る。

 だがすぐにうつむくと、ほおを赤くして小さく頷いた。


(そっ、そんなの気づくわけないでしょーっ!! それならもう少し、態度か言葉で示しなさいよーっ! 虫だってもう少し分かりやすい求愛行動とるわよー!?)


 内心でせいだいに突っ込みつつ、アルマは「で、でも」と反論する。


「初めて一緒に庭を散歩した時、私が顔を見ただけでいやがってましたよね?」

「あれは……君があんまりまじまじと見つめてくるから」

「歩く時もずっと距離を取ってらしたし」

「会ってすぐなのに、隣につくのは失礼だと思ったんだ。でも君を置いていくわけにもいかないし……」

「……。あの時外套を脱いだのは……」

「君が寒そうだったから着せようと思って。ただ―― 」

「ただ?」

「……緊張して、ものすごく汗をかいていたんだ。だから、君に不快な思いをさせてしまうかもと、ちゅうちょしてしまって……」


 ごこわるそうに縮こまるコンラートに、アルマはしばし目をしばたたかせる。

 だがついに「あははっ」とき出した。


「そんなの全然気にしませんよ」

「しかし―― 」

「それより話しかけても答えてもらえないほうが、よっぽど嫌だったんですけど?」


 はんげきとばかりにアルマがてきすると、コンラートはうっとじゅうめんを作った。


「す、すまない。その、嬉しいとか楽しいとか、感情を表すのがあまり得意じゃなくて……。それに俺は、人を怒らせてしまうことが多いから……。だから君にきらわれないよう、しんちょうに言葉を選んでいた。そうしたら、その……」


(そういえば……)


 アルマが話しかけた際、コンラートは動きを止めて、何やら険しい顔つきをしていることが多かった。もう少しゆっくり彼の言葉を待っていれば、本当の気持ちが聞けたのかもしれない。


(私も、知らないうちに焦っていたのかも……)


 どうやらお互いに誤解していたようだと分かり、なんともいえない空気が流れる。

 会話の糸口を探そうとしたアルマは、ふとコンラートが持っていた手帳に目を向けた。


「あの、その手帳、何を書いているんですか?」

「! これは、その」


 彼の返事を待つより早く、アルマはひょいとのぞき込む。

 そこには実物をそっくり写し取ったかのような見事な薔薇の絵と、それについての情報がびっしりと書き込まれていた。


「これって、私が前に名前を聞いた……」

「……あれから庭師ガーデナーに教えてもらったんだ。でもまだ勉強が足りなくて……だからこうして、仕事が終わってから庭を回って……」


 ずかしそうに口をざすコンラートを見て、アルマはしょうした。


「あの、別に私、正解が知りたかったわけじゃないですよ?」

「そうなのか?」

「なんていう品種だろうねーとか、綺麗だねーとか。コンラート様とただおしゃべりしたかっただけなんです。……でも、わざわざ調べてくださったんですね」


 その場しのぎでしかなかった、どうでもいい話題。

 でもコンラートは「アルマが興味を持っている」としんに受けとめ、彼なりになんとかこたえようと努力していたのだろう。


(真面目というか、不器用というか……)


 やがてコンラートはしごくしんけんな表情で口を開いた。


「アルマ、さっき言っていたとおり、君が好きでここに来たわけではないことは分かっている。俺の態度で不安にさせていたことも」

「あ、ええと、あれはその」

「でも俺は―― 君と結婚したい」


 今度はアルマがめんらう番だった。


「ど、どうしてそんな、急に……」

「君が言ったんだろう。言いたいことがあるなら言えと」

「い、言いましたけどぉ……」


ぱらった勢いでさけんだだけなのにー!)


 いたたまれなくなっているアルマに気づかぬまま、コンラートはとつとつと続ける。


「もちろん、形だけ結婚するのは簡単だ。でも俺はしょうがいを共にする人を―― その人だけを心から大切にしたい。だから君に少しでも好きになってもらえるよう、これから精いっぱい努力する。だから――」

「うわあああ、ご、ごめんなさい! も、もういいです! 十分です!」

「しかし―― 」

「わ、私も! そう思ってましたから!」


 両手のひらを彼の方に向け、アルマは必死に答える。


 コンラートはぱちくりとまばたいたあと、わずかにまゆじりを下げた。


「君も?」

「出来るなら『好きな人と結婚したい』と思うのは、当然じゃないですか……」

「……そう、だな」


 二人の間にあった見えないかべがようやくひょうかいした気がして、アルマは赤くなった顔をおずおずと上げる。

 星空の下、こちらを見つめるコンラートの青い瞳がとても美しかった。


「……じゃあ明日から、もっとちゃんとお話ししてください」

「ああ」

「好きなものとか、嫌いなものとかも教えてください。私、何も知らないので」

「努力する」

「あと家庭教師をつけてほしいです。公爵家のこと、ちゃんと勉強したくて」

「すぐ手配しよう」

「それから庭の散歩も! できれば毎日! 花の名前はいつでもいいので……」

「……分かった」


 その時、コンラートが初めて微笑ほほえんだ。

 それを見たアルマもまた、つられて顔をほころばせる。


(なんだ……この人、ちゃんと笑えるんじゃない)


 君と結婚したい。

 コンラートのその言葉を、アルマは胸の中で何度もり返すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る