1-5




*****



 その日から、二人の関係が少しずつ変化した。

 コンラートの感情表現が分かりにくいのは相変わらずだが、アルマは話しかけてしばらく待つくせをつけることにした。結果、彼はぽつりぽつりと自分の考えを聞かせてくれるようになった。

 また約束通り家庭教師をつけてくれたので、勉強に取り組めるようにもなった。

 それから夕食のあとには、必ず二人で庭を散歩するようにした。

 コンラートはあれからさらに調べてくれたらしく、アルマが興味を持った花や木々について事細かに説明してくれた。ただ距離を取ってしまう癖はなおらなかったので、アルマが笑いながら彼の外套をつかんで引きとめる場面も多々あった。

 情熱的な愛の言葉も、ごういんに抱きしめられることもない。

 おだやかで平和で、日常の延長線上にあるような。

 でも。


(この人となら私、幸せになれるかもしれない―― )


 そんなことを考えていたある日。

 支度じたくをすませたアルマは、侍女からかけられた言葉にぽかんと口を開けた。


「今、なんて……」

「ですので旦那様がよい、こちらにお越しになるそうです」

「こちらって、この部屋よね……?」

「はい!」


 どこか嬉しそうな侍女の返事に、アルマは「へええ」と引きつった笑いを浮かべる。

 だが心臓は今にも飛び出しそうなほどばくばくだ。


(夜に部屋に来るってことは、つまり――そういうこと!?)


 当のコンラートがあの調子なので、『それ』は結婚後までないと思っていた。


(そりゃ将来的に覚悟はしていたけど!? でもやっぱり最初だからちょっと勇気がいるというか、せめて事前に予告をしてほしいけど、されたらされたでずっとそのことばかり考えて過ごすことにならない? でもいきなりよりはマシっていうかうーん)


 とりとめのない思考がぐるぐると脳内をけ回ると同時に、コンラートのキラキラしい顔と立派なたいが浮かんできて――アルマはたまらず顔を赤くする。

 やがて侍女たちが退室し、アルマはかたひじを張りながらベッドで待機した。


(こういう時、みんなどうやって相手を迎えてるの!? いらっしゃいませ? お待ちしておりました? いやー多分違うわ……)


 もっと真面目にお茶会で話を聞いておけば良かった、と今さらながらこうかいする。

 やがてコンコンとノックの音が響き、アルマは「ぎゃっ」と飛び上がった。


「……俺だ」

「は、はははいっ!?」


 うわずった声をあげながら扉に駆け寄り、ばたばたと迎え入れる。

 コンラートは部屋に踏み込むと、こほんと改まったようにせきをした。


「その、こんな時間にすまない」

「い、いえ……」

「…………」

「…………」


(な、なんとか言ってー!!)


 初めて経験する緊張感に、アルマは必死に場をなごませる言葉を探す。

 だが思いつくよりも先にコンラートが口を開いた。


「アルマ。俺は――君の良きはんりょとなれそうだろうか?」

「え?」

「以前、四阿で言っていたこと――」


(四阿……)


 酔って本音をぶちまけた夜のことを思い出し、アルマは違う意味で赤面する。


「も、もちろんです!! あの時は本当に失礼なことを言ってしまったんですけど……。でも今は一緒にいて、結構、楽しいです」

「……良かった」


 コンラートの表情がわずかにくずれ、アルマはほっと胸をで下ろした。


「それでその、君さえ問題なければ、婚約のお式をしようかと」

「お披露目式ですか?」

「もちろんすぐにじゃない。今から大体一カ月後――そこでひとまず内々に、君のことを紹介できればと考えている」


(そっか……私いよいよ、結婚するんだ……)


 するとコンラートが布張りの小さな箱を取り出した。


「だからその前に、これを渡しておきたくて」

「これ?」


 どこか緊張した様子で、コンラートがゆっくりと蓋を開ける。

 中には大きな黒い宝石のついた指輪が輝いていた。


「これって……」

「婚約指輪だ。こちらでは金属を輪にしただけのものが主流だが、君の出身地では出来るだけ大きな石を使ったものが好まれると聞いて……。ならば君のしょうにちなんだ黒い宝石がいいと、少し用意に手間取ってしまった」


 無表情がデフォルトだったはずのコンラートが、説明しているうちにみるみる顔を真っ赤にしていく。


「このとおり、俺は要領の悪いだめな男だ。でも君を一生―― だれよりも、大切にする。だからどうか、これを受け取ってもらえないだろうか」

「…………」


 再び名状しがたい沈黙が流れたが、今度はごこの悪いものではなかった。

 アルマは小さく口角を上げると、こくりと頷く。


「はい。……私のほうこそ、よろしくお願いします」

「……ありがとう」


 そのしゅんかん、コンラートの顔に明らかな喜びが滲んだ。

 それを目にしたアルマは、ふとこれまでの日々を思い返す。


(最初は無表情で、何を考えているか全然分からなかったけど……)


 彼の言葉を待つようにしてから、表情のみょうな変化に気づくことが増えた。

 少し口角を上げていたり、眉尻が下がっていたり―― コンラート自身が口にすることはないが、以前と比べてずっと心のが分かりやすくなった気がする。


(これからもっと、この人の気持ちを知っていけたらいいな……)


 コンラートは台座にはまっていた指輪を引き抜くと、そっとアルマの手を取った。

 銀のえんかんが指にはめられ――

 そのせつ、白い蝶のようなかげが目のはしにふっと走る。


(……?)


 次の瞬間、バチチッと強い火花が二人の間ではじけ散った。


「きゃあっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る