1-3
その後もクラウディアが、なんとかして二人の仲を取り持とうとしてくれたものの、そのどれもがことごとく失敗に終わった。
二人でお茶をしても
そうこうしているうちに一週間が経過し――ついに後見人の二人が、それぞれの住まいへ帰る日となった。
「ごめんなさいねアルマ。主人がいい加減、戻ってこいって」
「仕方ありませんよ。女主人があまり長く家を
またねえ~! と大きな瞳に
「いつ見ても
「い、いえ、そんなことは」
「縁談、今すぐ断ってもらってもいいですよ」
「えっ?」
まさかの言葉に、アルマは目をしばたたかせる。
だが彼は
「そもそも僕はこの話、反対しているんです。それをあの人が勝手に進めて……。公爵家の結婚はそう簡単なものではないというのに」
「は、はあ……」
「本当に
(おーい、聞こえてますよーっ!)
クラウディアの雑談から得た情報によると、ヘンリーはコンラートが幼い頃から、家庭教師としてこの家に出入りしていたらしい。それだけに
わざとらしくため息をついたあと、彼はレンズの奥の目をすっと細めた。
「とにかく、僕はあなたを認めたわけではありません。公爵家に害をなすとみなせば、
「き、気をつけます……」
初めて会った時からなんとなく歓迎されていない気はしていたが、どうやら彼はコンラートが結婚すること自体を良く思っていないらしい。言いたいことをびしばし
玄関に一人残されたアルマは、がっくりと
(うう……大変なところに来てしまった……)
前門の修道院、後門の公爵家。
もはやアルマに逃げ場はない。
(……まあでも、まだたったの一週間だし。一緒に暮らしているうちに、多少はいいところも見えてくると思うんだけど―― )
しかし期待とは裏腹に、コンラートとの
二人での食事中、会話はほぼゼロ。
庭園の散歩に
仕方なく、邸の使用人たちに彼の人となりを
(まあ、ひどい労働
古株の使用人がごっそり辞めたというくらいだから、てっきりコンラートが
だがここ何週間か過ごしている限り、そうした様子は見られない。
(やっぱり、たまたま退職者が続いただけかしら? ……それはそうと、私はいったいいつまで令嬢の
縁談をナシにされてはたまらないと、アルマはコンラートの前ではもちろん、使用人たちに対しても常に
おかげで評判は
(あーっ! 浴びるようにお酒が
アルマは心の中で絶叫すると、特にすることのない自室へと戻っていった。
そんなぎこちない生活のまま、ついに一カ月が経過した。
夕食後――綿のように疲れ切ったアルマは、自室の机にどさっと
「うう……おうちに帰りたい……」
相変わらずコンラートは
最近では話しかけることすら
一方『完璧な令嬢に擬態キャンペーン』はいまだ
「一日中がっちがちのコルセット、
そもそも婚約期間といえば
だがどういう訳か―― コンラートはアルマに対して、そうした勉強を
(最初は
アルマはぐぬぬ、と
やがて何かを決心したかのように、突然がばっと立ち上がった。
「もうだめ……吞もう!」
家から持参した鞄をベッドの下から引っ張り出すと、奥底に
ちなみに例の部屋着も持ってこようとしたが、メイドたちから「当家の
うふふ、と我が子を
「でも部屋で吞んでいたら、すぐにばれるか……」
アルマはしばし
中身を
「よし、これなら――」
羊毛の外套を羽織り、
そのまま
邸からいちばん遠い|四阿で、いそいそとそれらを皿に盛りつける。
「クラッカーのクリームチーズのせ! シンプルだけど
グラスにワインを注ぎ、くいっと勢いよく飲み
「お、
皿に並べたクラッカーを口に運び、ワインも二
だが途中ではっと手を止めた。
「いけない、いけない、飲み干さないようにしないと……。この家、お酒はだめって感じだから、次いつ手に入るか分からないし」
あらゆる
料理に使うものや来客用はそれなりにあるようだが、
(
三分の二ほどになってしまったワインボトルに
四阿の上には満天の星が
(みんな、どうしてるかな……)
この邸ほどの大金持ちではなかったが、ヴェント家はいつも楽しかった。
仲の良い両親。可愛い弟。素のアルマを知る使用人たち。
(エミリオ……ちゃんと、結婚の話は進んでいるのかしら)
ひねくれた自分とは
きちんと恋愛をして結ばれた家族。
どうか彼らだけは、幸せになってほしい。
(……でも、私だって本当は―― )
喉の奥に苦い何かが込み上げてきて、アルマはグラスの底に残っていた酒を一息にあおった。ふわふわとした
「こっちだって、好きでここに来たんじゃないわよーっ! それでも……それでもちょっとでも仲良くなれたらいいなって、
貴族の娘は結婚相手を選べない。
それは当たり前のこと。
でもアルマは、相手がどんな人であっても大切にしたいと考えてきた。
「なのにあの態度は何!?どんなに話しかけてもそっけないし、何考えてるかぜんっぜん分かんないし! 言いたいことあるなら、ちゃんと言ったらいいじゃない! 見た目はあんなにいいくせに、このっ、バカ――!!」
心ゆくまで本音を吐き出し、アルマは満足げに「ふう」と額を
だがふいに背後から強い視線を感じ、ぎこちなく振り返る。
そこで―― 手帳を手にしたコンラートとばっちり目が合ってしまった。
「アル、マ……?」
(終わった―― )
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