第13話 お許しいただけませんか
「申し訳ございませんが、ディエゴ様をお通しすることはできません」
「……はっ?」
自分が何を言われたのか、咄嗟に理解できなかった。
ディエゴは聞き返した。
「君……今、私を通せないといったか?」
「はい。我が当主のニコロ様より、ディエゴ・マンチーニ様はお通ししないようにと仰せつかっております」
「ふざけるな!」
気がつけば、ディエゴは門番の胸ぐらを掴んでいた。
「私を通せないだと⁉︎ どういうことだね!」
その問いに答えたのは、苦しそうに顔を歪める門番ではなかった。
「そのままの意味でございます。ディエゴ様」
「何ぃ?」
ディエゴは門番から手を離し、声のしたほうに目を向けた。
ベルトリーニ家の当主であるニコロだ。
「ニコロ……あまり調子に乗らないことだ。いいから私を中に入れろ」
「それはできかねます」
「……貴様、誰にモノを言っているのか、わかっているのかね?」
「ええ。怪物が現れた屋敷から、我先にと一人で命からがら逃げ出した、マンチーニ家当主のディエゴ様でございます」
「貴様!」
先程と同じように、ディエゴは胸ぐらをつかもうとした。
しかし、ニコロは軽快な動きで回避した。
「なっ……⁉︎」
「あまり、短絡的なことはなさらないほうが身のためですよ。あなたがほうほうの体で逃げ出した噂は広まりつつある。そこでさらに、門前払いされた相手に掴みかかっていたなんてことになれば、領民はどう思うでしょうか」
ニコロがさりげなく周囲に目を向けた。
まばらではあるが、着実に人が集まりつつあった。
「……くそっ!」
自らの不利を悟り、ディエゴはその場を駆け出した。
◇ ◇ ◇
「ソフィ、ちょっと良いか」
当座の話し合いが終了した後、エドアルドはソフィを連れ出した。
「どうしました?」
「ベニートのやったことはもちろん許されない。だが、吸血の勇者が危険な存在である可能性があるのも、また事実だ。その辺、あんたはどう思う?」
「やけに静かだと思っていたら、そんなことを考えていたのですか」
ソフィがふっと笑う。
真剣な表情になり、彼女はいった。
「レオ君は大丈夫ですよ。あの子が私たちの敵になることはありません」
「……どうしてそう言い切れる?」
「証拠を出せ、といわれても、それは無理な話です。ただ、私にはわかります。そもそも、
「まぁ、それはそうだが……」
エドアルドは困惑した。
ソフィは、証拠にこだわりすぎる人間ではない。
それでも、証拠がないにもかかわらず、ここまで自信たっぷりと言い切るのには、違和感があった。
もしかしたら、公にできない根拠でもあるのだろうか。
「そこら辺は任せておいてください。ほら、皆さんお待ちですよ」
ソフィに促され、釈然としない思いを抱きつつも、エドアルドはサーナたちの元へ向かった。
サーナやアンドレアを待たせないため、小走りで向かう。
そのため、ソフィがポツリとこぼした言葉は、エドアルドの耳には届かなかった。
「——まぁ、吸血の勇者の血が危険であることは事実ですけど」
◇ ◇ ◇
商人の多く行き交う街並みを見ると、無事にページ領に帰ってきたことを実感する。
イヴレーア家の屋敷の前で、馬車が停車した。
屋敷の中から、一人の男性が飛び出してくる。
父のマッテオだと気づいたときには、サーナは抱きしめられていた。
「馬鹿者……!」
マッテオの声は震えていた。
サーナは息を詰まらせた。
泣いている父を見るのは、初めてだった。
「よく、無事に帰ってきた……!」
「お父様っ……」
サーナの目尻にも、温かいものがこみ上げてくる。
それでも、泣かなかった。
泣いてはいけないと思った。
自分はこんなにも優しい父を、もう一度裏切ろうとしているのだから。
◇ ◇ ◇
「そうか……」
事のあらましを聞き、マッテオは安堵と落胆を覚えた。
安堵はもちろん、サーナやアンドレア、そしてエドアルドたち騎士団に被害が出なかったこと。
そして落胆は、手っ取り早くレオを救出する方法がないことに対してのものだ。
現在のマンチーニ家のトップであるベニートと、タレス領の冒険者ギルド長のソフィは現在、混乱を収めるためにタレス領に残っている。
今回の騒動に関する話は、彼らが来てからのほうが良いだろう、という解釈で一致した。
必然的に、話題はレオに関するものへとしぼられた。
「監獄迷宮……半年前、当時の勇者パーティーが全滅していますよね」
イヴレーア家騎士団長のピエトロが眉をひそめた。
「それ以来、今までよりも厳しい挑戦条件がかけられるようになったみたいですね。たしか、SSランクがいることが絶対条件になったはず」
「えぇ……」
エドアルドの言葉に、事情説明のために連れてこられたフランチェスカが、暗い顔でうなずく。
SSランクは、冒険者でいえば勇者カルロみの、正真正銘の最強クラスだ。
落ち込むのは当然だろう。
そして、カルロは慎重な男だ。
たとえマッテオが頼み込んだとしても、どこに転移したのかも、生きているのかさえわからない少年の捜索など、引き受けてくれないだろう。
「厳しいな……」
マッテオはサーナを見た。
話題がレオに移って以降、娘は一言も発していなかった。
最初は、レオの救出が絶望的な状況で、彼女も気落ちしているのだろうと思った。
しかしその表情は、どちらかといえば、何かを悩み、苦悩しているようだった。
まさかっ——!
マッテオが一つの可能性に思い当たったとき、サーナが顔を上げた。
親娘の視線が正面からぶつかる。
気圧されたのは、マッテオのほうだった。
「お父様。私に、レオの救出に向かうことをお許しいただけませんか」
◇ ◇ ◇
サーナはもともと、タレス領の隣の地を治めるタヴィアーニ家の末っ子として生まれた。
七歳のころに、跡継ぎに恵まれなかったイヴレーア家に、養子として引き取られた。
それからはずっと、正当後継者として育てられた。
それは、マッテオと妻のメリッサの間に念願の子供であるパオロが生まれてからも、変わらなかった。
出産の負荷に耐えられず、パオロを産んでまもなく、メリッサが亡くなったにも関わらず、だ。
血統を重視してパオロを次期領主に推す声は当然上がったし、サーナもそうなる未来は覚悟していた。
しかし、マッテオはそんな声をはねのけ、サーナとパオロを平等に扱ってくれた。
そんな義父に対する自分の申し出が、恩を仇で返す行為であることはわかっていた。
それでも、サーナはレオを助けたかった。
まだ幼かったころ、危険を冒して魔物から自分を守ってくれた、命の恩人を。
魔物に囲まれて死すらを覚悟していたサーナに、彼はあきらめるな、と言ってくれた。
そして実際に、自分はボロボロになりつつも、ほとんど魔力も尽きていたサーナを魔物の包囲網から助け出してみせた。
それ以来、サーナは魔物恐怖症になってしまった。
自分を取り囲んでいた魔物たちと相対すると、今でも震え上がってしまう。
もし、今回のキメラがゴブリンなどから作られたものであったなら、サーナはなんの役にも立たなかっただろう。
逆説的だが、高レベルな魔物であったことが幸いした。
あのときのことは、思い出すだけで冷や汗が出る。
それでも、レオの血だらけの背中を忘れることは、一日たりともない。
そんな経緯があったから、どこか期待してしまっていたのだろう。
父が、迷いながらもうなずいてくれることを。
しかし、一瞬苦悩の色を浮かべたマッテオは、それまでとは打って変わった感情の読めない表情になり、無機質な声で告げた。
「そんなもの、許可できるはずがないだろう」
「……えっ?」
サーナは、頭が真っ白になった。
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