第11話 マンチーニ家攻防戦⑥ —本当の奥の手—
「サーナを離せ、父上!」
【
「くっ……!」
ディエゴが、間一髪でかわす。
サーナは地面に放り投げられた。
床が迫ってくる。
しかし、地面に激突はしなかった。
受け身を取ろうとしたときには、ディエゴを襲った人物——ベニートに抱えられていた。
「ベニート⁉︎ あなたがなぜ——」
「良いからじっとしていろ」
ベニートの手が、拘束具の縄【
サーナは、体に力が湧いてくるのを感じた。
縄の拘束力が失われたのだ。
ベニートが縄を素早くほどき、サーナは自由の身になる。
「どういうつもりっすか?」
「後で説明する。今は、敵の制圧が先だ」
ベニートの視線は、まっすぐヴァレリオに向けられていた。
疑問も疑念も残る。
何せ、ベニートはレオを監獄迷宮に送った張本人なのだ。
裏があると警戒してしかるべきだろう。
「……了解っす」
それでも、サーナは信じてみることにした。
ヴァレリオを油断なく見つめるベニートの表情は、数年前までの、好感を持てる少年だったころの彼を思い出させるものだったから。
「ベニート様……どういうつもりですか?」
ヴァレリオが眉をひそめた。
理解に苦しむ、といった表情だ。
「どうもこうもない。俺は父上やお前と敵対した。それだけだ」
簡潔に言い放ち、ベニートは
◇ ◇ ◇
「ぐわぁっ⁉︎」
後頭部にサーナの【
地面に伏したまま、ピクリとも動かない。
さすがに死んではいないだろうが、気絶しているのは明白だ。
「貴族のご令嬢のやることじゃないでしょう……!」
ヴァレリオは焦っていた。
サーナ、ロレンツォ、ビアンカだけでも手ごわかったというのに、そこにベニートが加わり、ヴァレリオたちは苦戦を強いられてた。
ベニート本人の攻撃力は、サーナどころかロレンツォやビアンカにも及ばない。
しかし、彼は代わりに多種多様な小技を持っていた。
足止めをしてきたり、ヴァレリオたちの攻撃を逸らしたりと、他の三人が戦いやすいように立ち回っている。
まだ勝負が決していないのは、実力が拮抗しているからではなく、ロレンツォとビアンカがベニートを信頼していないからだ。
相手の連携がうまく取れていなかったため、ヴァレリオたちはなんとか致命傷を避けられていた。
しかし、ここにきてついにマッティーアが脱落した。
加えて、ヴァレリオの魔力も少なくなってきている。
圧倒的に不利な状況だ。
劣勢なのは、なにもヴァレリオたちだけではなかった。
人質を失ったディエゴは、ソフィとエドアルド相手に逃げまわるので精一杯。
他の騎士も、次々とダウンしている。
ここで負ければ、マンチーニ家は終わる。
そして、マンチーニ家が終われば自分も終わるだろう。
ヴァレリオは覚悟を決めた。
「——ディエゴ様!」
ディエゴと目が合う。
彼はうなずいた。
ヴァレリオはAPDを操作し、二つの魔術にすべての魔力を注ぎ込んだ。
一つは、魔力を
「できれば使いたくはありませんでしたが……仕方ありませんね」
絶体絶命のピンチに陥ったときのための、本当の奥の手。
「出番ですよ——私のかわいいペット」
◇ ◇ ◇
ヴァレリオが何かとてつもない技を使おうとしているのは、漏れ出している魔力の量を見れば明らかだった。
サーナは、ロレンツォやビアンカとともに、ヴァレリオを集中砲火した。
徐々にヒビが入り、彼の【魔鎧】が崩壊する。
追撃は、行われなかった。
なぜなら、
「何、あれ……!」
煙の中から、およそ五メートルはあろうかという影が出現していたからだ。
「召喚魔術……!」
召喚魔術は、転移魔術と並ぶ高等技術だ。
それだけでも
奇妙な生態だった。
クマのような胴体に、竜のように長くて太い尻尾が生えている。
そして何より恐ろしいのは、枝分かれした首から二つの異なる頭が生えていることだった。
一つはクマ、もう一つは竜のような見た目をしている。
見たこともないはずのその異様な生き物に、サーナはどこか既視感を覚えた。
「これは、まさかっ……!」
ソフィがうめき声をあげた。
「グリベアとサラゴンの……キメラ⁉︎」
「ご名答です」
魔力を使い切ったのだろう。
地面に座り込んだヴァレリオは、しかし、満足そうにうなずいた。
そうか。
既視感があると思ったら、二つの頭はそれぞれ魔物のものだったのだ。
それも、魔物の危険度ランクでいえば、上から二番目にあたるSランクの。
「魔物の中でも有数の強さを誇る、グリベアとサラゴン。私たちは、それらの合成に成功したのです! どうですか⁉︎ これこそ、最強の兵器といわずしてなんと言うのでしょう!」
ヴァレリオが狂ったように笑った。
「くっ……!」
もし本当に、見掛け倒しではなく合成に成功しているのだとしたら、強敵なんてレベルではない。
サーナはベニートを見た。
彼は、目を見開いて固まっていた。
どうやら、彼もキメラの存在は知らなかったようだ。
「さぁ、私のかわいいペットよ。ヤツらを殺してしまいなさい!」
キメラはまるで、わかったとでもいうようにうなずいた。
そして、ヴァレリオの一番近くにあった足を持ち上げ——、
ヴァレリオを踏み潰した。
ぐちゃり、という嫌な音。
キメラの足元から、赤色がじわじわと広がる。
「っ……」
サーナは、思わず漏れ出そうになる悲鳴を必死にこらえた。
「ヴァレリオ様!」
マンチーニ家騎士団から、悲痛な叫び声が漏れる。
「まずいですね……」
ソフィが顔を引きつらせた。
「あれは人間の制御下にない、ただの怪物です」
彼女の言葉通り、キメラはマンチーニ家、反乱軍関係なく攻撃を始めた。
「皆さん、まずはこのキメラを仕留めるのが先決です! マンチーニ家の人たちも手伝ってください!」
「ふざけるな!」
ソフィの指示に、一人の男が声を荒らげた。
マンチーニ家の騎士だ。
「逆賊が何を偉そうに! まずは貴様らを——」
「馬鹿か!」
キメラを攻撃しつつ、エドアルドが一喝した。
「こいつを外に出したら、タレス領は滅ぶぞ! 今だけは力を貸せ!」
「ぐっ……!」
騎士が押し黙った。
「彼らの……言う通りです」
その声は、部屋の入り口付近から聞こえた。
サーナはチラリと視線を向け、ぎょっとした。
男が、地面にはいつくばっていた。
服はところどころ破れ、赤く染まっている。
その正体は——、
「フェ、フェデリコ様⁉︎」
副団長の見るも無残な姿を見て、マンチーニ家の騎士たちが動揺の声を上げた。
何人かはフェデリコに駆け寄ろうとする。
「フェデリコ様、ただいま治療を——」
「馬鹿者!」
フェデリコが叫んだ。
「現状の最優先は、ここにいるすべての者で力合わせ、そのキメラの討伐することでしょう……領民を守ること……それ以上に大切なことは、何もないはずです!」
息切れしつつも力強いフェデリコの言葉が、決め手となった。
マンチーニ家、タレス領の冒険者、そしてイヴレーア家、つまり、その場にいるすべての魔術師が、キメラへの攻撃を始めた。
否、すべてではなかった。
サーナは気づいた。
現在の緊急事態を作り出したもう一人の当事者であるディエゴが、今にもこの場を逃げ出そうとしているのを。
「あんにゃろ……!」
サーナは、その背に手のひらを向けた。
「やめろ」
ベニートに掴まれる。
「このっ……やっぱり父をかばうんすか」
「そうじゃない。この距離なら、父上の固有魔術があれば避けられる。あのキメラは強い。魔力を無駄にするな。それに——」
彼は表情を歪ませた。
「お前の知りたいことは、おそらく俺が全部知っている」
サーナは、ベニートの目を見た。
彼は、目線を逸らさなかった。
「……わかったっす」
サーナは視線を外し、キメラに意識を戻した。
◇ ◇ ◇
キメラはとてつもない攻撃力と防御力を持っていたが、幸いスピードはなかった。
速さと数の利を活かしつつ、確実にダメージを与えていく。
このまま倒せるかもしれない——。
希望が芽生え始めたころ、キメラが何の前触れもなく
これは——っ。
ソフィの中で、危険信号が灯った。
「皆さん、気をつけて!」
「おう!」
油断の感じられない、頼もしい声がいくつも返ってくる。
それなのに、
「ぐわっ⁉︎」
「あがっ!」
盾役の者たちが、キメラのしっぽによる攻撃で、次々と弾き飛ばされた。
全員、【
めちゃくちゃな威力だ。
「今まで本気じゃなかったってのかっ、ふざけんなよ……!」
エドアルドの悪態は、おそらく全員の気持ちを代弁していただろう。
命の危険を感じて、初めてキメラは全力を解放したのだ。
その大きな口が、ぽっかりと開けられる。
「まずいっ、ブレスが来ます! 全員【角状結界】を展開してください!」
ソフィの言葉が終わらないうちに、キメラの口から炎が勢いよく吐き出される。
いくつもの結界が破壊されて、
「このやろう!」
結界を破られた者たちが、ならばとキメラを攻撃する。
それでも、ブレスは止まらなかった。
すべての結界に、ヒビが入り始める。
「この……!」
ソフィはありったけの魔力を込めた。
しかし、それはあざ笑うかのように、ヒビがどんどん広がっていく。
「くっ……!」
まずい。
このままじゃ、街に被害が出る。
ソフィの脳内を、焼け野原となったタレス領の風景が駆けめぐった。
「——やれやれ。最近の若者は、ちと根性が足らんのぉ」
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