第10話 マンチーニ家攻防戦⑤ —露見とヴァレリオの作戦—

「ヴァレリオ!」


 主君から、切迫した声で名を呼ばれる。

 その意図は明白だった。


 ヴァレリオはサーナたちから距離を取り、APDエーピーディーを操作した。

 隣の部屋に拘束しているフランチェスカを、ディエゴの元に転移させるためだ。


 短距離なら、ヴァレリオは転移陣を描かずとも転移魔術を使うことができた。

 もちろん、相応の魔力は消耗するが。


「フラ!」


 ソフィが動揺の声を上げる。


 タレス領の女ギルド長と、フランチェスカが幼馴染であるという情報は、事前に入手していた。

 ソフィの反応は、おおむね期待通りだった。


 しかし、ヴァレリオの眼前では、期待以上のことが起こっていた。

 正体不明のフードの女もまた、動揺していたのだ。


「これはチャンスですねぇ」


 ヴァレリオは意識的に殺気を出しつつ、【操縦弾ドミネーション】を放った。

 女が慌てて【角状結界シールド】を展開する。


 しかし、弾は魔力の壁の上を通過した。


 ヴァレリオがコントロールを誤った訳ではない。

 むしろ、軌道は途中で少し修正した。


「あっ……!」


 弾が女の頭上をかすめ、フードがめくれる。

 予想通りの展開だ。

 しかし、フードの下から現れた正体は、さすがに予想外だった。


 透明感のある銀髪に、大きな赤色の瞳。

 それらの特徴が指し示すところは——、


「まさか、貴女でしたか——イヴレーア家の長女にしてベージ領次期領主候補筆頭、サーナ・イヴレーア様」


 ヴァレリオは意外感を覚えていた。

 目を見開いているイヴレーア家の騎士たちの様子を見るに、サーナは彼らに黙って反乱に参加したのだろう。


「そうか。貴女もフランチェスカと親しいんでしたね」


 サーナは答えない。

 しかし、その頬がぴくりと動いたのを、ヴァレリオは見逃さなかった。


「まさか、貴女がまさかこんな無茶をなさるとは……ああ」


 ヴァレリオの脳内に、一人の少年の顔が浮かんだ。


「なるほど。レオナルド様——いえ」


 意識的にあざけりの表情を作ってみせる。


「捨て子のレオナルドのためですか」

「お前……!」


 サーナが目を怒らせる。

 狙い通りの反応だ。


 しかし、怒りで現在の状況を忘れるほど、彼女は愚かではなかったようだ。


 ヴァレリオへの攻撃を再開しつつも、その瞳はチラチラとフランチェスカを気にしている。


「ほら、どうした? 早く助けないと、幼馴染が大変なことになるぞ〜」


 ディエゴが持ち前のスピードで逃げ回りながら、フランチェスカの体をなでて、下卑た笑いを浮かべている。

 さすがのソフィとエドアルドも、囮を使って逃げ回る彼には、なす術がないようだ。


「この状況……たしかに我々が有利ではありますが、危うさもありますねぇ」


 ディエゴと違い、ヴァレリオは敵を過小評価していなかった。


 ここまで戦ってみて、サーナが強敵であることはわかった。

 ソフィやエドアルドも充分強い。


 フランチェスカを囮にしていれば、彼らの動きは大幅に制限できるだろう。

 それでも、万が一のことがある。

 ディエゴが加減を間違えてやりすぎれば、捨て身の攻撃を仕掛けてくるかもしれない。


 それに加え、何よりの一番の問題は、ヴァレリオの魔力の残量だった。


 サーナたちとの戦いと転移魔術で相当な魔力を消耗しており、このまま戦い続ければ、一番早く魔力が切れるのは目に見えていた。

 本当の奥の手・・・・・・のためにも、魔力はある程度残しておきたい。


「——マッティーア、ダニエーレ。少しの間、彼女らの攻撃に耐えてください」


 二人の分隊長に戦場を任せて自分は後方へ退き、ヴァレリオはAPDを操作した。


 両腕をフランチェスカに向ける。

 両の手のひらが、淡い水色に染まる。

 魔力が集まっている証拠だ。


「やめろ!」


 サーナが、マッティーアとダニエーレの攻撃を避けつつ、ヴァレリオに【魔力弾】を放つ。

 ヴァレリオはそれを後方に跳躍することで回避し——、


 サーナに向けて、魔術を発動させた。


「はっ——!」


 サーナが目を見開く。

 フランチェスカへの攻撃がブラフであったことに気づいたのだろうが、もう遅い。


 ヴァレリオの手から伸びた魔力の縄が、サーナを拘束する。


 縄を引っ張り、サーナを抱き止める。


「ディエゴ様!」

「でかした!」


 フランチェスカを放り出したディエゴが駆けてきて、サーナの受け渡しが完了する。


 一介の平民と、貴族の跡取り。

 人質として優秀なのは、明らかに後者だ。

 ましてや、サーナのほうが戦力的にも脅威なら、なおさら。


 ヴァレリオの口元に、自然と笑みがこぼれた。


「——私たちの、勝ちです」




◇ ◇ ◇




 サーナは焦っていた。

 縄を解こうにも、【身体強化アクセラレート】も他の魔術も使えなくなっていたのだ。


「まさか……魔術封じっ?」

「正解です。よくわかりましたねぇ。これは【魔封縄マジカル・シール】という、相手の魔力を封じることができる優れものです」


 ヴァレリオが得意げに解説した。


「くっ……!」


 ならば、と力づくで縄を解こうとするが、ビクともしない。


「そんなに暴れるなよ。こんなに綺麗な肌が傷ついては、もったいないだろう?」

「いやっ……!」


 ディエゴにそっと肌をさすられ、全身に悪寒が走った。


「貴様、サーナ様を離せ!」


 エドアルドがAPDに手をかける。ロレンツォやビアンカ、そしてソフィも同様だ。

 しかし、ディエゴの余裕の表情は崩れない。


「離してほしければ、ここにいる者たち全員、APDを外してこちらによこすが良い」

「このっ……!」


 射殺さんばかりの視線が、ディエゴに突き刺さる。


「ほらほら、どうした? 早くしないと、いたいけな少女があられもない姿を晒すことになるぞ?」


 ディエゴにより服が引っ張り上げられ、サーナの白いお腹が外気に晒される。

 ヘソをなでられ、鳥肌が立つ。


「ん? どうした? 感じているのか?」

「お前みたいなブタに触られて興奮するわけ——ぐふっ!」


 ディエゴの拳が鳩尾みぞおちにのめり込む。


「自分の状況をわかっていないようだな。あんま舐めた口はきかないほうが身のためだぞ? ——まあ、そのくらい生意気なほうが、服従させる楽しみも増えるというものだがな」

「外道が……!」

「ほら、どうした? 早く外したまえ」


 お腹に添えられていたディエゴの手が、だんだんと上に登ってくる。


「くそっ……!」


 エドアルドたちの手が、APDにかかる。


「外すな!」


 サーナは叫んだ。

 皆が、びっくりしたように顔を上げる。


「私は、お父様に止められていたにも関わらず、自分の意思でここに来たんすよ。だったら、その責任は自分で負います。皆さんは私に構わず、攻撃してください!」

「それはできません」


 エドアルドが、力なく首を振った。


「どうして!」

「どんな事情があったにせよ、我々は貴女を守るために戦います。騎士とは、そういうものなのですから」


 エドアルドがAPDを外す。

 他の騎士たちも、躊躇なくそれに続いた。


「エド、皆……!」


 サーナの瞳に涙がにじんだ。


「私もです」


 その声に目を向けると、ソフィまでもがAPDを外していた。


「どうしてっすか! ソフィさんには何の——」

「責任もない、とは言わせませんよ」


 サーナは息を呑んだ。


「サーナ様を連れてきたのは私の判断です。でしたら、その責任は私が負います」

「俺はマスターに従うぜ」


 リカルドまでもがAPDを外す。

 それを契機に、タレス領の冒険者も次々と外した。


 サーナは拳を握りしめた。

 この状況を招いてしまった自分の弱さ、愚かさに、本当に腹が立つ。


「皆さん、サーナ様、申し訳ありません……私のせいで……!」


 フランチェスカが、涙を流している。


「貴女のせいじゃありませんっ」


 サーナは声を張り上げた。


「美しい絆だな。胸焼けしそうだ」


 ディエゴが顔をしかめた。


「ほら、早くそいつらをよこしたまえ」

「皆……!」


 ソフィが、エドアルドが、全員がAPDを手放そうとした、そのとき、


 突如として飛来した水色の光が、ディエゴの足元を襲った。


「サーナを離せ——父上!」

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