第8話 マンチーニ家攻防戦③ —ディエゴの固有魔術—
フェデリコたちを
奇妙なほどの屋敷の静けさに、ソフィはうすら寒いものを覚えた。
当初の予定通り、イヴレーア家騎士団副団長のエドアルド、タレス領冒険者ギルドの副ギルド長リカルドたちと、二階で合流する。
彼らも、マンチーニ家騎士団第一分隊長のシモーネ率いる一団を倒したようだ。
互いの持つ情報や被害を確認して、上階を目指す。
四階までたどり着くと、大きな広間があった。
奥にぼんやりと見える扉は、完全に閉ざされている。
「人の気配は……近くにはありませんね」
「あぁ」
エドアルドとうなずき合い、ソフィは広間に足を踏み入れた。
後続を含めた全員が広間に入ったとき、
突如として、 無数の魔力の塊が全方位から飛来した。
「皆!」
ソフィは、とっさに自分の周辺を【
しかし、予想された衝撃は来なかった。
ソフィを、いや、反乱軍全員を囲む【球状結界】が一瞬にして展開され、攻撃をすべて防いだのだ。
「一体誰が……いえ、この発動速度と正確性は一人しかいませんね。助かりました、閃光」
閃光——サーナがコクリとうなずいた。
前方から拍手が聞こえる。
先程まで閉ざされていた扉が、いつの間にか開いている。
「平民の集まりにしては、やるじゃありませんか」
距離が遠く、その顔はぼんやりとしか見えない。
それでも、人を小馬鹿にした猫撫で声とセリフの内容だけで、その正体はわかった。
「今の【
【操縦弾】。
自分の思い通りに弾の軌道を変化させられる、高等魔術だ。
ずっと弾をコントロールしなければならない分、集中力と魔力は
敵の守りの弱い部分を意識的に狙えるし、今回のように、本人がその場にいなくても攻撃することができる。
「おやおや、【操縦弾】なんて知っているのですか。すごいですねぇ」
こちらの挑発しつつ、ヴァレリオがゆったりとした足取りで近づいてくる。
その横でのそのそと歩いている巨漢は、ディエゴだろう。
二人の後には、ざっと三十名ほどの騎士がついている。
ここに来るまでに、ソフィたちも被害がなかったわけではない。
戦力としては、ほぼ互角と見て良いだろう。
ただ、一つだけ気がかりなことがあった。
「ベニート様はどうなさいました?」
「ベニート様はお休みされておりますよ。あなた方ごときに全戦力を投入するとでも?」
ヴァレリオが鼻で笑った。
「ずいぶんと舐められたもんだな」
エドアルドが不快そうに吐き捨てた。
しかし、ソフィは安堵していた。
ベニートの固有魔術【魔眼】は、見ただけで魔術の構造や効果がわかるようになる、という優れものだ。
これにより、ハッタリや奇襲はすべて見抜かれてしまう。
また、彼の多種多様な小技は、集団戦においては、特に注意しなければならないものだった。
ディエゴも固有魔術持ちであり、ヴァレリオも固有魔術こそ持っていないが、魔術師として優秀だ。
正直なところ、ベニートがいないというのはありがたい話だった。
レオについて色々聞きたいところではあるが、それは目の前の敵を倒した後。
ベニートを捕らえて、改めて聞き出せば良い。
「なんだ。低脳の匂いに加えて、妙に陰気臭いと思ったら、イヴレーア家の騎士までいるではないか」
エドアルドに目を向け、ディエゴが頬を吊り上げた。
「君たちの主は腰抜けだと思っていたが、ついには平民にまで屈したようだな」
「騎士を数人派遣しただけで屈したと勘違いするお花畑の脳では、マッテオ様のお考えなど理解できないだろうな」
イヴレーア家騎士団副団長のエドアルドが、ディエゴと同様の、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
彼は、基本的には品行方正なイヴレーア家騎士団の中では異色で、すこぶる口が悪い。
「っ貴様!」
余裕を見せていたディエゴの顔が、瞬時に真っ赤に染まる。
次の瞬間、エドアルドの体が後方に吹っ飛んだ。
ソフィは【
ディエゴの固有魔術は【高速移動】だが、それは移動速度が速くなるというだけの代物ではなかった。
「話には聞いていましたが、動きだけでなく、腕の張りまで速くなるとは……厄介ですね」
◇ ◇ ◇
各所で戦闘が開始される中、サーナはヴァレリオと向かい合っていた。
サーナの後ろには、ロレンツォとビアンカが控えている。
どちらもタレス領の冒険者だ。
対するヴァレリオの背後に控えているのは、第二分隊長のマッティーアと第三分隊長のダニエーレだ。
「先程の私の【操縦弾】を防いだのは、貴女ですね」
ヴァレリオがサーナを見る。
口調こそ穏やかだが、その眼光は鋭い。
「冒険者に、あなたほどの腕の持ち主がいらしたとは知りませんでした。フードを取り、名乗ると良いでしょう」
上から目線の物言いに、サーナは微動だにしなかった。
そもそも、サーナは冒険者ではないし、実際の身分は目の前の男よりも上なのだ。
「……まぁ、いいでしょう」
ヴァレリオが口元を歪ませた。
「名乗りたくないのなら、無理やり名乗らせるまでです」
◇ ◇ ◇
「口ほどにもないわ! フハハハハ……はっ?」
大笑いをしていたディエゴが、一転して間抜けな表情を浮かべた。
彼に蹴り飛ばされたエドアルドが、軽快な動作で立ち上がっていた。
腹が汚れているだけで、怪我をしている様子はない。
ソフィはホッと息を吐いた。
「おめでたいヤツだな」
エドアルドが笑った。
先程にも増して相手を馬鹿にしているその表情は、とても貴族の騎士団副団長が浮かべて良いものではなかった。
あれでは、どちらが悪者かもわからない。
「今ので手ごたえを感じていたのか? 大方、指の先にも脂肪がたまって感覚がにぶっているんだろう。もっと痩せたほうがいいぞ」
「何だと……⁉︎」
ディエゴの顔が再び真っ赤に染まり、その蹴りによってエドアルドが吹っ飛ぶ。
ソフィは攻撃直後の隙を狙い、ディエゴに【
しかし、巨体に似合わぬ
一瞬で距離を詰められ、逆に蹴りをくらう。
背中から壁に激突するが、結界で衝撃を和らげたため、大したダメージは入らない。
「なるほど」
ソフィはほこりを払いつつ、立ち上がった。
エドアルドも同様の仕草をしている。
彼は二度も吹っ飛ばされているわけだが、ピンピンしていた。
「馬鹿な……!」
ディエゴが絶句している。
「たしかにブタにしては速いほうですが——」
ソフィは片頬を吊り上げた。
「——ブタにしては、攻撃に重みが足りませんね」
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