第4話 レオの心

 腹、背中、そして頭。

 レオの連打をくらい、ヒュージ・リオンはとうとう地面に倒れ込んだ。


 もはや、痛みも感じないほどに神経が麻痺している。

 完敗だと認めざるを得なかった。


「お前、ホントにタフだなぁ」


 挑発とも受け取れるその言葉にも、ヒュージ・リオンは怒りを覚えなかった。

 レオから煽りの気配は伝わって来なかったし、なによりこれほど強い相手からそう言われるなら悪くないか、と思ってしまったのだ。


 自分の命の灯火が、刻一刻と小さくなっていくのがわかる。


「なにか、言い残すことはあるか?」


 レオが近くにしゃがみ込む。

 まるで人間にするようなその仕草に、薄れゆく意識の中でヒュージ・リオンは苦笑した。


「貴様なら、たどり着けるかもしれんな……」


 半永久的に魔物を排出し続ける、迷宮の謎に——。




◇ ◇ ◇




「えっ、なににたどり着けるって?」


 レオはヒュージ・リオンの口元に耳を近づけた。

 返事はない。

 すでに絶命していた。


 レオは、一息吐いてその場にしゃがみ込んだ。


「やっぱしんどいなー……」


 ヒュージ・リオンを倒すために使った技は、【第一の扉ファースト・トリガー】と呼ばれるものだ。


【第一の扉】を解放することで、大量の魔力を、体内に高速で循環させることができる。

 それにより運動神経などのすべての能力を強制的に向上させられる一方、体への負荷も魔力消費も激しい。長時間の使用はできない。


 そのため、【第一の扉】の魔術陣をAPDに組み込んで良いのは、一定以上の実績と実力ある者のみだ。


「いやぁ、APDに組み込んどいて良かった」


 APDには持ち運び型と手首にはめるタイプの二種類あるが、そのどちらにもボタンが十個ついていて、それぞれが記憶している魔術陣と対応している。

 そのため、APDに組み込める魔術陣は十個までということになるので、【第一の扉】を組み込んでないときもあるのだ。


「疲れたし、コイツ食っちゃうか」


 火の石——火を起こすことができる魔石——でヒュージ・リオンをあぶる。

 食べるのは初めてだったが、お腹が空いていたこともあってか、ペロリと平らげてしまった。


「ごちそうさまでした。うまかったぞ」


 骨に向かって手を合わせる。

 それらに軽く土をかけ、レオは再び歩き出した。




 魔物の気配を感じて、レオは前方に目を向けた。


 ゆったりとして足取りで近づいてくるその姿は、まるで大きなブタにゴリラの腕がくっついたようだった。

 ピゴラというCランクの魔物だ。


 ピゴラって、ディエゴみたいだな。

 そう思った瞬間、半ば無意識的に【魔力弾マジカル・バレット】を放っていた。


「ブギィ⁉︎」


 何発も、何発も、魔力の弾を放つ。

 ピゴラの体から火が上がり始めるのを見て、レオはようやく我に返った。


 急いで火を消すと、ピゴラの体は焦げて炭になっていた。

 明らかなオーバーキルだ。


「……魔石を使わなくても、火って起こせるんだな」


 口からため息が漏れる。

 灰色の物体と、周辺に飛び散った赤色を視界に入れないようにしながら、レオはそそくさとその場を後にした。




◇ ◇ ◇




 ダヴィデが失踪したと聞いてから、ディエゴは怒り狂っていた。

 その顔は真っ赤だ。

 まるで、火が燃え上がっているようである。


「ダヴィデはまだ見つからんのか!」

「も、申し訳ありませんっ」


 ディエゴは盛大に舌打ちをした。


「使えん……べニートはどうした⁉︎」

「て、転移魔術でお疲れになったようで、お休みになっておられますっ」


 べニートの付き人が、声を震わせながら答えた。


「チッ、どいつもこいつも……!」

「ディエゴ様っ」


 一人の騎士が飛び込んできて、ディエゴの前に膝をついた。


「報告が——」

「何だ、見つかったのか⁉︎」

「い、いえ……」


 ディエゴの迫力に、騎士は言葉を詰まらせた。


「では何だ!」

「ぼ、冒険者ギルドのギルド長であるソフィ様が、レオナルド様の追放について話を聞かせてほしいと……」

「そんなものどうでも良い! レオナルドは罪を犯したから追放した。それだけだと伝えておけ!」

「えっ、しかし——」

「何だ、文句でもあるのか!」


 ディエゴは騎士を睨みつけた。


「しょ、承知いたしましたっ!」


 騎士は、足をもつれさせながら出ていった。


「……ふん」


 ディエゴは鼻を鳴らした。


 騎士ごときに、貴族である自分に反論する権利はない。

 言われた通り、黙って動いていれば良いのだ——、


「ディエゴ様っ」

「今度は何だ!」


 ディエゴは、先程以上の圧を出した。

 侍女の間から悲鳴が漏れる。


 しかし、やってきた騎士は怯まなかった。

 なぜなら、その男は並の騎士ではなく、マンチーニ家騎士団副団長のフェデリコだったからだ。


 それに、フェデリコが持つ情報は、ディエゴの神経を逆撫でするものではなかった。


「ダヴィデ様に関して、目撃情報がありました。緩めの全身真っ黒の服装の男が、西に向かったそうです」

「そうか! あんな奇抜な格好をする者など、牧師であるヤツ以外にはおらん。すぐに兵を出して捕らえよ!」

「へ、兵を出すのですかっ?」


 フェデリコは頓狂とんきょうな声をあげた。


「お、お言葉ですがディエゴ様、相手は牧師——」

「黙れ! 牧師であろうと何であろうと、こちらの歓迎を踏みにじったのだ! 早急に捕えねば、我がマンチーニ家の名に傷がつく! それとも、私に逆らう気か!」

「……承知しました」


 一度ぎゅっと目を閉じてから、フェデリコはディエゴの前を辞去した。


「ダヴィデめ……!」


 このタイミングでの失踪は、明らかに不自然だ。


 レオが吸血の勇者であったこと、そのため監獄迷宮に転移させたことを言いふらされるだけなら構わない。


 だが、もしそうなら、わざわざ危険を冒してまで失踪などしないだろう。

 何か、ディエゴに不都合なことを企んでいるから、屋敷から逃げ出したのだ。


 ディエゴでも、そこまではたどり着いた。

 しかし、危険を冒したダヴィデが、否が応でも目立ってしまう牧師の格好のまま逃亡するかどうか、というところまでは、残念ながら頭は回らなかった。




◇ ◇ ◇




 マンチーニ家の騎士たちが一斉に屋敷の門を飛び出して、西へと駆けていく。

 その様子を、一人の男が物陰から見ていた。

 牧師のダヴィデである。


「替え玉作戦は、無事にうまくいったようですね」


 ホッと一息吐くと、ダヴィデは騎士たちとは逆の方角——東に向かって歩き出した。

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