第9話 ひさしぶりの日々

ギルバート視点


「エマがいなくなっただと」


ギルバートの怒鳴り声が部屋に響いた。

彼にしては珍しい光景だった。

いつもマイペースで感情をあまり表に出さない彼が

怒ってるのだ。


「もうしわけございません、ギルバート様。

少し目をはなした隙に。わたしの失態です」


感情をあらぶらせるギルバートを沈めるように

リーシャが頭を下げながら言った。


「いえ、リーシャだけの責任ではありません。

わたしの責任でもあります」


エンリもまた同様だった。



「謝罪などどうでもいい。で、エマはどこにいる」


「わかりません。後を追おうにも痕跡が昨日の雨で消されてしまっています」


「それにエマ様は事前に準備をなさっていたようで、

追跡にはかなり時間がかかるかと」



エンリはギルバートに手紙を渡した。

エマが屋敷から逃走する前に、ダミーとした人形に備えておいた手紙だ。




「こんな手紙、誰かにかかされただけかもしれんのだぞ。

クソ、クソ、クソ、クソ。どうしてなんだ。どうして、エマ」


ギルバートは頭をかきむしる。

綺麗に整えられていたのが台無しだ。


「さがしだせ、なんとしてでも。僕にはエマが必要なんだよ」




エマ視点


胸に苦しさを感じてわたしは目を覚ました。



なにかとても重い物がのっているような感覚に襲われている。

精神的なものだろうか。その可能性は高いと思う。



う~ん、う~んとうなりながらなんとか目を開けると、

まん丸なお目々と目が合った。


「へ?」


「ニァ~ン」


猫だ。猫が私の上に乗っているのだ。

精神的な重さなかじゃなかった。

物理的な重さだった。



なんというか、その猫はとってもふっくらとしていた。

毛並みも綺麗で大切にされていることが分かる。

すごくふわふわしていたので、触りたいと思い手を伸ばすと



猫は

なんだコイツ動くぞ

というように目を大きくさせて逃げていってしまった。



「ああ、ねこちゃん」



間近で猫をみたのはいつぶりだろうか。

触れなかったのは残念だけど、すこし得した気分だった。



部屋を見回すと、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んできている。

雨は止んだようだ。そして今はお昼くらいだろうか。



体を動かすと、すごく軽かった。

ゆっくり休めた証拠だった。



猫の後を追うようにふらふらと部屋を出ると

リビングにはタハラがいた。



カーペットにあぐらをかいて座っておりコーヒーを飲んでいる。

そしてあぐらをくんだ足の中にはさっきの猫ちゃんが収まっていて

もう片方の手で背中を優しくなでていた。



「よお、おはよう。よくねむれたか」



「うん、おかげさまで」



「すまなかったな、こいつがおこしちまったみたいで」



「かわいいね、猫かってたんだ」



「ああ、迷子を拾ったんだ。

外でニャーニャーうるさくて、ほっとくのもイヤだからね」



昨日、猫ちゃんがいることに全く気がつかなかった。

知らない人が来たから隠れていたのかも知れない。



「朝食、たべれそう?」



「腹ぺこです」



ふざけてお腹をぽんと叩いてみる。

タハラは笑いをこらえきれなかったのか

ククッと声を漏らした。



「そうかよ。まってろ、すぐ作る」



タハラは台所に行って手慣れた手つきで朝食を準備し始めた。

トーストにベーコン、そして目玉焼き。

定番のメニューだ。いい匂いがする。



「昨日より大分マシな顔になったな。

死人みたいだったぞ」



「そ、そんなにひどかった?」



「ひどかったさ。俺がびびるぐらいには。

ほら、できたぞ。熱いうちに食え」



「はあい、いただきます」



料理を口に運ぶと、ちゃんと味がした。

当たり前の話かもしれないが、わたしにとっては

当たり前ではなかった。



作業としてではない食事をしたのは久しぶりだ。

ギルバートさんからしてみればこんな料理は栄養のバランスが悪い

体に悪い物かも知れないが、それでもわたしには必要なものだと

あらためて思わされる。



そのまま朝食はあっという間に平らげてしまった。

タハラは食後のコーヒーを出してくれた。



「さて、お皿下げるぞ」



「あ、片付けは私がやるよ」



タハラにはして貰ってばかりだったから、

そのぶんのお返しは絶対したい。

今は出来ることが少ないけど、家での家事ぐらいなら

できるからせめてものお返しとしてやりたかった。



「別にこのくらいいいよ、たいした量じゃないし」



「でも、やる。やらせて」



「わかったよ。じゃあ分担だ。

俺が洗うから拭いてくれ」



結局、分担でやることで決まった。

お互いに自分がやるといって譲らない故の妥協案だ。

お返しになってるのかな、これ。



タハラが洗ったお皿を私が拭いて、所定の位置に置く。

部屋にはその作業音だけが響いていた。




・・・・・・すこし気まずかった。

わたしはまだタハラに屋敷で起こったことの説明をしていないわけで、

タハラからしてみても何を話題にすればいいか分からないわけだ。



それに、もし話して両親のようにお前が悪いと言われるのが

怖かった。



言わなきゃ。

このまま黙ってタハラに甘え続ける訳にはいかないのだ。



「別に、急いで話そうとしなくていいぞ。

整理がついてからで俺は構わない」



わたしが言おう言おうとごにょごにょしているうちに

先にタハラに言われてしまった。



「うん、ごめんね」



「あやまるな、迷惑じゃないっていってるだろ」



それからわたしは少しずつ今回起きたことについて

タハラにポツポツと話していった。



「そりゃあ、災難だったな」



タハラが深刻な顔持ちで言う。

タハラはわたしの話を最後まで聞いてくれた。

そして批判するのでは無く肯定をしてくれた。

救われた気分だった。



「ううん、わたしが悪いの。

わたしが我慢すればいいのに、それができなかったから

こんなことになっちゃったの」



「ふ~ん」



タハラは顎に手を当ててこちらを見た。



「まあ、なんだ。すぐに解決できる問題ではないかもしれん。

何度も言うがここには居ても迷惑ではないからない。

いくらでも使え」



「うん、・・・・・・ありがと」













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