第4話 幸せの終わり

「エマ、お手伝いにいくのをやめてくれないか」



その日は突然やってきた。

ギルバートさんに、話したいことがあると言われわたしが彼の自室を訪れる。



ギルバートさんは椅子に座ってわたしを待っていた。



「座って」



彼は彼の正面にある椅子にわたしが座ることをうながした。

促されるままに座ってすぐに

彼の口から出た言葉が冒頭のそれだった。



「どうしてでしょうか?」



わたしは驚いていた。

驚きすぎで質問を質問で返すという失礼なことをしてしまっていた。

そのことに気づいてあっと声をもらすがギルバートさんはそのことは気にもとめずに



「君には、家で僕の帰りを待っていてほしいんだ。

それにお手伝いでケガをしたという話も聞いたよ。

あまりあぶないことをしてほしくないんだ」



ギルバートさんはわたしの顔を見ながら言った。

ほんとうに心配してくれているようだった。



「で、ですが」



「うん、君がすごくお手伝いにいくのを楽しみにしているのはわかっている。

でも、君のことが心配なんだ」



ギルバートさんはわたしの手をとって、握った。



「仕事から帰ってきたときに、君がいない部屋に帰るのはすごくつらい。

外でなにかあったんじゃないかと不安でたまらないんだ。君には笑顔でわたしの帰宅を迎えてほしい。

それに、魔法で治るとしてもケガなんてしてほしくない。

家の中でもやれることはたくさんある。もっと安全なことをやってくれないかい」



ギルバートさんの手に力がはいる。



「やめるのはいやです。じ、時間を減らすとかではだめでしょうか」



「ダメだ。なれない環境だろうからと最初は大目にみた。

でもそろそろ君はアヴェーヌ家に来たという自覚をもってほしい」



「自覚ですか?」



「うん。アヴェーヌ家に来たのだから、君は君のためにではなく

アヴェーヌ家のさらなる発展のために、つくす必要がある。

そして、貴族にとってさらなる発展とは、よりたくさんの

魔力をもった跡継ぎをつくることだ」



「それはわかっています」



貴族にとっての婚姻の意味については理解しているつもりだ。

だからそのことはすでに覚悟はきめていた。



でもそれが、お手伝いをやめてほしいという言葉とうまくつなげることが出来なかった。



「いいや、君は君自身の重要性をわかっていない。

君の魔力量は、とても多いんだよ。それはもう、他の子とは比べものにならないくらい。」



「は、はあ?」



「魔力量に気づいたら、みんな君を狙ってくる。

他の貴族の妨害があるかもしれない。わたしはそんな危険な状況に君をおきたくないんだよ」



「・・・・・・・・・」



ギルバートさんの言葉にはすごく違和感を覚えた。

心配されている、ということは理解できる。



でも心配をしているのは、わたしではないのではないだろうか。

あくまで大切なのは魔力であり、わたしという存在ではない。

もしわたしがダメでも魔力さえ残っていればこの人にとっては問題ないのではないのか

そんな疑問が頭の中によぎってしまった。



「人間は男性が24歳、女性が20歳の時が一番魔力量が多くなる。しかも最初の子どもが一番、可能性が高いんだ。

だからその時になるまで、きみは安全なところで、静かに待っていてほしい。あと一年半だ。約束できるね」



冷たい汗が首元をつたった。

疑問が確信に変わった。



ギルバートさんは、わたしのことを見ていない。

この人も、わたしの魔力のことだけをみている。



魔力のことをみられていることはある程度承知していた。

でも生活を続けていけば、ちゃんとわたしも見てもらえると思っていた。

そう心の中では信じていたのに。




「手が震えてる。怖いよね。でもだいじょうぶ、信頼できる護衛を君につける。

だから安心して。不安は体に悪影響だ」



「わたしは、わたしは・・・」


ちがう、他の貴族が怖くて震えているのではない。

あなたの、その考えが怖いのだ。


わたしはこの場から逃げようとした。

でもギルバートさんは掴んだ手を離してくれない。



呼吸が浅くなり、胸が苦しくなっていく。

力が入らなかった。



「いい子だからね、エマ、おねがいだよ」



ギルバートさんの声には悲しみが含まれていた。

そして彼の顔は苦痛でゆがんだ表情が浮かんでいる。

ウソはついていないみたいだった。



「僕を不安にさせないで」



その悲痛な言葉を聞いたら、もうなにも言い返す気が

なくなってしまった。



ギルバートさんをここまで苦しめさせたのはわたしの行動が原因なわけだ。

言い返したいことはたくさんあった。

彼からして見れば、大切なのはわたしなどではなくてわたしがもった魔力なわけで、

そんな人とは一緒にいたくはないと伝えたかった。



でも、彼の、ほんとうに辛そうな顔をみると

そうしてもその言葉を出すきにはなれなかった。



誰かを傷つけてうれしくなるような性格はもっていない。



・・・・・・・・・私が我慢をしよう

わたしがギルバートさんの望むように行動すれば、きっと彼は喜んでくれる。

もう、あんな辛そうな顔を見なくてすむのだ。



お手伝いにいくことはすごく楽しかった。それは間違いない。

でもわたしが好きに楽しんでいるときに、ギルバートさんが苦しんでいると

思うと、なんだか心がモヤモヤとした。



だれかを傷つけるのは悪い子がすることだ。

わたしはいい子でいた。だからギルバートさんを傷つけたくない。



とても辛いことだけど

大丈夫だ。今回がはじめてなわけじゃない。

両親との生活もそうやって乗り越えてきたのだから

ちゃんと乗り越えられるはずだ。



そう心にとなえつつ、わたしは同級生に

お手伝いを辞める胸の連絡を入れた。












その後のことは良く覚えていない。

すべてが空っぽになったような感覚におそわれて

ただベッドに横になっていた。




さきほどの会話で、わかった。

ギルバートさんは私のことを人間としてみていない。



彼からしてみればわたしはきっとこの部屋にある家具なのだろう。



誰にも使われていない新品で、

高価な装飾品でいろどられ、

勝手に動くこともせず自分の思い道理に動いてくれる便利な道具。



それなのにわたしは勝手に動いてしまった。

所有者の意思に反して勝手に動く家具など、とても使いにくくて

たまったものではなにだろう。



貴族をより反映させるために、よりたくさんの魔力を

持った子どもを産むための家具。



・・・子どもについては覚悟はしていた。



でも、ここまでは、よそくしていなかった。



これからどうなるのだろうか。

わたしは、ただ不安になることしかできなかった。





次の日、ギルバートさんはあたらしい侍女を二人紹介してきた



「紹介するね、これから君のお世話をしてくれるリーシャとエンリだ」



「よろしくおねがいいたします、エマさま」



「なんでもお申し付けください」



「・・・・・・はじめまして」



「はじめまして、ですか。わたしたちは、あなたのことを見ていましたよ」



「ええ、ずっと前からです」



そう言うと二人はニッコりと笑うのだった。













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