*中編③

 エミリアの家に来て二日目。

 今日は少し遠出をして、大きな湖畔に建てられている美しい聖堂へ行く予定だ。距離があるためいつもより朝早く起きて準備をしていたのだが、少々困ったことが起きた。



「リィナ、大変よ!あなたのお父様がいらっしゃったわ。」

「え、新手の詐欺とかじゃなくて?」私は驚きの余り変な質問をしてしまった。

「……驚くのも無理はないけど本物よ。今日は私の両親も出かけてしまったし、帰宅する夕方にいらしてほしいと伝えたのだけれど、とにかくリィナに会わせてほしいと譲らなくて。とりあえず応接室に通してあるわ。」

「ごめんエミリア。こんな時間に人様の家へ押し掛けて来た挙句、無理を言うだなんて申し訳ないわ。」

「リィナのせいじゃないわよ。気にしないで。」

「もしかして、家を出ようとしている事がばれたのかな?」

「そんな感じの様子ではなかったわ。ああ、それと一人従者を連れていたわね。どこかで見たことある気がするのだけれど……。」

「従者?うちの使用人の誰かかな。とりあえず会うしかないわよね。ちょっと行ってくる。」

 何だが嫌な予感しかしない。そう思いながら私は父の元へ向かった。




 応接室へ入ると、父とアンナが話をしていた。どうやらアンナが対応をしてくれていたようだ。父は私が来たと分かるなり、「おお、来たか。」と言い早く通すようアンナに指示を出す。

 アンナは既にうちの侍女を辞めたので、父にそのような権限はないのだけれど。



「まあ、座りなさい。」

 あたかも自邸にいるかの様に振る舞う父に呆れつつ、ひとまず私は椅子へと掛けた。それを見届け、アンナは一礼し部屋から退出して行った。


「おはようリィナ。思い出作りとやらは順調か?」

「……まだ二日目ですので途中ですが、順調ですよ。今日もこれから出かける予定です。たまたま準備が終わっていたので、こうしてすぐこちらの部屋へ来ることができました。」

「そうかそうか。いや、若いというのは良いことだ。わしが若いころの出かける定番と言ったらな……」

 私は遠回しに"出かけるから対応している時間はないんです"と伝えたつもりだったが、どうやら効果は薄いようだった。



「それで、そちらの方は?」またもや父の昔話が始まりそうなので、私は隣の男性へ目を向けながら話を遮った。先ほどから父の隣にいるその男性は、有無を言わせないような威圧的な笑顔を浮かべ、ただ静かに父の横に腰かけていた。


「おお、そうだった。紹介しよう。こちらオグル男爵だ。お前の縁談相手だよ。」

 オグル男爵は私へ軽く会釈しながらどうも、挨拶をしてきた。私もとりあえず会釈を返す。



「なぜ、男爵様がこちらに?」

「まあ、なんだ。その、リィナ、思い出作りはもう気が済んだだろう。女同士で出かけるのはやめて、今日から男爵邸で過ごしなさい。」

「まだこちらに来て二日しかたっておりませんが。」

「わがままを言うのはやめなさい。彼もリィナと共に暮らすのを楽しみにしてくださっているのだ。」


 わがままではなく、事実を言っただけなのだが。どうやら父から見た私はわがままらしい。そして同時に「ああ、そういうことか」と私は気づいてしまった。恐らく、この縁談はお金が絡んでいる。

 オグル男爵家は、元々資産家で貴族に対し金を貸すことで私財を増やしていった。最終的には、その私財でワイン事業を立ち上げ国の特産品を作り出した功績で男爵位を賜った。要は大金持ちなのだ。


 年齢は一回り上だがそこまで離れているわけではないし、うちは子爵家なので家格も離れていない。一見すると決して悪くない普通の縁談だ。でも、縁談相手を連れて人様の家に押しかけるという非常識な事をしてまで急ぐ必要があるのか。その理由が分からず、私は少し考えてしまった。



「何を黙っているのだ。さっさと行くぞ。」そう言って父は立ち上がり、私の腕を掴んだ。

「やめてください。何をするのですか!」

「お前は私の言う事を聞いていればいいのだ。もう出かける準備は出来ているのだろう。丁度良いからこのまま行くぞ。」

「待ってください。今すぐここを出発することはできません!エミリアや侯爵家の方々にも事情を説明しなければなりませんし第一、荷造りなども済んでいません。」

 少しでも時間を稼がなければ。私はとにかく父へ待ってほしい旨を伝える。


「他人は関係ないだろう?それに、荷物など後でアンナに持って来てもらえばよい。」

「アンナはもう私の侍女じゃありません。」

「大丈夫だ。わしが指示すれば従うだろう。」

 色々大丈夫じゃないに決まっているでしょ!まずい。このままだと本当に連れていかれてしまう。父が私の腕を引っ張ったまま部屋の扉を開けると、そこにはエミリアとアンナが居た。


「まあ、。我が侯爵家へようこそ。」そう言い、エミリアは扉の前に立っていた父と私を中へ押し込むような形で部屋に入り扉を閉めた。そしてその後ろにいるアンナと目が合った。どうやらアンナが呼んで来てくれたらしい。


「リィナのお父様。これはどういうことですか?」

「これはエトワル嬢。いつも娘がお世話に「聞こえなかったのかしら?これはどういう状況なのでしょうか?」

「あ、いや。ただ娘に会いに来ただけですよ。」

「我が子に会いたいというお気持ちは分かりますが、朝早くから事前連絡もなしに訪問した挙句、その娘を無理やり連れだそうとしてらっしゃるようにお見受けしましたが?」

「あ、いやそれは、その。」

「それに、よく見たらそちらのお方はオグル男爵様ではありませんか。私はあなた方の来訪を知らせに来た使用人から、リィナのお父様とその従者がいらっしゃったと聞いております。まさか、不躾な訪問をした挙句、侯爵家へ虚偽の申告をしたのでしょうか。」



 捲し立てるように話をするエミリアの様子に、父は焦った表情を浮かべた。そして小さく唸りながらエミリアの言葉には返事もせず、いきなり私の目の前に膝をつき、頭を垂れた。


「頼むリィナ。お前が今すぐ男爵邸へ向かえば、わしが今まで借りた分の返済を免除してくれるというのだ。結婚の届出などの手続きはわしが全部やる。だから最後の親孝行だと思って言う事を聞いてくれ。」

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