*中編①

 卒業パーティーを三日後に控えた私は、なぜか再び父の部屋に呼ばれていた。

「なんでまた呼び出されているのよ。」心の中で一人溜息を漏らす。正直、こちらとしてはもう話すことなどない。

 私は警戒しつつ、向かい側に座りお茶を飲む父の言葉を待った。


「いよいよ、学院を卒業するんだな。」父はこちらを見ずにカップを置きながらそう問いかけてきた。

「ええ、そうです。」

「そうか。お前ももうそんな歳になったか。私も学院に通っていた時はな……」


 長くなりそうだな、と思った。長居するつもりはないので、父の算術テスト満点――他教科は全て落第ギリギリというどうでもいい――エピソードが一区切りするあたりで用件を聞くことにした。



「それで、何か私にお話があるのでしょうか?」

「おお、そうだった。少し早いが、まずは卒業おめでとう。これは私からの祝いだ。」そう言って正方形の小箱をこちらへ差し出してきた。開けてみると、シンプルなオープンフェイスの懐中時計が入っていた。


「これは、懐中時計ではないですか。」

「まあ、なんだ、今後他家との付き合いで外出することも増えるだろう。人付き合いをしていくうえで時間を守ることに損はないからな。」

 どうやら父なりに私を思ってくれているようだ。うちは領地を持たない下位の貴族。お金に余裕があるわけではない。

 こんな父にもたまには良いところがあるのね。私は少しだけ心が痛んだ。


「気にするな。それともう一つ。実はな、お前に縁談が来たのだ。早速だが七日後に顔合わせをしたいという話だから伝えておこうと思ったのだ。」

「……父さま、お忘れですか。私、卒業パーティーの日から十日ほど友人宅でお世話になると伝えましたよね?」

「わがまま言うな。先方の希望だぞ?そんな約束は断りなさい。」父はちょっとムッとした表情でそう返してきた。


 父の事だから、もうこの縁談は成立前提のはず。顔合わせをしたら最後、あれよあれよという間にお相手の家へ送られてしまう。それではまずい。私は一芝居打つことにした。


「エミリアの家へは、学院生最後の思い出作りの為に行くのですよ?お会いするのは早い方が良いのも分かっています。ですが縁談がまとまれば、相手の方とは生涯を共にすることでしょうし、これからたくさん過ごす時間があります。ですが友人たちとの時間はもう取れないのです。それとも、お相手の方は友人との最後の思い出作りすらさせてくれないような方なのでしょうか?」そう言い終えた後、私は悲し気に見えるよう目線を下にさげた。


「あ、いや、そんなことはないと思うぞ。一度相手方に話してみよう。父さんに任せておきなさい。」どうやら効果はあったようだ。

「そうですか。それではよろしくお願いします。それから、懐中時計ありがとうございます。」そう言い私は父の部屋を後にした。




 ああ言ってみたものの、私には縁談相手と生涯を共にする気はない。

 あと三日でこの家を出られるのだが、先ほど父から懐中時計を受け取ったことにより、私の良心は傷んだ。だからと言って、今更計画を変える気はないけれども。


 卒業パーティーの日を指折り数えていた私の意志は固いのだ。


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