*後編
あの後、父は警備隊に連れていかれ、しばらくは詰所の独房で過ごしたらしい。
詐欺については、男爵が訴えを起こさなかったようだ。今回の事件で男爵邸へも調査が入った。そして高利貸しをしては相手を困窮させ、その家の令嬢を人身売買の商品としていたことが明らかとなり、それどころではなくなったらしい。
そして、母からも離縁された父が私を探し当てたのは二年ほど経ってから。私としては、思ったよりも見つかるのが遅かった。というのが正直な感想だ。元居た国から国境を二つ超えた帝国へ就職したからなのかもしれない。
父は私の勤務先を知るなり「結婚が決まっていた私の娘を誑かしおって!」と的外れなことを言って怒鳴り込みに来たらしい。
もちろん相手にされず門前払いを食らった。言われた通り面会拒絶申請を出しておいてよかった!!と、私は上司に足を向けて寝られなくなってしまった。
そうなると父は、周りに「勝手に出て言った挙句、帝国で侍女の真似事を」と愚痴のように言い始めたそうだ。独房で過ごしたことが噂として出回り、社交界ではあまり相手にはされなくなった父だが、周りは「まあ、帝国でお勤めできるなんて優秀な娘さんなのですね!」と褒めたそう。それを聞いて今度は「うちの娘は優秀でして、帝国に勤めているのです」と触れ回る有様。その様子を受け、周りの人達は声を潜めているそうだ。「そんな事実はない。どうせまた詐欺を働こうとしているのだ。」と。
私はこの国に来るときに名前を捨てていた。そもそも初めから平民の身分で受験していたので、どんなに調べたところで実家との繋がりは見つからない。
ちなみに父や社交界の様子は全てエミリア情報だ。ありがとう。エミリア。
そして私はというと……。
「アチェロ殿」私は聞きなれた声の方向へ振り返る。
「ステラート先生!お久しぶりです。」
「その様子だと元気そうですね。仕事には慣れましたか?」
「はい。二年も経つとできる事が増えてきましたし、毎日充実しています!」
「それは良かった。こちらとしても仕事を紹介したかいがあったというものです。」
「ふふ、私が今ここにいるのは先生のおかげです。本当にありがとうございます。」
ステラート先生は学院時代にお世話になった恩人だ。元々帝国出身で、国家間の交流人事により学院に派遣されていたのだ。私の家の事情も知っていて、そのうえで帝国への就職を進めてくれた。更には目くらましになるでしょう、と他にも周辺国の試験を受けるようにとアドバイスをくれた。
フォルトゥナ・アチェロ。今の私の名前だ。私が捨てたのは実家の名だけではない。『リィナ』という名は、帝国ではまず見かけない。そこで思い切って改名してはどうかと提案してくれたのも先生だ。家庭の事情や改名についても、採用官へ話を通してくれた。ステラート先生が居なければ、今のように働くことは難しかっただろう。一時的に家を出られたとしてもすぐ父に見つかり、連れ戻され結婚させられていたかもしれない。
数日後、私は教会へと足を運んでいた。私の姿を見つけるなり「ルーちゃん!!」と子供達が駆け寄ってくる。ここにいる子達は、みんな親類を亡くしたり事情があって親と離れて暮らしている。最近の私は、休日になると教会の子供達と一緒にお菓子を作ってみたり、庭で遊んだりしているのだ。
「早く!今日は一緒に豆まきするんでしょ?」
「今日するのは豆まきじゃなくて、種をまくのよ。」
「それってどう違うの?」
「うーん、確かに豆からも芽は出るんだけど……。今度お野菜の絵が描いてある本持ってくるから、みんなでどう違うか見てみようね。」
今日は裏の畑に野菜の種をまく約束をしていたのだ。豆と種の違いは次の時に確認するとして、ひとまずスコップを持って畑へ向かう。みんなで土を整え種をまいて行った。正直子供の相手は大変だ。掘った土で遊び始めて土まみれだし、でっかいの見つけたと言ってミミズを見せつけてくるし。でも。
「すごく楽しい。」私はただ純粋にそう思った。
就職先のアドバイスをくれたステラート先生、荷物を運び出してくれた侍女のアンナとご家族、自宅に私を匿ってくれたエミリアとエクエス家の方々。そして勉強をできるよう手配してくれた母。色々な人の手を借りて今、私はここにいる。私は本当に運が良かったのだ。
こうして私は無事に出奔することができた。今までは父に怯え、自分の気持ちを抑え込んでいた。これから少しづつ、やってみたいことを始めるんだ。
今はまだ自分の生活で精一杯だし、休日教会へ来ることがやっとだ。けれどもいつか、自分のように家のしがらみに囚われている人を支援できたらと思っている。
ちなみに、侍女のアンナが東の国へ向かい、髷を結った旦那様と里帰りしたのはまた別のお話。
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