第三七目 風通しのいい道
サイヤンはふうっと、ため息に似た息をついた。
そして一呼吸おいてから話し始める。
「実は今話した小麦云々というのは、ボニート連合騎士団がスローリンの街を支配下に置かない表向きの理由さ。
スローリンの街がボニート連合に属してない、さらに言えば六カ国の何処とも属していない本当の理由。
それは神がそうしているからさ。支配下以外の人間の行動を観察する為に」
ここにも神が出てきたか。でも待てよと思う。なら、ひょっとして……
「神の情報操作で、逃げ出し先がそうなるように仕向けたのか、ひょっとして」
「情報操作じゃない。神がそういう街を作ったんだ。遺跡からそう遠くなく、なおかつ六カ国の軛を逃れられそうな場所を選んで」
なるほど。しかし待てよ。
「それでは六カ国の皇族や王族以外にも神が直接動かせる人間がいたという事でしょうか」
「確かに皇族や王族以外にもそういう人間もいるかもしれない。ただスローリンについてはそうじゃないようだ。
スローリンは五〇年程前のボニート連合騎士団長の発案で出来た街だそうだ。国の外部に交易の街を造り、身元不確かな者に対する緩衝地域とせよという命令でね。
勿論その騎士団長は神に操られていた訳さ。ボニート連合騎士団長はマケレル家の世襲だから」
なるほど、つまりは。
「次の街でも神からは逃れられない訳か」
「それでもあのまま帝国にいるよりはましでしょう。少なくともスローリンには移動の自由はあるようですから」
確かにエイラの言う通りだ。これでも帝国の学園許区にいた時よりはまし。
「確かにそうだ。後の問題はそのスローリンの街で衣食住を確保出来るかどうかか」
「それは何とかなるようだ。神からの情報によればだけれどさ」
おっと、そっちの情報もあるのか。
サイヤンは更に続ける。
「さっき言ったようにスローリンには騎士団の配置がない。だから周囲の魔物の討伐等は街が褒賞金を出す形で一般の人間がやっている。
その褒賞金を貰う資格は、スローリンの街役場で討伐者登録をする事だけだ。そして討伐者登録には金がかからない。
更に言うとスローリンの街には自由に出入り出来る。つまり、『スローリンの街に入って、討伐者登録をして、魔物を退治する』。これだけでその気になれば暮らしていけるらしい。神の情報を信じればだけれどさ」
なるほど。
「なら俺達としても住みやすいか。魔物退治で生活できるなら。神の意図通りというのは気になるけれどな」
そう、気にはなるけれど……
「僕も気にならない訳じゃないけれどさ。何せ僕達は当座の金すら持っていないんだ。さっさと登録して魔物を倒して、金を貯めてから後のことを考えるのが楽なんじゃないか。全く見当つかない場所でゼロからやるよりも」
「そうですね。更に別の所へ行くとしても、まずはそのスローリンの街である程度の準備や情報収集をした方がいいでしょう」
三人とも意見はほぼ同じのようだ。
「なら早速行くとしよう」
「ああ。ただ三〇長延あるんだよな。時速五長延で歩いても六時間かかる距離だ。その辺が面倒だよな」
言われてみれば確かに遠い。
俺なら全力で走れば半時間程度でつけるだろう。しかしサイヤンやエイラはそうではない。身体強化は持続可能時間が半時間あればいい方だ。強化しても走って三〇長延となると一回ではたどり着けないだろう。
いや、エイラなら出来るかもしれない。天授で自分のもの以外の魔力を使用可能らしいから。
そのエイラは……
「それだけ歩き続けられる場所があるという事ですか。楽しそうです」
「なるほど。そういう考え方もある訳か」
確かにそういう発想はなかった。でもその通りだ。許区では最長の道でも四長延ない。
というか使える人間なら一度行った場所には移動魔法を使う。そもそも長々と歩き続けるなんて事はないのだ。
「とりあえず行ってみるか、全員で。何なら今日全区間歩かなくてもいい。此処もまだ使えるんだ。何日か使ってスローリンへ行って、魔物で金を充分に稼ぐまで此処へ戻ってきてもいいんだから」
「そうですね。なら皆さん食べ終わったようですし、行きましょうか」
足元の感覚がふっと消える。いきなりか。そう思いつつ足腰を伸ばして出現に備える。
周囲が一気に明るくなった。眩しいくらいだ。地に足が着く感触。無事に立つ事に成功する。
サイヤンも尻餅はつかずに済んだようだ。しゃがんで両手をついているけれど。
「せめて食事が終わってからにして欲しかったな」
「善は急げと申しますから。それにサイヤンは充分食べたと判断しました」
エイラはすっと着地する。空中浮遊魔法でも使ったのだろう。
「確かにまあ、距離が遠いし出発は早い方がいいか。必要なものも特に無いしな」
エイラやサイヤンは大抵の物を魔法収納に入れている。服装さえ外出可能なら他に準備をする必要はない。
それにどうせあの部屋にはいつでも取りに帰れる。移動魔法を使えるのなら。まあ俺は使えないけれど。
「なら許区では味わえない長距離歩行を楽しむとするか」
「ええ」
周囲は妙に明るい。何故かと思ってすぐ気づいた。背の高い木や建物がないからだと。
周囲は草と岩、左側に衝立のような山、そして青空。風が抜けていく。
今までのように息がつまるような場所でなければいいな。出来ればこれくらい風通しのいい。
俺はそう思いつつ石畳の道を歩き始めた。
(とりあえずのEND)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます