第三五目 脱出、そして

 足が地に着いた感触。同時に俺は走り始めた。エイラの移動魔法なら場所も向きも完璧な筈だ。なら最初の五歩までは見なくても走れる。


 背後にはバタラをはじめ何人かの気配。しかし一歩踏み出したところでその辺が一気に静まって感じなくなる。


『現在のバタラの位置を中心として魔法禁止措置を起動しました。大きさは半径一〇〇延。現在バタラ達は全員魔法禁止の範囲内にいます。またこちらは範囲外となっています』


 エイラからの秘話魔法だ。


「ありがとう」

 

 エイラの魔法禁止措置は自分を範囲に含まない場合は半径一〇〇延まで。

 作戦会議の時にそう聞いた。なおサイヤンによると、

『そもそも自分を含まない範囲に魔法禁止措置を起動出来るなんての、普通はありえない』

らしい。


 おそらくはエイラの天授が何か作用しているのだろう。彼女は天授について何も言っていないが。


 俺自身の周囲や前方向は魔法禁止措置がかかっていない。だから周囲に魔物や危険な動物がいればわかる。背後から矢だの投槍だのが飛んで来ても避ける事は可能だ。


 時間は夜で暗いが月が出ている。そして俺の目は月明かり程度でも充分に見る事が可能だ。


 前方の景色はまばらな草地、ところどころ岩。だから走るルートは自由にとれる。多少足場が悪い場所だったとしても膝と足首でカバー可能。


 そして警戒範囲には危険な魔物や動物の気配は無い。だから遠慮無く全速で走らせて貰う。

 最初に向かう方向は北北東。こちら方向に一〇〇〇延行けば道がある筈だ。


 道へ出たら次は北へ向かう。三〇〇〇延、つまり三長延も離れれば遺跡から監視は出来ないだろう。つまり脱出成功だ。


 エイラが何か魔法を起動した。背後、魔法禁止措置部分の上側に対して何かをしたようだ。


『岩石落下の魔法をかけました。五秒程度後に敵周囲を一秒間、落石が襲います』

 

「魔法禁止の範囲より上に魔法を起動した訳か」


『その通りです。高度一一〇延で魔法を起動させています』


 なるほど。なら敵もそのまま居座ってこっちを攻撃なんて事は出来ないだろう。

 ただ俺の役割はそれを確認するより前に進む事。だから走る。


 一五六歩目で道に出た。路面を蹴って向きを道と同じ方向、北へと変える。


 走りながら観察。石畳で幅六延位の道だ。普通に魔法で作った四角い石を組み合わせたよくあるタイプのもの。遺跡にあるようなつなぎ目が無いなんて異常なものではない。


 前後に人の気配はない。夜だから当然だし、人がいないだろうからこそこの時間にしたのだが。

 魔物の気配も無い。少なくとも俺の感覚で感じられる範囲には。


「何もいないとは思う。ただ何か感じたらすぐに移動魔法をかけてくれ」


『わかりました』


 俺は足を止めず走り続ける。石畳の道は当たり前だが草地より走りやすい。だから更に速度が出る。

 これだけの距離を本気で走れるのは初めて。俺としても未体験の速度だ。

 八一七歩目。エイラから秘話魔法が入った。


『遺跡から直線距離で三長延以上離れました。遺跡側からも魔法や飛翔物等の気配はありません。バタラもこちらを把握するのはほぼ不可能だと思われます』


 なるほど。


「ならこの辺で遺跡に帰るか」


『出来ればもう少し進みたいところ……! 帰還します』

 

 ふっと地に足がつかなくなる感触。いつもの移動魔法だ。

 どうしたんだ、何があったのだろう。

 わからないままサイヤンがいる遺跡の小会議室が見えた。


「お疲れ。無事脱出に成功したと思っていいかい」


「いや、何かあった気がする」


 とりあえず俺もエイラも無事。しかし何が起こりかけたのは確かだ。そうでなければエイラが急に移動魔法を起動する筈がない。


「何か……危険を感じたのは確かです。ただ理由はわかりません。少なくとも先程いた道の周囲には何も無さそうです」


 何だろう。そう思った次の瞬間、俺はある感覚に気づいた。前にも同じように感じた事がある。そう、あれは……


 ならエイラに確かめておこう。


「エイラ、その危険を感じたというのは魔法なのか?」


「その通りです。今回は念の為、危険察知系と総称される魔法を合計七種起動しています。そのうち一つで危険を感じた為、急遽移動魔法を起動しました」


 なるほど。なら次の質問だ。


「エイラ、その魔法で危険を感じる範囲はエイラ自身だけが対象なのか?」


「この三人全員が対象です」


 なるほど。なら間違いない。


「わかった。それで神様、今度は何の用だ」


 サイヤンはわざとらしいため息をつく。


「なんでわかるんだろうね。少なくとも魔力含めて彼をそのまま使っているのにさ」


「俺もわからない。ただ違うと何となくわかった。エイラの魔法で間違いないだろうと確信した」


 そう。この感覚が何なのか俺自身もわからない。わからないけれどそれでも感じるのだ。何か違うと。

 

「まあいいか。今回はサイヤン君を乗っ取る為に来たんじゃないしさ。

 実際僕は君達に足りない情報を渡しに来ただけなんだ。君達はこれから向かう先について何も知らない。それでは大変だろ、この先」


「何故そんな事を教えようとする」


 理由がわからない。だから率直に聞いてみる。


「貴重な存在だからさ。サイヤン君を含めた君達が。

 このまま説明してもいい。ただあまり長いことこうしているのはサイヤン君にとっては勘弁してほしい事態だろう。

 とりあえずこの身体はサイヤン君に返そう。あとは彼に聞いてくれ」


 ふっとサイヤンが倒れかかる。前と同じだな。そう思いつつ三歩ほど前に出て右腕で身体を支える。

 サイヤンが顔を上げ、力ない笑みを浮かべる。


「悪い。またもややられた」


「防ぎ方でもあればやっているんだろうけれど、ないんだろうな」


「その通りさ。防ぐ方法は知られていない。少なくとも僕が知っている範囲では。

 ただ今回に限っては向こうは好意のつもりで来たようだ」


「そう言えばそんな事を言っていたな」


 神が言っている好意が俺達の意味する好意と同じものという保証はない。

 ただサイヤンがそう言うなら悪い話では無かったのだろう。


「とりあえず一息入れてから話そう。もういつでも脱出は可能なんだろう。なら問題無い」


 どうやらサイヤン、結構参っているようだ。神に乗っ取られるのは結構なダメージがあるらしい。


 それに俺も疲れている。他に若干の筋肉痛状態。これらは蓄力をある程度以上の出力で使い続けた影響のようだ。


 もっとも蓄力は使い勝手そのものは悪くない天授だ。軽い筋肉痛以外には後遺症は無い上、筋肉痛さえ気にしなければ何時間でもぶっ続けて使える筈だし。

 そこまで試す機会は今のところないし、これからもあって欲しくはないけれど。


「それでは明日朝八時に集合でいいでしょうか。朝食は私が用意します」


 確かにもうそれなりに遅い時間だ。明日朝というのは正しいだろう。

 あと朝食を用意してくれるというのもありがたい。ここで出るビスケットだけでは気持ち的に腹が膨れないのだ。


「ありがとう。助かる」


「ああ。それじゃエイラ、頼む」


 やはりサイヤン、相当疲れている感じだ。

 一方でエイラはそうでもない感じ。魔力禁止措置を使ったりそれなりに強力な攻撃魔法を使ったりしていた筈だけれども。


「わかりました。それでは明日」


「ああ」


 昨日も泊まった部屋に戻る。テーブルに水とビスケットが補充されていた。

 ビスケットを一五枚食べ、水を飲んでそのまま横になる。眠気がすぐに襲ってきた。

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