第三二目 二人目

 移動先の詳細調査に更に一日かけて、そして翌朝、帝国標準時で9時ちょうど。


「それじゃパラミス国の遺跡へと移動しよう」


 サイヤンの言葉と同時にいつもの感覚。

 日差しが眩しい。大きな樹木が生えていないから遮るものがない。

 青い空、そしてそびえる山脈とその手前にある巨大な円錐台。

 周囲は背が高く細い草と、所々ごつごつした岩。樹木は生えていないようだ。


「東側一五〇〇延に人を確認。五名、ゆっくりと北へ向けて移動中です。

 南側およそ七〇〇延の地点に五級のサンドリザードが一体。更にその先側三〇〇延地点にやはりサンドリザードが一体います」


「つまりこの辺は問題無いという事だね、ならまずはこの遺跡の周囲を……」


 サイヤンがそう言いかけたところだった。西、遺跡側の景色が歪む。歪みの中心は俺の右側五延先の高さ一延地点。

 しまった! 今は武器を持っていない。歪みを潰す事が出来ない。かといって腕を突っ込むのは危険すぎる。


「エイラ!」


『突撃槍を出します』


 俺のすぐ前に長くて重い槍が出現する。手に取るが歪みを潰すには間に合わない。それでもエイラやサイヤンの前に出て、歪みに向けて槍を突き出す。


 ガン! 貫いた感触ではない。弾いて捌かれた感じだ。槍を戻し周囲を確認。何処かに出現するか。


『逃げます! え……』


 何が起きたかはわかる。周囲の気配や魔力が一気に感じられなくなったから。

 魔法禁止措置だ。エイラのものではない。発動時の気配が違った。


「古代魔法も発動しない。何かに邪魔されている」


 まずい。明らかに敵だ。何故こんな場所で。どうやって古代魔法を使えなくした。疑問は山ほどあるが考える余裕はない。

 

「走るぞ!」


 サイヤンが身体強化をかけて走り出した。体内で起動する魔法は使えるようだ。エイラと俺も後に続く。

 方向は北、遺跡とは違う。何故こっちなのか今は考えない。

 俺が注意すべきなのは全方向の視界情報だ。移動魔法や転送魔法が生じる歪みがないかどうか。


 見えた。前方一〇延。つまりあそこは魔法禁止措置領域の外。だが何より危険なのはその何かをこっちに出してしまう事だ。


 全力で走り槍を突き出す。手応えがあった。だがすぐ次が出現する。全力で槍を回して突く。かろうじて間に合った。

 だがすぐに次。今度は間に合わな……


 ふっと地を踏む感触が薄れる。エイラの移動魔法だ。領域外に出てすぐ移動魔法を起動したようだ。


 到着したのは見覚えある部屋。先程出発した、遺跡の中の部屋だ。

 

 はーっ。エイラのため息にも似た呼吸が響いた。


「危なかったです。何とか逃げられましたけれど」


「ああ。まさか魔法禁止措置、それも古代魔法まで使用出来なくなるとは思わなかった」


 サイヤンもはあっ、と息をついて椅子に座り込んだ。俺達も手近な椅子へと腰掛ける。


「それにしても襲ってきたのは何処の勢力なのでしょう。魔力はバタラに酷似していましたが」


 そう。確かにバタラに酷似していた。魔法禁止措置が取られるまでのほんの短い間だったから自信はないが。


「バタラ本人だろう、あれは」


 サイヤンがとんでもない事を言う。


「バタラは自爆魔法で死んだ筈です」


 そう、確かに死んだ筈だ。入れ替えなんてのは無い。俺の目の前だったから間違いない。


「だから次のバタラなんだろう。

 元々バタラは作られた存在だからさ。王家の血を引く適当な人間がいれば作る事が可能だろう。

 そんなに難しい事じゃない。祝福の洗礼とほぼ同じ方法の筈だから。人数が一人で済む分ずっと簡単だろう」


 確かにそう言われれば不可能ではないかもしれない。でもまさか教主家からもう一人犠牲者を……


 そう思って、そして思い出した。皇族とか王家とは神が操りやすい性質を持った一族。そうサイヤンが言っていたなと。


「王家というのは道具なのですね、神の」


 エイラも同じ事を思ったようだ。


「そういう事さ。最初に俺達と戦ったバタラだって一人目ではないかもしれない。

 それに王家というか教主家の一族なら古代の遺物とか他にない知識とかを持っている可能性はあるしさ。


 それにしてもまさか古代魔法すら使えなくする手段があるとは思わなかった。この辺は要確認だね。あとバタラがあの遺跡まで追っかけて来た方法もさ」


「そういった事も調べられるのですか?」


 エイラの質問にサイヤンは頷く。


「ああ。そういった古代の知識を調べるのは簡単らしい。此処に資料室があるとさ。

 残念ながら本形式ではなく古代語による問答形式らしいけれど」


 問答形式の方が知りたいことを調べるのには適している気がする。それでも本がいいというのはサイヤンの趣味みたいなものだろう。


「バタラがどうやって僕らを追いかけてきたのか。追いかけられる範囲はどれくらいなのか。無効化する方法はあるのか。


 まずはその辺りを知らないと脱出出来ない。いつまでも追いかけられたりするのは勘弁して欲しいからさ。

 期限があるから少しばかり本気で調べてくる。なので留守を頼む。


 あとバタラが外でやいのやいの言ってくると思う。此処に籠もっているだろうというのはわかるだろうしね。

 ただ基本対応はしなくていい。今の段階で友好関係を結べるなんて可能性はまず無いからさ。


 遺跡の中に入ってくるという心配もしなくていい。その辺は僕が何とかしておくから。暇なら遺跡の中を見回ってみてもいい。問題がある場所はない筈だから。

 それじゃ行ってくる」


 サイヤンはそう言うと部屋から出て行く。俺とエイラは取り残された。

 エイラがくすり、と笑う。


「何か前と同じですね。別棟でサイヤンが資料を調べに出向いた時と」


 確かによく似たパターンだ。サイヤンが調べに行って俺達が取り残されるという意味では。

 ただし違う点もある。


「今回はサイヤンがクッキーを持って行っている。だからなかなか帰ってこない可能性がある」


 腹が減って時間に気がつくという可能性が無くなった。つまり本人がその気になるまで帰ってこないという事になる。


「ならここの遺跡の中を探索しに行きませんか。それまでの間の暇つぶしの一環として」


 確かにそれも悪くない。少なくともこの部屋に閉じこもっているよりずっとましだろう。


「そうだな。行くか」


「ええ」


 俺達も立ち上がり、そして扉に向けて歩き出した。

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