第二八目 彼では無い彼

 なるほどな、俺は気づく。サイヤンやエイラはこれから脱出する立場なのだと。いや、既に脱出してこれから別の世界に行く途中というべきか。


 俺は既に一度脱出に成功している。農業許区を出て学園許区へと。

 そして数年で諦めてしまった。脱出しても更に救いのない場所が待っているだけ。そう感じてしまったから。


 しかしエイラは新しい世界に希望を持っているように見える。料理を教わったり試作したり、自然で得られる食物について俺に話を聞いたりするのはその発現だろう。


 一方でサイヤンは素直に新しい世界に移行できるとは信じていない。その一端にはサイヤンが語った皇族と神の関係がある。


 そして神はどうやら俺が思う以上にこの世界を実際に・・・動かしているようだ。サイヤンが語った内容とここ数日の経験でそう実感する。


 俺は何処に行くのだろう。この何処というのは場所でも将来の道筋でもある。

 そこに俺は希望を持っていいのか。それともまたもっと救いのない世界が待っているだけなのか。


 そんな事を考えているうちに左側の壁に開口部が見えた。ベルデド帝国の時はダッシュで入った入口を今度は歩いて通過。

 中はベルデド帝国の時と全く同じだ。左右の壁にテーブル状のものが出っ張っていて、それ以外は何もない白い部屋。


 サイヤンが例によって不明な言葉を呟く。入ってきた入口が消えて壁と同化し、代わりに反対側に入口が開く。


「さて、行こうか」


 サイヤン、エイラ、俺という順で入口へ。幅二延くらいの今までと比べれば狭い廊下っぽい場所を歩く。長さは五〇延以上はある。


「長いな」


「目的の部屋は遺跡の中央部にあるからさ。半径分に近い位は歩く事になる。あとこの左右にも実際は部屋があるんだ。用途は不明だけれどさ」


 ん! 俺は何か違和感を覚えた。

 古代書の作者はこの区画へ入れなかった筈だ。なら目的の部屋が遺跡の中央部にある事、この左右に部屋があるという事はどうやって知ったのだろう。

 言い伝え等で知ったのだろうか。それとも……


 いや、違和感はそちらではない。サイヤンの方だ。俺はその事を心に留めつつ今は気づかないふりをする。


 正面は壁だ。五延くらいまで近づいた時、サイヤンがまた何かを唱えた。すっと入口が開く。


 中へ入る。白くてそこそこ広い部屋だ。左右の壁まで四延くらい、前の壁まで八延くらい。つまりは一辺八延くらいのの正方形だ。天井はそこそこ高め。三延くらいだろうか。


「ここが目的の部屋か」


「ああ、そうだ」


 ここで俺は気づいた。さっきの違和感は気のせいではない。

 これは違う。気配も魔力の形もサイヤンだが間違いない。


 ここで口にすべきか様子を見るべきか。ほんの少しだけ逡巡した。しかし時間経過が命取りになるパターンだとまずい。

 だから俺はこうエイラに告げる。


「エイラ、確認してくれ。今のサイヤンが・・・・・・・完全にサイヤンかどうか」


 エイラはびくっと身体を震わせ、それから何か魔法を起動した。


「魔法ではわかりません。同じに見えます」


 ならば間違いない・・・・・・・・


「なら俺から問おう。サイヤン、今のお前は誰だ。神と呼ばれる存在か? それとも他の誰かか?」


 サイヤンは振り返って俺の方を見る。


「何故そう聞くんだい、アラダ」


 口調は間違いなくサイヤンだ。だが俺は迷いを断ち切って告げる。


「いつものサイヤンなら区別する。伝聞で自分が確認出来ていない事と、自分が確認した事とを。

 だから古代書で知っていたとしても、此処が目的地かという質問については断定はしないし出来ない。そのようだ、とか、そう書いてあった、と答える筈だ」


 サイヤンの姿をした存在はふっと苦笑いに似た表情を浮かべた。


「この部屋を知らない僕なら断定はしない。断定できるならこの部屋を知っている別物という訳か」


「ああ」


 その通りだ。


「思考パターンをそのまま乗っ取ったのは失敗だったな。知識によって言葉を使い分けるなんて。本人が意識していなかったのもあるけれどさ」


 サイヤンの身体を使っている存在は認めた。彼がサイヤンでは無い事を。


 さて、この先どう出るべきか。サイヤンは言っていた。皇族は神に操られやすく作られた一族だと。そしてここは神殿。なら今のサイヤンを操っているのは神だろう。

 神ならこちらをどうにでも出来る筈だ。だから用心しても仕方ない。なら素直に聞いてみるのが手っ取り早い。


「皇族は神に操られやすい血筋と聞いた。なら今俺と話しているのはいわゆる神と呼ばれている存在と思っていいのか?」


「神をどう定義するかによるね、それは。

 天地を創造した者を神と呼ぶなら、今ここで話している僕は神じゃない。しかしこの遺跡を使用して現在の人間を管理している存在を神と呼ぶなら、確かに僕は神だろう。僕としては神と呼ばれるのに違和感を覚えるんだけれどさ」


 サイヤンをのっとった存在はそう言って肩をすくめる。そのわざとらしい仕草はまさにサイヤン本人だ。


「それで俺達やサイヤンをどうするつもりなんだ」


「どうもしないさ。ただこの辺の神具の操作はサイヤン君の知識には無いんだ。

 だからサイヤン君のふりをして手伝おうと思っただけさ。僕の方が知識がある分、サイヤン君より導き役として適役だと思ったんでね。


 見破られては仕方ない。このままじゃ自然な回答を得られないだろう。だから僕は必要な知識をサイヤン君に渡して撤退することにしよう。今日のところは」


 サイヤンがふらっと倒れかける。俺はダッシュして抱えた。一瞬サイヤンの身体全体がぐにゃりと力を失って重くなり、そして次の瞬間元に戻る。


 目を瞑っていたサイヤンが目を開いた。


「悪い、アラダ。もう大丈夫だ。ありがとう」


 うーむ。ここはやはり一言言っておこう。


「悪いが本物だという確証が持てない」


「まあそうだろうな。身体も魔力も思考パターンも僕のをそのまま使っていたようだしさ」


 ここは確認が必要だ。


「何故その辺がわかるんだ?」


「乗っ取られていても意識はあるんだ。視界も五感も残っている。ただ身体を操作できなくなるだけでさ。だから今のやりとりは全部見て聞いているわけだ」


 なるほど。


「まあ今は本人だと認めておこう。失敗をリカバーした神だとしても見分ける方法はない」


 俺の五感はサイヤン本人だと判断している。ただ確証を持てる方法がないのでこういう言い方になる。


「そうしてくれれば助かる」


 サイヤンはいつもの表情と調子でそう返した。

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