第二六目 剣呑な方
他国と接触した罪か。それってもしや……
「俺達がバタラと会話した件か?」
「そのようです」
返答はサイヤンでは無くエイラからだった。
「別棟で私達を襲撃したのと同時に別の部隊が学長室を襲撃しました。即断刑ですので学長を処分した後、死んだ学長に対して犯罪事実を宣告。
宣告によると犯罪要旨は『自分の部下として学生三名に下命しベルデド帝国と接触させた』事だそうです。
なお同時に学長の部下として動いた学生三名に対する即断刑手配を宣言しています」
現在及び過去の状況を確認出来る魔法は幾つか存在する。即断刑執行後に犯罪要旨を宣言するのは、それら魔法で事実確認をされた際、即断刑が適正なものであった事を疎明する為だ。
「この辺は僕の失敗だね。もっと注意しておくべきだった。ファシア様の性格はわかっていたんだからさ。剣呑で権力志向が強いおばちゃんだからね、あの人は」
「そうなのですか」
エイラは知らなかったようだ。ちなみに俺も初耳だ。
「王族とファシア様付き以外は知らない実態さ。何せ危なすぎて王宮に閉じ込めている位だから。
全知は他の人に換えられないからさ。問題が起きないように一定区画に閉じ込めて、接触できる人間を厳選しているんだ。そのせいで余計に剣呑になったとも言われているけれどさ。僕から見ればあれは元からの性格だね」
世間一般ではファシア様は全知の聖女といった感じに伝えられている。実像とくらべるととんでもない違いだ。
「ならファシア様はどんな意図で学長を処刑したのでしょうか。学長の話ではファシア様と連絡は取れていると伺っているのですが」
「自分に責任がかかってこないようにだろうね。連絡を取っていたのは本当だろう。だからこそ僕達とバタラが接触した事をまずいと感じたんじゃないか。全知以外でもある程度の情報は魔法その他で手に入るからさ。
自分に疑いがかかる前に学長を処刑して、自分は潔白だと主張する。多分そんなところだよ。後は学長の存在も気に入らなかったのかも知れないね。天識は神の指示を伝える天授、つまりは人の立場で知識を処理する全知とは本来対立する存在だからさ」
サイヤン、あっさり。言い足りなかったのか、パンにバターを塗りたくりながら更に続ける。
「全知というのは本来、人間を代表する立場とされているんだ。神の命令を執行する皇帝や王なんてのの対立軸として、神が作られしシステムの中でね。
だからまあ割と俗というか、人間的欲望たっぷりという輩が多かったりする。帝国に限らずさ。全知という能力は清廉潔白で無欲な人間には耐えられない、なんて理由もあるのかもしれないけれど。
だからファシア様が学長を切ったのはとくに僕は驚かない。そして皇帝も救おうという気は無かったようだしね。もしそうするなら先に手を打っているだろうしさ」
「何というか、幻滅という表現が正しいのでしょうか」
エイラが言う意味は何となく理解出来る。
全知であるファシア様は国民の味方で、故に皇帝から封じ込められている。一般にはそう伝えられているから。
「幻滅するのはまだ早いよ。皇族なんてやっているとうんざりするほどの幻滅と閉塞感に苛まれるからね。僕はもう慣れたけれどさ。神に、皇帝に、全知に、そして世界に。
まあだからこそ古代遺跡とか古代魔法とかに興味を持ったのだろうけれどね。此処ではない救いとしてさ」
サイヤンはそこまで言って、そしてバターをたっぷり塗ったパンを一気に頬張った。
「ならこれから私達はどうすればいいのでしょうか。帝国に戻れない事は覚悟しています。この遺跡か他の何処か住みやすいところ、帝国の力の及ばない所へ逃げて暮らしていけばいいのでしょうか?」
サイヤンが手をあげた。ちょっと待ってくれと言う感じだ。理由はわかる。頬ぼりすぎていて喋れない状態なのだ。
なので俺達は少し待つ。
サイヤンは頬張ったパンを全部飲み込み、更に水を飲んだ後、再び口を開いた。
「まあ最終的にはそう
学長が天識で知ったといったよね。神に見放されるって。
その事自体は嘘ではないと思うんだ。そこで学長がどう動くつもりだったのかは別としてさ」
「その事態を回避する事が出来る。そういう事でしょうか」
「まだわからないけれどね」
サイヤンはそう言って、スープをがっと具ごと飲み込むように食べてから続ける。
「まだこの遺跡の探索はしていない。やっと中に入ることが出来た。それだけの状態さ、今は。
既にこの遺跡の構造は古代書で読んで知っている。ただ本に書かれている事と現状が同じなのか、僕もまだわからない。
だから今日はこれから調べようと思っているんだ。この遺跡の現在の状況についてをさ」
なるほど。
「つまり学長の遺志を継ぐという訳でしょうか」
「遺志なんてものじゃないさ。学長は学長で天識で知った事態を利用して自分の地位向上を図ろうとしただけだろうしね。国にはからずファシア様の承認を得ただけで動く理由なんてそんなところさ」
サイヤンはまたパンを手に取ってバターを塗り始めた。いっぽうで口は喋る方で動き続ける。
「それにこの課題を解かないと面倒な事になりそうな気がするんだ。皇帝が神に操作されているのでわかるとおり、この世界は神の意志が随所に働いているからさ。
僕達がここにやってきたのもきっと神の意志が働いた上での事だと思う。ならある程度の解決をしておかないと、後にしっぺ返しをくらいそうだ」
神罰を恐れて、という事か。そう俺は理解する。
ただサイヤンに取っての神という存在は、俺にとってのものとは違うような気がする。だから正確に理解したとは思っていない。
そもそもサイヤンは知識を得ることこそ生き甲斐、と感じている節がある。だからひょっとしたらこの遺跡をもっと探索したいだけなのかもしれない。
まあそれならそれで構わない。何せ行動の指針なんて物は現時点では無いのだから。
既に死亡した学長の依頼以外には。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます