第二三話 強襲

「移動します」


 エイラの言葉とともに再び移動する。移動場所は1階、食料庫だ。

 同時に俺の脳裏にエイラかららしい魔法の視界が映し出される。二階のさっきまでいた偉い人用の部屋だ。そこに明らかにフル装備の兵士が五人、姿を現した。


 格好から見るにメクネサール帝国の騎士だ。肩章は親衛騎士団第一中隊、王族等の直衛を主な任務とする精鋭部隊。


「まずいな。とりあえず食料を持てるだけ持って逃げるぞ」


「何処にしますか」


「古代遺跡だ。さっき行った方じゃない」


「わかりました」


 食料庫の棚にあった食料色々がごそっと消える。

 二階の部屋から兵士の魔力反応が動き出した。廊下に出て、階段を降りる。


「古代遺跡に誰かいます」


「かまわない。移動する」


 サイヤンの言葉とともに風景が歪んで、そして。

 暗い場所に出た。遺跡、古代魔法で出るのと反対側だ。

 そして遺跡の反対側に気配と魔力反応多数、うち一人は英雄級。


『ここへ来ると思っていた。我が教国の神殿を犯した罪をここで……』


「エイラ、魔法禁止措置、最大限!」


 バタラ王子の伝声魔法の途中でサイヤンからの指示が飛ぶ。


「わかりました」


 周囲の気配が変わった。魔力が見えなくなったせいだ。

 それでもその直前、俺は気配と魔力反応を捉えていた。合計で一二。どれもある程度知っているものだ。一つは直接、他はエイラの遠視経由で見て。


「アラダ頼む。作戦は教国に行った時と同じだ。最初に一発強烈な光魔法を食らわせる。必要に応じて適宜光魔法を使うからその時は目を閉じて手で瞼を押さえてくれ」


 サイヤンが俺達しか聞こえない位の声でそう囁く。


「わかった。敵は全滅させていいんだな」


「頼む。それじゃエイラも目を閉じて手でガードしてくれ」


「わかりました」


「わかった」


 俺は言われた通り目を瞑り腕で瞼を覆う。すぐに覚えのある圧倒的な熱量が襲ってきた。そして。


「頼む」

 

「わかった」


 俺は全力で遺跡の反対側、広場のある方へ。

 五数える程度で全員が視界に入った。暗くても俺の目はある程度は見える。


 広場と遺跡までの通路にいるのは前に此処にやってきたベルデド教国の兵、二列に五人並んでいて合計で一〇人。その奥にあの時の指揮官とバタラ王子がいる。


 自爆されると面倒だ。だから大技で一気に決める。ブロードソードで全力横薙ぎ。手前側にいた四名の首から上を防具ごと切断。

 次の一歩で今度は反対に剣を薙ぐ。更に敵を二名殺したところで一度後方へ下がって状況確認。


「一度離れてくれ」


 遠くからサイヤンの声。光魔法を使うという事だろう。


「わかった」


 更に下がって右側に回り込み遺跡の陰へ。サイヤン達が見える場所まで後退。


「目を瞑れ!」


 サイヤンの声。目を瞑り左腕で両目を押さえる。再びあの熱量。


「敵兵士が動き出した。二名ずつ左右に別れて遺跡周回路に入っている。目は潰したが記憶で追ってきているようだ。近くに来たら自爆する気だろう」


「わかった」


 俺はダッシュしつつ左の太股脇につるした短剣を一本取り出す。こちらへ迫る兵士の顔面目がけてまず一本。

 顔を押さえて倒れたが自爆しない。その場で起き上がろうとする。


 残った敵は今倒れたのを含め兵士四、指揮官一、そしてバタラ。

 兵士のうち二名は遺跡を反対側へと回ろうとしている。このままではサイヤン達が危くなる可能性が高い。ならばだ。


「倒れたのを含め兵士には近寄るな。多分バタラの命令で自爆させるつもりだ。奴は目を潰しても天授もどきで見て指示する事が可能なようだ」


 後ろからサイヤンの指示。古代魔法に拡声魔法があるのか、ここまで余裕で聞こえる。


 しかし実は自爆されても問題ない。俺の天授ならば。

 俺は剣を左側路面外へ投げ捨てる。ここから先は邪魔になるから。

 本気で天授を起動した俺の腕力の前では剣などあっさり壊れてしまう。だから素手の方がいい。


 俺は意識して俺の天授、蓄力を起動する。足に力を込め、そして。


 天授『蓄力』五割で走り出す。遺跡の周囲を回る緩いカーブから外れない程度に力をセーブ。近付いた兵士一人を遺跡と反対側に殴り倒し、その先にいる目を抑えて倒れている兵士を踏みつけ、更に前へ。


 広場方向は無視して遺跡を周回する通路へ。すぐに次の兵が視界に入った。勿論殴り倒す。さて次の兵と思った時だ。ふっと移動魔法の気配。


 周囲を確認。遺跡の東、古代魔法で移動すると出る広場だ。遺跡の方で木々が倒れる音。自爆兵が爆発したようだ。


 魔法禁止で気配を感じない。だからサイヤン達の方がどうなのかはわからない。だが俺を古代魔法で移動させた以上サイヤン達は無事なのだろう。そう判断する。


 なら俺がやるべき事は敵の撃破。足が地を掴むと同時に俺は人影の片方へ駆け寄る。狙うのはバタラでは無く簡単に片付きそうな指揮官の方。


 ぶん殴って吹っ飛ばす。指揮官は五メートル以上向こうへ。


 離れた場所で爆発音がした。俺が倒した一人目と二人目がいる方向だ。


「こっちは二人とも無事だ。残った兵士はいない。バタラを頼む」


 サイヤンの声。やはり拡声魔法の類いだろう。魔法禁止措置は働いているから古代魔法の。


「わかった」


 聞こえないだろうけれどそう返答し、蓄力を起動させたままバタラに向かい合う。バタラは目を瞑ったまま剣を構えた。

 剣はまっすぐこっちを向いている。天授もどきでこっちが見えているのだろう。

 

 バタラは英雄級の魔力反応を持っている。魔法禁止措置発動前に確認した。戦闘タイプはおそらく万能型の魔法剣士。偵察でも正面戦闘でも無難に強く弱点が少ないタイプ。


 しかしそれならば問題ない。魔法禁止措置が起動していて、そして今の状態の俺ならば。


 バタラが剣で俺に襲いかかる。突いてくる姿勢だ。

 俺は素手、だからリーチが長い有利さを活かすつもりだろう。問題ない。今の俺には間合いすら無意味。


 左手で剣を払い、右拳で奴の胸を殴る。奴の鎧があっさり凹む。内側へ衝撃が伝わった確かな手応え。

 しかし次の瞬間。


「一人は倒させて貰うぞ!」


 そんな叫びの直後に圧倒的な熱量と圧力。

 反射的に天授『蓄力』を全力発動し後方へ跳んだ。目の部分だけは右腕で覆って隠しつつ、ついた地面にそのまま突っ伏して爆風が止まるのを待つ。


 自爆魔法だ。なんとバタラ自らが自爆魔法を起動しやがった。


『大丈夫か!』


 サイヤンの秘話魔法が通じた。魔法禁止は解除したようだ。周囲の気配が戻っている。

 つまり奴は問題なく、敵は全滅したという事だろう。俺の感覚もその判断を裏付ける。


『問題ない。俺は鎧より頑丈だ。そっちは』


『遺跡の反対側だから問題無い。エイラも無事だ』


 なら全然問題はない。

 俺の天授『蓄力』は魔力を身体に止めて強化する能力だ。フルに起動すれば身体や筋力が数十倍になるだけではない。身体表面も鎧より遙かに強靱になる。


 十数秒経過。音と熱量が去った。もう大丈夫だろう。目を塞いでいた腕をどけて俺は立ち上がる。


 目に入るのは今まで以上に焼け焦げて折れた木々。えぐれた地面。そして変わらぬ状態の遺跡と広場や通路の石畳。

 自爆した兵士やバタラの姿、殴って倒した兵士らの死骸はかけらすら残っていない。


「アラダ、無事か!」


 サイヤンとエイラが駆け寄ってきた。俺は軽く右手を振る。


「無事だ。多分怪我もほとんど無い」


 そう言ってから微妙な感覚の違いに気づいた。左手で頭を確認。あ、これはまさか……


「身体には異常はありません。ただし装備や体毛は壊滅的被害を受けているようです」


 そのようだ。髪や服は炭化してボロボロの何かが付着しているだけという状態。鎧すら金属部分が溶け落ちたり変質したりで崩れてしまった。


「髪にまでは天授は効かなかったようだな」


「眉毛、睫等もです。あと神札が落ちています」


 エイラの視線の先は俺が伏せていた場所。そこには確かに俺のベルトと貴重品ポーチの残骸。外形も中身もほとんど原型を残していない中、神札だけは泥をかぶりつつもそのままの形で落ちていた。

 俺は神札を拾い上げる。


「酷い状況なので清拭魔法を起動します」


 エイラの言葉とともに俺の周囲を涼しげな気配が通り抜けた。そして……


「服や鎧が消えたぞ」


「魔法がゴミと判断したのでしょう。ボロボロ状態でしたから。無事なのはアラダの身体だけのようです。体毛以外の」


 ちょっと待ってくれ。流石に全裸は勘弁して欲しい。


「僕の服を貸そう。全裸よりはましだろう」


 サイヤンがアイテムボックスから服を出してくれた。

 サイヤンは身長は俺と同等だ。しかし体格がかなり違う。シャツやパンツ等は入りそうにない。ズボンも太さ的に無理。


 仕方ない。下半身は身体拭き用の長布を巻いて誤魔化す。上は何とか身体を入れられるガウンを羽織った。履き物はフリーサイズのサンダル。

 なかなかに悲しい格好だ。それでも全裸よりは大分ましだろう。


「では治療魔法で体毛を元に戻します」


 ふっと体表に熱が加わる感覚。俺は頭を手で押さえて確認。


「髪が復活した。でも短いな」


「それ以上体毛を回復させると他の部分が面倒になります。バランスはあとで取るとして、今はそれで我慢して下さい」


 妥当なところだろう。服装も普段のサイヤン以上にいい加減な状態だしぜいたくは言うまい。むしろ丸坊主でなくなった事に感謝だ。


「ありがとう。これで少しは落ち着いた」


「それじゃ遺跡に入るぞ」


「わかりました」


「わかった」


 俺達は正面の遺跡へと向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る