第二二目 神殿突入

「そういう訳だ。だから早速今夜ベルデド教国の遺跡に突入しようと思っているんだけれど、どうだい?」


 サイヤン、とんでも無い事をあっさり言った。

 ただ理屈はわかる。攻撃は人が少ない深夜がいいし、やるなら早い方がいい。なら最適なのは今夜だ。


「行くのは三人全員でいいのか?」


 攻撃担当の俺と。古代魔法担当のサイヤンは絶対。

 そして万が一敵が魔法禁止を解除した場合を考えるとエイラもいた方がいいだろう。


「ああ。万一を考えるとエイラがいた方がいい。エイラなら魔法禁止領域でも自己防衛の魔法や身体強化魔法は使えるだろう。あと魔法禁止が解除された時に単独で魔法禁止領域魔法を起動する事も」


「ええ。ただ魔法禁止領域内では自己防衛や身体強化の魔法効果は自分だけとなります。魔法禁止領域も一人で発動できるのは自分を中心に半径三〇〇延程度です」


「やっぱりエイラは特別だな。魔法禁止領域なんて一人だと使えても半径一〇延程度だろ、普通は。

 ただそれなら勝ちは見えた。アラダがいて古代魔法を使える僕がいるなら、魔法禁止がかかっている方がいい。応援が来るまでの間に遺跡内部の目的の部屋に入れるだろう。帰りは僕の古代魔法で帰れば問題ない」


 確かにそうかもしれない。ただ不安はまだ残っている。


「アラダと同じ近接攻撃型の英雄クラスが控えている可能性はないでしょうか」


 エイラの言う通りだ。

 どんな相手だろうとそう簡単には負けない自信はある。今まで現役兵士相手に何度か練習試合をしたが劣勢になった事は一度も無い。


 しかし万が一俺の蓄力と同種の天授持ちの兵士が相手にいたら。少なくとも経験分だけ俺より有利だろう。


 それに俺は戦いに時間をかける訳にはいかない。速やかに遺跡内の部屋を目指さなければならないのだ。戦いに手間取った時点でこの作戦は失敗の可能性が高くなる。


「サイヤン、向こうに俺クラスの兵士がいるかわかるか?」


「今のところ見かけない。ただし僕の古代魔法の遠視は視点位置が固定だ。だから感知外にいるとすればわからない。

 ただアラダのようなタイプは魔力反応が独特だからさ。いればすぐわかる筈だ。だからまあ、いないと判断しても大丈夫だろうとは思う。

 それにベルデド教国の平民は国に逆らえない。祝福のおかげでさ。だから警備も大したものではないだろう。多分だけれどさ」


 なるほど。警備は問題無いだろうし英雄クラスもいないだろう。ただし確信は持てない。そんなところか。


「さて、それじゃ今夜襲撃という事で決定していいか?」


 あとは他に聞く事と言えば……


「あちらの天候はどうなのでしょうか。あと警備体制は」


「天候は晴れ。気温は僕の遠視では見えないのだけれど服装からしてここよりずっと暖かそうだ。

 警備体制についてはこれから説明する。具体的には……」


 サイヤンは手書きの図を元に説明をはじめる。


 ◇◇◇


 帝国標準時で午前一時三〇分。


「それじゃ目を瞑って、更に手で目を覆っておいてくれ。移動直後に一発かます」


「わかった」


 サイヤンに言われた通り右腕で目を隠す。すっと浮遊感。地に足がついた感覚の直後に強烈な熱の気配。


 瞼を通して光を感じないことを確認。手をどけて目を開ける。石畳の広場。まっすぐ続いている道。正面に見える遺跡とそのこちら側に開いた入口。そして入口左右に目を押さえている警備兵四人。


「行くぞ」


 魔法禁止領域がかかっている。だから周囲の魔力や気配が読めない。慣れない感覚だが自分の目で見て動けば問題ない。

 今すぐ脅威になる敵は近くにはいない。なので真っ先に飛び出して前方、遺跡入口の左右にいる警備兵を狙う。


 目を押さえつつも構えようとした兵士をブロードソードで横殴りに叩く。更にもう一人の兵士を蹴飛ばして倒し、入口から中へ。

 ホール入り口に兵士二人。剣を構える前に一人を蹴飛ばし、もう一人を剣で殴りつける。


 これで確認済みの兵士四名は倒した。殺してはいないがしばらくは動けない筈だ。

 サイヤン達がついてきている事。そして背後や周辺に敵影が無い事を確認。魔法禁止の為、視力と音が頼りだ。


 まだ周囲に兵はいない。しかし足音らしいのがホール扉の奥から近づいている。

 今の攻撃に気づいたのだろう。人数は四人以上。


 サイヤンとエイラが中へ入ってきた。そのままホール右側の通路へと向かう。

 二人とも結構足が速い。身体強化魔法を使っているからだろう。魔法禁止領域でも自分自身にかける魔法は有効だ。


 二人の背後について走る。前に敵がいたら二人を追い越して攻撃をかけ、後ろから追いついて来るようなら一撃かます為に。

 前には敵は現れない。後ろからは追ってくる音がする。しかしまだ追いつかれなさそうだ。


 廊下の横幅は三延、天井までの高さは二延ちょっと位。左右の壁や天井、床は灰色の石。あの遺跡の外壁と同じに見える。おそらくこの辺も各遺跡共通なのだろう。


 窓はない。壁には扉も装飾も無い。ただ壁と天井の間の隙間から光は漏れていて通路全体はそこそこ明るい。


 走りながらサイヤンが何か呟いた。前方で何やら物音が響く。


「扉を開いた。ダッシュで入って閉める。後ろの連中は無視だ」


「わかった」


 扉が開いているなら問題ない。そして身体強化魔法を使っているサイヤンとエイラの足はそれなりに速い。後ろの連中が追いつく前に部屋に飛び込んで扉を閉める事は出来るだろう。


「あそこだ」


 左側の壁に開口部が見えた。サイヤン、エイラ、俺の順に飛び込む。

 サイヤンが意味不明な言葉を呟いた。扉がすっと閉まり、切れ目が消えて壁と同化。もう扉のあった痕跡はわからない。


「これで大丈夫だろう。扉はロックした。僕と同じように古代魔法を使える人間でない限り、開けることは出来ない筈だ」


 なるほど、つまりは。


「これで安心していいのでしょうか」


「ああ。それでは神札の授与としよう」


 部屋は六延四方くらい。あまり広くはない。

 壁や天井は廊下と全く異なる。床だけは同じような石だが壁と天井は白色で艶のある金属のような素材。天井全体が発光していて部屋は明るい。


 部屋内にあるのは横長で高いテーブルだけ。入口だった場所からみて左右の壁に張り付いて設置されている。テーブルの奥行きは六〇短くらいで幅は部屋いっぱい。

 そして他には何もない。壁、天井、床だけ。


 俺は後方、先程扉があった筈の場所を見る。扉が出現したり開いたりする気配はない。どうやら安心していいようだ。いまのところは。


「それじゃこっちに来てくれ。神札を授与するのに必要らしいからさ」


 サイヤンが右の壁に張り付いたテーブルの中央付近から俺達を呼び止めた。


「わかった。何かするのか」


「ああ。このテーブルに両手の平を開いた状態で置いて欲しいんだ。こんな感じであまり力を入れずにさ」


 サイヤンはそう言って、手の平を開いた状態でテーブルの上に押しつける。


「わかりました。それも神札授与に必要な儀式なのですね」


「ああ。手の平全体がテーブルに着くように頼む」


「わかった」


 俺はサイヤンの左、エイラは右に立って、言われた通り両方の手をテーブルにつける。

 サイヤンが何事かを唱えはじめた。古代魔法か、それとも古代の神句みたいなのものなのだろうか。少なくとも俺の知っている言葉ではない。


 一分くらいとぎれとぎれに何かを唱えた後、サイヤンは左右、俺達の方を交互に見て口を開く。


「それじゃまずはエイラ、返事等は無しで自分の名前だけを、正確にはっきり発音してくれ」


「エイラ・ラシュミテ・ララヴァ」


「次はアラダだ。同じく自分の名前だけを正確にはっきり頼む」


 何の意味がある儀式なのだろう。わからないが言われたとおりにする。


「アラダ・デュラミス」


「よし、OKのようだ。手をテーブルから離して待っていてくれ」


 サイヤンはそう言うと壁に向かってまた何か唱えはじめた。途中で『サイヤン・ハルテモリー・イラ』と名前を言ったところだけ何とか聞き取れる。あとは知らない言葉か何か。


 サイヤンは一分くらいとぎれとぎれに何かを唱えて、そしてふうっと大きく息をついた。


「終了だ。神札は授与された」


 そう言うと同時にテーブル上に何か出現した。手の平大の薄板みたいな代物だ。見ると俺らしい似顔絵が入っている。他に古代文字らしきものが幾つかあるが、当然読めない。


「これが神札か」


「ああ。持っている事で閉まっている遺跡でも入ることが可能になるようだ。無くすと面倒だから大事に持っていてくれ」


「わかりました」


「わかった」

 

 いつもベルトにつけている貴重品ポーチに仕舞う。


「それでは帰ることにしよう。ただ途中、最初の目的地だったあの遺跡前の広場を経由する。魔法禁止措置がまだ発動中だから此処から普通の移動魔法を起動できない。そして古代魔法の移動魔法じゃあの別棟に直接出る事が出来ないからさ」


 サイヤンがそう言うとともに景色が薄れる。そしていつもの浮遊感。途中一瞬だけあの遺跡の景色が見えた気がしたが、それも本当に一瞬だけ。

 別棟二階の、もう見慣れた部屋に到着だ。


「思ったよりあっさり成功しましたね」


「ああ」


 確かにそうだなと俺も思う。ただ考えてみれば当然なのかもしれない。


 ベルデド教国は上流貴族家以外は祝福の洗礼を受けている。だから国民が国の命令に反して神殿を襲撃するなんて事はない。

 そして他国は祝福の神殿の位置なんて当然知らない。故に当然襲撃なんて事は無理。


 それなら警備する必要なんてほとんど無い訳だ。だから警備兵も最小限、国の重要施設としての形を保つ程度。

 故に俺達の襲撃に抵抗する程の戦力が無かった。そう考えれば結果はある意味当然なのかもしれない。

 

「いずれにせよ、今日は充分働いた気がする。あとはぐっすり寝て……」


 そうサイヤンが言った瞬間だった。部屋の空気が揺れ動いたのは。

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