第六話 襲撃
第二一目 敵国の遺跡
ベルデド教国の祝福の神殿か。他国の事だから正確な事はわからないし知らない。しかし位置づけを考えると国の重要施設に違いない筈だ。
当然警備兵も大勢いるだろう。対遠隔魔法措置なんてのも厳重に施されている筈だ。それに。
「教国の遺跡で神札を授与出来るなら、バタラが神札を使って俺達本来の目的の遺跡に入るなんて事はないのか?」
国内に現に使用している遺跡があって、しかも普通に入れる状態なのだ。ならバタラが神札を手に入れる事は難しくないだろう。
「その可能性は低いだろうと思っている。
そもそも古代遺跡で何が出来るかという事はわかっていないのが普通なんだ。祝福の洗礼なんてのがベルデド教国に伝わっている事自体がレアケースって奴でさ。
だから神札授与が出来るという事、神札で遺跡に入れるという事は知らないのだろう。神札授与の部屋の存在を知らないなんて可能性も高いね。開け方を知らなければ部屋があるとはわからないからさ」
確かに帝国でも古代遺跡の使い方なんて情報は聞いた事がない。国内に既知の古代遺跡はあるらしいけれど。納得だ。
「サイヤンの古代魔法ではその遺跡をどこまで見る事が出来るのですか」
今度はエイラが質問。
「僕達の当初の目的だった遺跡と同じ程度さ。五〇延東側から見た状況程度だ。古代魔法の欠点でそれ以上細かいところはわからない。
確実なのは入口が開いたままの状態になっている事。衛兵が最低四人は警備をしていること。
あと魔法禁止領域の術式が周囲にかかっていること。これは遺跡の機能ではなくベルデド教国が仕掛けているのだろうけれどさ。
だから我が帝国の移動官吏や移動管理官を現地に移動させて場所を教え、戦争として攻撃させるなんて事は出来ない」
そうなるとだ。
「もし中に入るとするなら、俺が先陣切って押し入るしかない訳か。力尽くで警備兵を排除して」
「そういう事さ。幸い内部構造はわかっている。本にあったから書き写して来た」
サイヤンは紙片を取り出して俺とエイラの間に置く。そしてついでにバターを塗ったパンを口へと放り込んだ。
サイヤンの手書きの図によると、出現可能場所は遺跡の外。遺跡入口の東側五〇延の位置にある石畳の広場。そこから遺跡入口まで石畳の道。
そして遺跡の大きさは直径二〇〇延の円形。ここで俺は気づいた。
「これって本来の目的である遺跡と同じ形じゃないのか」
サイヤンは頷く。
「ああ、全く同じ造りさ。同一規格で作られた同じ機能を持つ遺跡らしい。大きさも形も方向も、内部構造も全く同じだ。機能もおそらく同じだろう」
という事はだ。
「まさか我が帝国もあの遺跡を使って自爆兵を生み出せって事か、神の指示は」
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」
サイヤンはパンにバターを塗りつつ、いつもと同じ調子で続ける。
「ただ僕達はそうしろと学長から命令を受けていない。受けたのはあくまで調査だけ。
そして遺跡を調査した結果どうするかについては学長から全権委任に近い形の承諾を得ている。
『私を遺跡に行かせた事で生ずる結果については甘受していただきます』
僕はあの場でそう言った筈だからさ」
なるほど。
「ならあの遺跡を開放して国に委ねる、なんて事はしなくていい訳か」
「ああ。調べた後どうするかについてまでは指示されていない。なおかつ結果がどうなっても構わないとの承諾済み。
どっちにしろ国法にガンガン背いているからさ。今更何をしようと僕らは帝国には戻れないだろう。だから何をしてもしなくても問題はそう変わらない」
確かにそうだ。そして今の言葉で俺は気づいた。サイヤンはこの件が終わった後、帝国から逃走するつもりだと。
考えてみれば当然だ。俺達は既に第一級禁止物である地図を見ているし、許区外に何度も移動している。今更戻れる筈はない。
「ならサイヤンはこの遺跡探索に何を求めているのでしょうか。学長の言うところの、神に見捨てられる事態を防ぐ為でしょうか。それとも最初から帝国脱出に利用するつもりだったのでしょうか?」
「エイラの場合は脱出が第一目的だろ。アラダもきっと似たような感じだろう。此処ではない何処かへ行きたかった。言葉にするとそんな感じでさ。
僕も脱出は目的のひとつだ。しかし知的好奇心という奴の方が大きいかな。遺跡に何があるだろうという。
さて、それじゃ本題に戻ろう。しかしその前に夕食ごちそうさま。思った以上に食べてしまった。やっぱりパンにバターというのは普遍的な真理だと思うのだよ。なので明日も頼む」
サイヤン、実際かなり食べている。エイラが作ったパンは大きさが概ね握りこぶし二個分サイズ。それを二個、たっぷりバターをつけて食べたのだ。これはどう考えても……
「太りそうな食生活だな。これは」
「生憎体質でさ。これだけたっぷりバターを使っても全然太れないんだ。それはそれで結構困っているんだけれどさ。まあそれはそれとして。
本題だ。この遺跡についての」
サイヤンはそう言って、そして俺とエイラの中間地点にある手書きの図をテーブル中央に引き寄せる。
「やるべき事は簡単だ。この広場に出現して、全力で走ってこの遺跡に入る。遺跡に入ったら右側の廊下に入りそのまま廊下を道なりに前へ。
この通路はゆるいスロープになっている。外周に沿ってぐるっと回って四分の一、二階相当部分の扉の中に目的の部屋があるはずだ。
そこの扉は閉まっているが古代魔法で開ける事が可能とあった。入って扉を閉めればゲームセット。あとはのんびり神札を拝受すればいい」
何というか、それは……
「強行突破だな。作戦もあったものじゃない」
「まあそうだけれどさ。兵が少なくてアラダがいれば充分可能だろう。違うか?」
俺一人なら可能だ。しかし他にも誰かいるなら話は別。
「警備兵の人数と状況によるな。近づいたら自爆なんてのが何人もいたら洒落にならない」
「深夜なら遺跡入口に二名、中に入って正面一〇メートルの中央ホール入口に二名だけだ。ホールの中はわからないけれどさ。
右への外周通路に入ってしまえば多分問題はない。そちら側は使っていないようだし、兵がいるなんて可能性は少ないだろう。
あと自爆兵もこの領域での自爆はしないと思う。万が一にも遺跡、いや祝福の神殿に何かあってはまずいからさ」
「それでも危険すぎる気がします」
流石にエイラが突っ込んだ。
「それにこの遺跡、同一規格で作られた同じ機能を持つ遺跡と伺いました。なら他にもっと安全に入れる遺跡はあるのではないでしょうか」
「さっき言わなかったかい?」
サイヤンはニヤリと笑って、そして続ける。
「同じ遺跡は此処と祝福の神殿以外に最低一四は存在する。学長が持ってきた地図に描いてあるんだ。場所を示す文字列付きでさ。
ただ残念ながらそのうち四箇所は壊れて機能停止。残り一〇箇所は俺達が行った遺跡と同様、入口が閉まっていて入れない。
つまり機能が生きていて、入る事が可能な遺跡は現状ベルデド教国のこの遺跡だけさ」
結論が出た。
「つまり、どうしても祝福の神殿を攻略しなければならない訳か」
俺一人なら普通の兵士が何人いても問題なく倒せる自信はある。しかし古代魔法が必要となると最低でもサイヤンは連れて行かなければならない。
魔法が使えない状態ならサイヤンの戦力なんてほとんど無いのと等しい。せいぜいちょっと優秀な兵士一人分程度。
ん、待てよ。俺は気づいた。普通の魔法は使えなくても……
「普通の魔法が禁止されていても、古代魔法で行く事は可能。つまり古代魔法ならその神殿でも使用可能という事で良いでしょうか」
エイラも俺と同じ事に気づいたようだ。サイヤンは頷く。
「その通り。まあ今回使えそうな古代魔法は三種類しかないけれどさ。
うち一つはご存じの通りの移動魔法。融通が利かないちょい不便な移動魔法だけれどさ。最悪の場合はこれで逃げるというのは有りだ。
二つ目は扉を開け閉めする古代魔法。これは古代遺跡のどの扉でも、ロックがかかっていない限り開け閉めする事が出来る。つまり目標の部屋の扉を開く以外に、既に開いている扉を閉めるなんて事も出来る訳だ。
三つ目は古代魔法の光魔法。本来は照明用だが対人用の目潰しなんて事にも使える。
威力そのものは三分目が見えなくなる程度。しかし向こうへ移動すると同時に起動したら警備の兵士の動きも大分制限されるだろう。
とまあ、武器はこんな感じだ。どうだい。これで少しは成功の可能性が上がったと感じてくれないか?」
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