第六目 今日の方針⑵

「さて、これで僕が今現在わかる事は全てだ。そして次に話すべきなのはこれからどうするかについてだろう。

 そこで僕からの提案だ。この施設の確認は最小限にしてさ、出来れば日のある内に現地へ行ってみたい」


 急いで現場か。らしくない意見だ。

 案の定エイラから異議が出る。


「何故でしょうか? 此処の設備や主要装備の確認を先に行う方が一般的だと思われますが。それに許区を超える無断移動は即断刑の対象となります」


 俺もその通りだと思いつつサイヤンの方を見る。

 奴は肩をすくめて見せた。


「この地図を見た時点で即断刑の対象さ。此処から出た時点で思考監視官に気づかれる。学園許区内にはいないだろうけれど。

 それに一度移動して、魔法的に現地を覚えておいた方がいいだろう。そうすれば遠視魔法で付近の様子を確認したり、より便利な場所へ移動魔法で行ったり出来る。

 ここの詳細調査は暗くなってからでも可能だ。だから野外活動の方を明るいうちにやっておきたい」


 なるほど、一理ある。確かに野外活動は明るい内に行うのが鉄則だ。

 しかしエイラには別の意見があるようだ。


「移動や遠視はサイヤン様の古代魔法が使えれば十分では?」


「様はやめてくれ。学長の前ならともかくこういった時は。あと古代魔法はこういった探索を行うのに不便な面が多いんだ」


 サイヤンはそこで一息置いて、そしてまた説明を続ける。


「理由は大雑把に言って二つ。

 まず理由その一。古代の位置表示は細かい場所の指定に向いていない。一〇〇延四方くらいは同じ数値で表してしまう。


 だから寮の自分の部屋に戻りたいなんて時には不向きだ。寮の自室に出るつもりでも、男子第三寮前の広場に出てしまう。移動先に出来るのは大体一〇〇延四方に一箇所だと思って欲しい」


 待てよ。俺は思う。もしそれだけ広い場所が同じ数値なら、移動する先はどうなるのだろうか。


「同じ数値を指定すれば毎回同じ場所に出るのでしょうか? それともその同じ数値の範囲にある任意の場所を指定出来るのでしょうか?」


 エイラも俺と同じ疑問を持ったようだ。


「毎回同じ地点に出る。任意に動かすことは出来ない。それが答さ。

 思うに通常の数値指定でちょうどの場所と、若干誤差が出る場所があるのだろう。そして男子寮を示す数値でちょうどの場所が第三寮前広場という訳だ」


 サイヤンは頷きつつそう説明し、更に続ける。


「そして理由その二。古代魔法式に数値で指定する場合、その少し北、少し南というように位置を変化させて魔法を使う事が出来ない。

 数値をいじって少しだけ違う場所を指定するなんて事は無理らしい。故にこの数値を使った場合、一カ所からしか遺跡を確認する事が出来ない。

 その点普通の移動魔法や遠視魔法は融通が利く。移動可能な地点から少々離れた場所へも移動や遠視が可能だしさ」


 なるほど。ただその辺の魔法が使えない俺にはそういった応用具合がわからない。だから質問させて貰う。


「普通の魔法の場合、どれくらいの範囲を指定可能なんだ?」


「行った事がある場所から概ね一〇〇延程度でしたら可能です。その場合の指定は行った事がある地点に遠視魔法の視点を飛ばし、そこから視点を動かしていくという形で行います。そうやって確認した場所へ魔法移動する事も可能です」


 先に答えてくれたのはエイラ。更にサイヤンが口を開く。


「エイラは優秀過ぎるから鵜呑みにしない方がいい。僕の移動魔法では視点を五〇延動かすのがやっとだ。一般的にはもっと短い距離だろう。

 ただうであってもさ。現地を歩いたなら、その歩いた軌跡全てに対し遠視や移動が出来る訳だろ。


 そんな訳でまずは遺跡で通常の移動魔法や遠視魔法を使えるようにしたい。そうすれば遺跡を上から、横から、少し離れたところから遠視で確認出来る。それにエイラの遠視なら僕の遠視よりより多くの情報を入手可能だろう」


 なるほど、そうやってまずは魔法で確認出来る場所を増やし、その上で遠隔から確認する訳か。

 確かにそれは有効だろう。そのために先に現地にいって魔法を使える地点を増やしておく利点、了解だ。


「ただ私の移動魔法や遠視魔法で対応出来ない可能性はあります。主に距離の問題なのですが、今まで一〇長延kmまでしか試したことがありませんから」


 エイラの言葉。一〇長延までしか試した事が無い理由は俺でもわかる。許区内移動でしか移動魔法を試した事がないという事だろう。学園許区内で取れる最大長がそれくらいだ。


 帝国の法律では、現在いる許区の外へ移動は移動官吏に事前申請して許可を取る事と規定されている。例え許可されている他許区への移動であってもだ。無断で許区外で出た時点で即断刑の対象となる。


 更に許区外移動は移動官吏の転送魔法でのみ行う事とされている。故にそれぞれの許区の位置関係、それらが遠いか近いかを含め、移動官吏やごく一部の高官以外が知る事は無い。


「僕も試したのはその程度までだな。ただエイラも今なら学校許区への遠視が可能だろう」


 確かにそれなら確認する事は出来るだろう。そしてこの施設も一応は学校許区扱い。ならば此処と学校間の移動はまだ・・法律に違反しない。

 地図を見てしまった時点で既に法律云々は無視なのだが。


「ええ。それは大丈夫です」


「なら最低でも八〇長延は問題ない。あとは現地で確認だな。

 という事で最小限の装備を調えたら明るい内に現地を確認しておきたい。それでいいか?」


「ああ」


「わかりました」


 俺は頷く。エイラも頷いたのが横目で見えた。


「ありがとう。ならさくっとこの施設を把握しておくとしよう。施設の詳細については後でやるとして」


「その前に質問があるのですがいいでしょうか?」


「ああ勿論だ。何か?」


 エイラは一拍おいた後、口を開く。


「先程学長と話している間、サイヤンさ、いえ、サイヤンの魔力はほぼ一定でした。真偽魔法を起動した他に魔法を起動をしたような反応は感じられませんでした。


 以上の前提を元に質問します。古代魔法とは一般的な魔力を使う魔法とは違うのでしょうか。またその古代魔法は私でも使えるのでしょうか?」


「なるほど、流石エイラだな。気づいたか」


 サイヤンは苦笑いを浮かべた。


「その通りだ。古代魔法は魔力をほとんど使わない。ただ習得には条件があってさ。僕が教えても今すぐに使えるようにはならない。こんな答でいいか?」


 エイラは頷いた。


「わかりました。それではこの別棟をさっと調べましょう」


「ああ」


 俺達は立ち上がり、部屋を出て、廊下へ。

 隣の部屋から確認開始だ。


 ◇◇◇


 この建物は三階建てで外への扉はない。いざ外に出たいという時、移動魔法を使えない俺は窓を使うしかなさそうだ。


 そして建物中にあるのはこんな感じだ。

  ○ 三階

   ・ 寝室五部屋

  ○ 二階

   ・ 最初に飛ばされた偉い人用執務室っぽい部屋

   ・ 会議室二部屋

  ○ 一階

   ・ トイレ

   ・ 風呂

   ・ 調理場と食堂

  ○ 地下

   ・ 倉庫


 地下倉庫には騎士団で使われているのと同等の装備が一個分隊七名分ほどおかれていた。それも重突撃部隊、威力偵察部隊、前衛魔法部隊、後方魔法部隊用と揃っている。


「これから使う装備を借りていこう。何を選ぶべきか、意見があったら言ってくれ」


 これは俺の専門分野だろう。今回は未知の地点の探索。人はおそらくいない。魔物は不明。そうなると選択肢はこれだ。


「威力偵察部隊用の軽装がいい。動きやすくてそこそこ頑丈だ。あと武器だが、俺は並槍と長剣を持っていく。野外で魔獣や対人ならこれで概ね対応できる」


 探索なら重武装は不便だ。それに軽装といっても偵察部隊用の鎧なら通常の矢くらいは耐えられる。そしてエイラと俺がいる以上、近接戦や魔法戦の心配はいらない。


「ええ、鎧は全員それでいいでしょう。あと私は後方部隊用の重魔法行使用魔法杖を持っていきます」


 重魔法行使用魔法杖か。魔力の増幅率が最も大きいタイプだ。ただしその分大きく重い。

 つまり近接戦等を捨てて魔力を取ったという事だ。調査に魔法を使う事を重視した選択だろう、きっと。


「わかった。僕は軽鎧と片手剣にしておこう」


 いわゆる自衛用標準装備という奴だ。サイヤンが先頭で戦う状況はあまりないだろうから、それで正しい。


「それじゃ現物を確認して調整するとしよう」


 俺達は置かれている装備を確認する。どうやら整備は行き届いているようだ。


 しかし鎧を着装するには体型に合わせた長さや幅の調整が必要になる。また剣や槍は自分に合うように鎧に装着しなければならない。


 他にも魔法杖は魔力に合わせて導体の長さ調整が必要だ。俺は身体の外に作用する魔法を使えないからやった事はないけれど。

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