第一五目 間違いなく(悪い)笑顔
「変わったパンだが美味いな。サクサクでバターの香りが強くて。出かけて買ってきたのか?」
サイヤンは脂パン、結構好みのようだ。
「いや、作った。サイヤンがパンを食べたいと言うから。だが毎回は無理だ。手間がかかるから時間がある時くらいしか作れない。
それで何かそれらしい情報は見つかったのか?」
サイヤンは頷いた。
「ああ。あの古代遺跡について書いてある本があった。入った方法の他、あの遺跡が何なのかについても書いてあった。
どうやらあの遺跡は魔法を司る神殿のひとつのようだ」
「魔法を司る神殿というと、ユベキ神の神殿という事でしょうか?」
「古代文明における神の名と性質は現在のものとは違う。だが今はそう思ってくれてもいい」
サイヤンはエイラの質問に微妙な返答をした。名前と性質が違うという事は別の神という事なのだろか。それなら今の神はどういう存在なのだろう。
サイヤンの説明は続く。
「魔法を司る神殿らしく、通常の出入は専用の移動魔法を使って行っていたようだ。ただしその専用移動魔法を使うには神札がいるとあった。そしてそれらしい神札は少なくとも学園の資料目録には見当たらなかった」
どうやら神が代わった話の説明は無いようだししないつもりらしい。そう俺は判断する。
さて、神札か。
神札とは神から一時的に権限を借りる際に受領すると言われる掌大の薄い金属片だ。帝国でも中央神殿の最奥部に出入りする際に必要になると聞いている。
なるほど。そうなるととれる方法はこんなところか。
「学長経由でファシア様にお伺いを立てるか。入手出来る方法を教えてくれと」
今度はサイヤン、頷いた。
「ああ、それが出来れば一番早い。既に学長にはその旨を連絡済みだ。ただそれで場所がわからない場合、もしくは神札がファシア様の手に届かない場所にある場合、それ以外の理由で神札がこのルートで手に入らない場合。
こちらから直接神札が手に入る場所に行くしか無いだろう」
神札が手に入る場所か。そして神札が帝国には無い場合。この二つが意味する事は……
「神札を手に入れるために他国へ行く事になる可能性がある。そういう事でしょうか」
俺より先にエイラが言葉にした。
サイヤンは頷く。
「その通りだ。実際は他国かどうかはわからないけれどさ。何せ地図上の何処がどの国なのか、我々には知る方法が無い。
学長が置いていったあの地図。あれには今回の目的となる古代遺跡の他にも幾つかの地点に番号が振ってある。それら番号がある場所になら僕は移動可能だ。
遺跡の中には神札授与が可能な神殿もあるだろう。その辺は古代魔法で様子を見ながら書庫の本で調べることにする。
その辺の情報を含め、もう少し古代文字の文書を調べる必要がある。なのでエイラとアラダにはもう少し此処で我慢して貰おうと思っている」
なるほど。
「学長経由でファシア様からの回答が来るか、サイヤンがそれっぽい遺跡の場所を確認出来るまでは動けないという事か」
「そうですね。此処を出た時点で前知であるバタラ王子に補足される可能性は大です。
ですので現時点で行って問題ない場所は一カ所、昨日行ったあの古代遺跡だけとなります」
エイラの今の言葉は微妙に俺の予想外だった。
今の言葉はおそらく動かないという意味ではない。行ける場所へ行く。そういう意味だ。
「行って調べるつもりなのか?」
サイヤンも俺と同じ意味にとったようだ。エイラは頷く。
「ええ。自爆によって付近の木々が無くなり地中に穴が空いています。その状況下でもう一度実地調査をしてみたいのです。
遠隔系魔法で出来る調査は午前中にひととおり終わりました。それでも疑問点が幾つか残っています。これらの疑問のうち幾つかは現地に赴いて調査をする事によって解決する可能性が高いと考えます」
理屈はわかる。言っていない何かがある気もするけれど。
サイヤンはあっさり頷いた。
「わかった。そちらについては任せる。アラダと二人なら現地に行っても問題ないだろう。アラダも外に出たがっているようだしさ」
「ああ。その通りだ」
エイラの意図は完全にはわからない。しかし建物の中に閉じこもっていると気が滅入る。多少危険があろうが外の方がいい。
「それでは午後、あの遺跡を再訪します。アラダ、よろしくお願いします」
「こっちこそ。何せ移動魔法すら使えないからな、俺じゃ」
外が待ち遠しい。勿論敵がいつ出るかわからない場所だというのはわかっているが、それでも。
魔物だけじゃない。ベルデド教国の兵が出てくるかもしれない。昨晩の結果から鑑みるに再び兵を出す可能性は低いだろうが。
「ところでエイラはあまりこのパンを食べないようだな。なら申し訳無いが貰っていいか?」
「ええ、どうぞ」
エイラがあまり食べない理由は想像つく。使用したバターの量を知っているからだ。そしてサイヤンは知らない。知っていても気にしない可能性は高いが。
「なら遠慮無く」
そう言えばサイヤン、小麦粉を焼いた系の食物が好物だったなと思い出す。それもバターが効いた甘くないクッキー等だ。アイテムボックスに入れて本を読みながら食べているのを何度も見た記憶がある。
なら聞いてみよう。
「サイヤン、いつものクッキーはどうした?」
「昨晩で在庫が切れた。学内の売店に行けば売っているが、何せ前知持ちに狙われている可能性がある。おいそれと買いに行ける状態じゃない」
なるほど。なら少しだけ配慮してやろう。
「わかった。味は同じにはならんと思うが一応作っておこう。探索の後になるがな。軽い塩味で甘くないのでいいんだよな」
「頼む。焼いた小麦粉系のバター味が無いと思考がまとまらないんだ」
完全に中毒だなそれは。なら……
「いっそ作らないでここいらで食生活の健全化を図った方がいいかもしれない」
「アラダの意見に賛成です」
昨日今日と一緒にいた為かエイラの表情がある程度読み取れるようになった。前の俺なら今のエイラも無表情に見えるかも知れない。しかし間違いなく笑っている。今の俺にはわかる。
「頼むから勘弁してくれ。ある程度の交換条件は飲むから」
「わかりました。今の言葉、私とアラダでよく覚えておきましょう」
うん、間違いなく笑顔。それも悪い笑顔という奴だ、これは。
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