第一四目 爆発事件と平和な昼

 昼近くなったので風呂場で汗を拭き、昼食を作ろうと調理場へ向かう。

 途中で気づいた。調理場にエイラがいる。魔法を使っている気配もある。


 ドン! 何かが炸裂したような音がした。エイラのすぐ近くだ。

 何だ、まさか攻撃か! 俺はダッシュで調理場へ。


 調理場方向に人の気配はエイラしかない。それにこの別棟は外部に対して完全な安全対策がされている筈。

 しかし明らかに通常ではない音がしたのだ。確認した方がいいだろう。


 調理場の扉を開ける。タンパク質が焦げたような異臭がかすかにした。しかし中は荒れている様子はない。

 ただ先程の音が此処でしたのは間違いない。異臭も気になる。


「何かあったのか?」


 中にいたエイラに尋ねてみた。


「卵の調理に失敗しました。全領域同時調温魔法は食材には適していなかったようです」


 普通の魔法が使えない俺でもある程度基本的な魔法の知識はある。しかし今エイラが言った魔法は知らない。


「全領域同時調温魔法とはどんな魔法なんだ?」


「一定の領域内にある事物を即時に一定の温度にする火属性及び水属性の応用魔法です。今回はゆで卵を作るため、卵全体を水が沸騰するより高い温度に設定しました。理論上はこれで数秒で卵全体が固化し、ゆで卵が完成する筈でした」


 なるほど。


「それで卵はどうなった?」


「爆発しました。咄嗟に風属性魔法で障壁を作ったので被害はありません。爆発した卵の残骸は熱分解して処理しました」


 これで異臭の原因も了解した。そして同様の事故を防ぐ方法も思いついた。

 

「わかった。ところで申し訳無いが手伝いを頼んでいいか? 今日の昼は少し凝ったものを作ってみようと思うから」


「わかりました。それでは何を作るのでしょうか」


 俺が作れて、皆が食べられるもの。今から昼食の時間までに出来そうな物。

 サイヤンの顔が思い浮かんだ。ならこんなのはどうだろう。


「パンだ。ただ魔法で気泡を入れて焼くパンじゃない。前に住んでいた許区で俗に脂パンと呼んでいたのを作ってみようと思う。あとは肉野菜の煮物と、肉を焼いたものでいいだろう」


「脂パンですか」


 確かに貴族階級には縁が無い料理だろう。知らないのも無理はない。


「農業許区で野獣や家畜を解体した時に食べるパンだ。魔法が使えなくても作れる」


 今回作る理由はサイヤンがパンに拘っていたようだから。

 エイラがいれば気泡が入った普通のパンも作ることが出来るかもしれない。ただし俺は作った事がないし、エイラも作った事はないだろう。


 だから今回は俺が確実に作れるパンを作ってみようと思った訳だ。


「まずは小麦粉に塩これくらいとバター、卵をいれて、ガンガンに混ぜ合わせる」


 農業許区ではバターではなく獣脂を使う。動物を解体した際に大量に出るから。

 しかし獣脂で作るとどうしても独特の匂いがつく。だから今回はバターを使って作ることにした。食料庫にたっぷり在庫があるから問題ない。


 全体に混ざったら少し水を入れて更に練る。練って練って程よく柔らかくなったら丸めて、表面に溶かしたバターを塗る。

 ここでとりあえず脂パン作業は小休止となる。理由は……


「捏ねた生地はある程度寝かせる必要がある。その間に付け合わせの肉野菜の煮込みを作っておこう。タマネギをみじん切りにして、鍋に入れる。次に肉をこれくらいの角に切って……」


 煮込み用の肉は牛スネと思われるこの肉でいいだろう。ぶつ切りにして鍋へ。適当な根菜もぶつ切りにして鍋に追加し、表面の色が変わるまで炒めた後、ひたひたの水で煮る。


「味付けは塩とハーブ、隠し味に少しのビネガー。あとは汁がほとんど無くなって、野菜も肉も柔らかくなるまで火にかけて放っておけばいい。

 二品だけだと寂しいから肉も焼いておこう。これは切って、塩胡椒で焼くだけでいい」


 牛を使ったからこっちは鶏、モモ肉を使用。フライパンをエイラに魔法で加熱してもらい、肉を焼いて時間停止棚へ。これでいつでも焼きたて熱いうちに食べられる。


「さて、これで脂パン作業に戻ろう。まずはこの生地をこれくらい取って丸めて」


 俺の片手で握れる位の生地を取って一度球形に丸め、それを平たく潰した後、内側に空間が残るようにぐるっと丸める。


 更にこれをバターを塗った台の上で薄く広げ、両面にバターを塗った後、空気をたっぷり含ませながら棒状に折りたたみ、ぐるぐると渦を巻くように丸めた。


「潰して広げてバターを塗るの繰り返しですね。あと随分バターを使うのですね」


「気泡を入れる代わりにバターを使う。バターの層のおかげで小麦粉の層がくっつかない。その上熱を加えたらバターが生地に染み込んで空間が出来る」


 ふかふかに作るこつは脂をケチらない事。そして最後に薄く薄く広げてから、空隙が多くなるようふんわり丸めること。

 これらをバターを敷いた鉄板に押しつけて平べったくして焼く。


「これがパンなのですか?」


 確かにこの状態ではパンには見えない。単に小麦粉を捏ねたものを焼いているだけだ。

 しかし問題ない。


「ああ。脂パンはこれでいい」


 ある程度経ったらひっくり返して、両面がこんがりしたら仕上げだ。


「これくらい焼けたら完成だ。そして焼いたらこうする」


 焼けた脂パンは平べったい円盤形。これを左右から押しつぶす方向に軽く叩いてやって、油で別れた層を無理矢理広げてふかふかにする。

 左右からの叩き具合と、最後に上下に軽く叩くのがこつだ。


「こうやって重なっていた層を広げれば完成。軽く一口食べてみてくれ」


 エイラは一口囓って、それで頷いた。


「確かにパンの味です。バターの塩味と風味が効いていて美味しいです。ただバターを使う量が多くて食べるのが少し怖くなりますが」


 脂を取り過ぎると太ると聞いた事がある。エイラはその事を気にしているのだろうか。


「たまになら大丈夫だろう。サイヤンがパンを欲しがった時の代用品だ」


「作り方は覚えました。今度は私でも作れそうです」


「手がベタベタになるけれどな」


 焼き上がって更に手加工した脂パンを紙を敷いた皿の上に並べて、時間停止魔法がかかった棚へ。


「これで脂パンは完成だ。さて、そろそろ煮物がいい頃だろう」


 手を洗ったら煮物の方へ。


「この煮物、俺が住んでいた農業許区での味付けは辛いハーブを使っていた。ただ慣れないと辛い料理は食べにくいから、今回はこの程度で」


 水っぽい部分がなくなり、溶けた野菜等でどろっとした感じになれば完成だ。

 深めの皿三つに均等に入れて、脂パンや肉と同様、時間停止棚へ。


「なるほど。今回見て理解しました。加熱するのは食料では無く鍋だと」


「魔法を使った料理法もあるんだろうけれどさ。俺は魔法を使えないからこの方法しか知らない。ただパスタを茹でたりするのはお湯を使える魔法の方が便利だ」


「確かにそうですね。それに今回の料理で脂パン、この煮物、肉を焼くのは理解出来たと思います」


 そうエイラが言ったところで上の階にサイヤンの魔力反応が出現した。どうやら昼食を食べに戻ってきたようだ。


 ※ 脂パン

   今回作ったのは南インドで食べられているパロッタ(パラタ、パロタ、パラーターとも)というパンに似たものです。本当に冗談みたいに油を使うので、正直引きます。

   でも味や食感はナンより美味しいと思っています。個人的には、ですけれど。

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