第一三目 思考実験の朝

 食事終了後、サイヤンはすぐに書庫へと姿を消した。

 洗い物はエイラが魔法でやってくれている。なので俺は食堂のテーブルで学長からの手紙を確認。


 一通り読んで理解した。学長の手紙は大体こんな感じだ。


  ○ サイヤンからの手紙を受け、全知であるファシア様と連絡を取り、状況を確認した

  ○ 現場に現れた兵はベルデド教国親衛騎士団第一中隊第七小隊所属の二分隊一四人。第七小隊はバタラ王子直属部隊で指揮官のドグ・オック・デ百卒長は伯爵家三男でバタラ王子の側近の一人

  ○ 教国の他の勢力及び部隊には遺跡に対する動きは見られない

  ○ 遺跡は帝国領域内に存在する

  ○ 遺跡に兵を移動させたのは通常の移動魔法。そのためにバタラ王子は一度、あの遺跡に移動している。ただしその際にどうやって移動したのかは不明。全知であるファシア様によると『他国の許区等に兵や物資を送るのには使用出来ない』方法

  ○ 引き続き遺跡の調査の推進を求める

  ○ 必要物資等があれば私書箱への投函等で連絡されたい。ただし人員の増員はなし


「アラダはその手紙、どう読みますか?」


 レイラがそう尋ねてきた。ちょうど読み終わって頭の中を整理したタイミングでだ。


「現状維持でやるしかない。俺としてはそういう結論になる。

 この手紙の何処までが真実なのかはわからない。敵がベルデド教国なのは事実だろう。ただそれ以上は確かめられない。ファシア様や学長が何を企んでいるかも」


 国内で権力闘争が起きているのはベルデド教国だけではない。メクネサール帝国も同様だ。

 おそらくは他の国々も同じだろう。王または皇帝という軸と、全知という軸。二つの権力軸が出来てしまう構造上そうなるのは必然。


 そして下々には全知の言葉の真偽を確認する術は無い。皇帝の命令について検証する事も出来ない。ただ歯車のように動いて消耗するだけ。


「ええ。ですが古代遺跡内部についての情報は、少なくとも学長はご存じないのでしょう。楽観的な考えかもしれませんが」


 流石にそれを楽観的というのは悲観的すぎるだろう。一瞬そう思ったがすぐに思い直す。確かにその可能性も完全には否定できないと。


 そして俺は更に思う。今のエイラの質問の意図は何だったのだろうかと。

 帝国内の権力争いについてはエイラは俺より遙かに知っている。実家がララヴァ侯爵家なのだから。


 しかし考えても意図なんてものはわからない。それにどうせ出来る事はひとつだ。


「状況がどうであれ今の選択肢はひとつしかない。あの遺跡について思いつく限りの方法で調べる事。それだけだ」


「そうでしょうか?」


 エイラはそう言って、俺の前に座る。


「此処の別棟は外部に対して完全に秘密保持がなされています。全知に対してすら内部の情報を漏らさないように。移動魔法すら最初に到着したあの部屋以外には不可能です。

 つまりここで話す事は今ここにいるアラダと私にしか届きません。この別棟を出ても思考だけにとどめておけば全知ですら知る事は出来ません」


 外部への情報秘匿については昨晩聞いた。だからエイラが言っている事は正しい。

 なので俺は頷いて理解していると示す。


「その条件の上で、まずは思考実験として尋ねます。現時点で学長の命令その他一切を無視してこの別棟から逃走した場合、私達は何日間生き延びる事が可能でしょうか?」


 逃走か。正直考えていなかった。

 許区から外へ出るという発想がそもそも無かったせいだろう。定められた許区からの逃走は重罪だし、帝国での生活に二度と戻れないという事だから。


 しかし考えてみれば俺達は既に一度許区外である遺跡に出向いている。今はその事実が公になっていないだけだ。


 それに此処で話す分には情報は外部に秘匿される。ならこのくらいの思考実験はかまわないだろう。

 そう判断して、俺は状況と周囲の魔力・気配を確認しつつ考える。


「この建物から一〇長延10kmも離れれば此処の許区外に出るだろう。そうなると魔法で兵を送るどころか、こちらの状況を確認する事すら不可能だ。


 普通なら学生三人程度に追跡を残すということはないだろう。ただバタラ王子という不確定要素がある。

 奴が遺跡にたどり着いた方法が読めない。その方法で追われた場合、俺達が捕らえられる可能性は否定出来ない。


 そしてそのことを帝国が危惧した場合。帝国も教国もそれなりの部隊を派遣してくる可能性がある。

 だから確実に逃げ切れるかどうかはわからない。


 ただ逃げ切れたなら、それなりに身体が動かなくなるまでは生きていけるだろう。

 此処の食料をアイテムボックス魔法で収納すればそれなりの日数は生きていける。それだけの日数があれば生活していける環境を探すのは難しくない。

 こんな答でいいか」


 エイラは頷いた。


「ええ。今はその答で結構です。つまり追っ手がいない場合、アラダがいれば充分に自活は可能。それで宜しいのですね」


「ああ、その通りだ」


 それは大丈夫だろうと思う。元々農業許区の住民は農作物以外にも山林からある程度の食物を得ている。


 木の実や動物、川魚等。三人程度ならそういったものでも食べ繋ぐ事は可能だろう。もちろん場所を選べばだが。


「大変面白い事を聞かせていただきました。ありがとうございました」


 何を企図してエイラは今の思考実験をさせたのだろうか。

 学長の命令に従わずに逃走する。もしそういう選択肢を俺に理解させる為だったとしたら成功したと言っていいだろう。


 国や上の命令に従わずに逃走する。俺はつい先程まで、そういった選択肢を思いつきもしなかった。

 しかしその可能性について考える事が出来る様になった。間違いなくそれは今の思考実験によるものだろうから。


 さて、久しぶりに頭を使った。この辺で少し身体を動かしておこう。


「それじゃホールで少し身体を動かしてくる。ここに籠もっていては鈍りそうだ」


「わかりました。私は自室で遺跡の調査と監視をしながら読書でもしようと思います」

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