第四話 別棟の平穏な時間

第一二目 敵の正体

 昨夜は荷物を取りそろえた後は何事もなく就寝。


 そして朝。俺は日の出とともに目が覚める。これは体質と言っていい。夏だろうと冬だろうと、日の出とともにほぼ自動で目が覚めるのだ。


 実際はまあ、農業許区にいた頃についた習慣なのだろうけれど。


 着替えて、訓練用の素振り剣を持って部屋を出る。

 本当は起きた後、外を走ってから素振りをするところだ。しかしこの別棟は外に出る扉はない。それに別棟から出て俺の存在位置が敵その他の勢力にバレると面倒な事にもなりかねない。


 なので天井が高めの一階ホールでいつもより多めに素振りをした後、風呂場で汗を拭いてから台所へ。


 昨日がパスタだったから今日は茹で大麦を使うとしよう。サイヤンは毎回パスタというのは苦手のようだから。

 メインは豆や根菜、鶏肉を混ぜた茹で大麦サラダ。他に焼いた塩漬け肉とスープをつければいいだろう。


 自分一人なら茹で大麦サラダで十分以上だ。しかし他二人が王族と大貴族なので、少し豪華目に。

 実は自分が食べたいだけなのは事実だけれど。


 魔法仕様の調理場でも水や木炭があれば全く問題はない。

 別々に茹で上がった大豆や根菜を混ぜてオリーブオイルと塩、ビネガーで味付け。


 スープは塩漬け肉を細かく切ってキャベツと炒め、みじん切りにしたトマトを入れて煮るという簡易版。あとは薄く大きめに切った塩漬け肉を自身から出た脂で揚がる位にカリカリに焼けば完成だ。


 時間停止魔法がかかった棚に置いておけば出来たてのままいつまでも持つ。これで2人がいつ起きてきても問題ない。


 さて、それでは2人が起きてくるまでまた素振りでもしてようか。本当はひとっ走りするとすっきりするのだが仕方ない。


 そう思ったところで上階で気配が動いた事に気づいた。サイヤン、そしてエイラも起きたようだ。

 ならこのまま待つか。俺は使用した鍋を片付けつつ待つ。水が勿体ないので洗うのは後で。


 まずはエイラが階段を降りてきた。サイヤンの気配は自室のままだ。

 階段を降りて、廊下を歩き、そしてエイラが入ってくる。


「おはよう」


「おはようございます。朝食ありがとうございます」


「気にしないでいい。習慣で早く目が覚めてしまうだけだ」


 サイヤンの気配が動いた。今度こそ下へ降りてくるようだ。もう大丈夫だろう。時間停止付きの棚から皿を食堂のテーブルへと運ぶ。


「おはよう。朝から済まないな、飯まで作らせてしまって」


「習慣で早く目覚めるから問題ない。すぐ朝食でいいか」


「ああ。学長から返信が来たけれどそこまで急ぎじゃない。食べながら話そう」


 なるほど。起きた後部屋にとどまっていたのは返信を読んでいたからか。


 テーブルについて朝食開始。一口大麦サラダを口に運び、それからサイヤンは口を開く。


「それでは返信の内容だ。昨日の兵、あれはベルデド教国に間違いないそうだ。ただベルデド教国の正規の作戦ではない。第七王子バタラによる独自行動らしい」


 学長がそれを知る方法はひとつしか無い。全知であるファシア様から連絡を受けたのだろう。昨夜の今朝でもう知っているという事はそれなりの連絡体制が出来ているという事だろうか。


 面倒な敵相手になったなと思う。ベルデド教国のバタラ王子というのは特殊な存在だ。


「バタラ王子という事は、あの『作られた全知』のバタラ王子との事で宜しいのでしょうか」


 エイラの確認にサイヤンは頷いた。


「ああ、そのバタラ王子だそうだ。作られた全知こと、前知の能力の持ち主。前知で僕達があの遺跡に行った事を知り、何らかの方法であの遺跡へ移動したらしい」


「バタラ王子は古代魔法による移動を使えるのでしょうか。それとも前知で得た知識で通常の移動魔法等を使えるようになるのでしょうか?」


 もしそうだとすると、前知で得た知識によって自由に兵を移動魔法により送れる事になる。これは事実なら大変な事態だ。


 今は『実際に行ったことがある場所以外に移動魔法等は使えない』事が、戦場以外に戦火が拡大することを防いでいる。

 この前提が崩れると、移動を制限してまで守っていた都市や重要機関が簡単に敵兵に攻められてしまう。


「最初の移動方法は不明だそうだ。何らかの不明な方法でバタラ王子と部隊指揮官があの遺跡へと移動したらしい。

 その後の兵の移動についてはその指揮官による通常の移動魔法だそうだ。バタラ王子による古代魔法の使用は現時点では確認されていないとある。

 この辺は学長からの手紙に書いてあった。後は読んで貰った方が早いか。半分くらいは説明してしまったが」


「見ても宜しいのでしょうか」


「問題ある内容は無い」


 サイヤンはそう言って紙片をエイラに渡す。


「とりあえず今日の予定は、何かあるまで此処で待機。ただし僕はちょっと学園まで行ってくる。行き先は図書館第五閉架書庫。あの遺跡について何か文献がないか調べてみる。


 古代文字は僕しか解読できない。だから古代文字関連の資料は未整理であそこに入れたままだ。だから最低でも半日、下手すれば二~三日はかかると思う」


 確かにあの書庫の大きさを考えればその位はかかるだろう。


「サイヤンらしい作業だな。書庫に籠もるなんていつもと同じじゃないか」


「まあそうだがな。ただ興味で読みふけるのと狙った情報を探すのは楽しさが違うぞ。目的の無い無為な情報収集は楽しいが、目的にせっつかれるのは楽しくない」


 なるほど、一理ある。


「確かにそうかもな。

 ただ俺としてはそれだけの間、此処で待機というのは正直辛い。せめて外か学園でトレーニングしたいところだ。此処に閉じこもっていては身体が鈍ってしまう」


「諦めろ。情報封鎖が甘い場所に出てバタラの前知にひっかかっては面倒だ。当分はこの中で出来るトレーニングで我慢してくれ。

 僕も第五閉架書庫以外は行かない予定だ。あそこは別棟ここと同じ情報封鎖措置がとられている。バタラの目にも留まらないだろう」


 なるほど、理解は出来た。面倒だし退屈だが仕方ない。


「わかった。大人しくここで待っている」


「エイラは遺跡の見張りを頼む。おそらく何も変化はないと思うが。バタラ側も昨日の探索で遠隔から魔法探査出来る状態になっているだろう。だからわざわざ兵を出してくるとは思わない。

 それに兵を出そうが遠隔で調べようが、あの遺跡に出入り出来る可能性は低い」


 確かにそうかもしれないと俺は思う。昨日の探索ではわからなかった。エイラの魔法でも継ぎ目一つ発見できなかった位だ。

 そのエイラが口を開く。


「念の為、これからもう一度調べてみます。

 ただ一回目の調査では継ぎ目一つ発見出来ず、自爆兵による至近距離での連鎖爆発でも素材に傷すらつけられない状態です。ベルデド教国でもそう簡単に入れるとは思いません」


「ああ。だから兵を出して乗り込んできても観察するだけでいい。それ以上の事態、遺跡内部へ侵入した、もしくは侵入出来る可能性が高くなった。そういう時だけ連絡してくれれば」

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