第一一目 状況の終了
調査を行うらしい三つの班がある程度離れた後。指揮官直近にいる二名が森に向け、火炎魔法を連射しはじめた。
周囲が煙で燻りはじめる。少し後、炎も上がりはじめた。
「周囲の森を焼く気か」
サイヤンの呟くような言葉が聞こえる。
火炎魔法で森林を焼き払う事そのものは、大規模戦闘の地ならしでは良くある戦法だ。
見晴らしのいい空間を作り敵を発見しやすくするのが主目的となる。飛行魔法や短距離連続移動魔法等での敵兵の侵入や、魔物の襲撃を阻止するために。
ただ二個分隊程度の人数でそういった戦場作りを行う事はまずない。特別に強力な魔道士でもいない限りは燃え広がった火の消火が不可能だからだ。
ましてやもう辺りは夜。派手な炎は魔物や魔獣を集めてしまう。
「遺跡調査としては案外有効かもしれない。まだ生きている遺跡なら何らかの反応が観測できる可能性がある。それに植物に隠されている痕跡があるとすれば発見しやすい」
なるほど、サイヤンの言うとおりかもしれない。それならば……
「ならこの連中はもうじき此処での活動を中止して撤収か。火災の中で調査は出来ないだろうし、この人数では消火も無理だろう。
更に二級魔獣が近づいてきている。ここにとどまる事が可能な時間はそう残っていない筈だ」
「ああ。その可能性は高い。あと燃やしても自国領ではないとわかっているのかもしれない。大規模な山火事を引き起こす事で地理的位置を把握しようなんて可能性もある」
なるほど。しかしだ。
「何処の国だろうと近くに許区があれば大損害だな」
林業許区は勿論、農業許区も許区内に森林を含んでいる事が多い。直接延焼しなくても生態系の狂いや、火災による魔物・魔獣の移動等で被害が発生するのは必至だ。
更にこの火災により敵に許区の位置が判明した場合、数日以内に大規模攻撃をかけられて許区全滅という事になるだろう。
「消火しますか」
「現地に行く必要があるならやめておこう。確かにアラダが出ればマンティコアとあの部隊くらいまとめて倒せる。エイラの魔法なら大規模水魔法で消火する事も可能だ。
しかしそれでベルデド教国がどう動くかがわからない」
確かにその通りだ。こちらとしては動かないのが正解だ。
ただし大規模な山火事は時として国レベルの災害となる事がある。このまま様子を見るだけでいいのか。正直不安だし何とかしたくなる。
炎は燃え広がりはじめた。そして指揮官らしき男と二人の姿が消える。おそらくは移動魔法で去ったのだろう。
一方遺跡を調査している三組一二名はそのままだ。これは遠視魔法より現場で調査をする方が情報は多く得られるからだろう。
火災に巻かれるか魔物に襲われか、ぎりぎりまでこのまま調査を続行する可能性は高い。自爆兵は命令に忠実だ。命令が無ければ撤退しない。
周囲に煙が充満してきた。ただエイラから転送される視界は魔力探知情報と重ねてある。だから視界が悪くても状況は確認可能。
火災は更に燃え広がっていく。その煙と熱の中、自爆兵はそれぞれ遺跡外周を移動しながら調査を続けているようだ。
遺跡北側に位置する一組にマンティコアが近づいた。五〇延程の距離まで近づいた瞬間、それまで遺跡の方を見ていた四人が同時にマンティコアの方へ向き直る。
なるほど、これが自爆兵か。俺は感覚的に理解した。四人の向き直るタイミングと動きがほとんど同じに見えたのだ。
おそらくほぼ同一の判断力、行動ルール、魔力探知力を植え付けられているのだろう。だから意図せずとも同一のタイミングで同一の反応をする訳だ。
自爆兵のうち二人から炎属性の攻撃魔法が放たれる。残り二人は魔法の後を追うようにマンティコア目がけてダッシュ。
マンティコアが吠えた。それだけで攻撃魔法二発は四散、迫ろうとしていた二人は倒れる。
マンティコアはその後、ゆっくりと前進。
魔法攻撃を放った二人が左右反対方向へと動いた。互いに一〇延程離れた後、再び攻撃魔法を放つ。
マンティコアは姿勢を低くし一気にダッシュ。攻撃魔法をくぐり抜け、視点から見て右の兵へと接近。
ここで右の兵と、そして最初に倒れた二人の兵が動いた。マンティコアめがけてダッシュする。
次の瞬間。強烈な火球が出現した。爆風が周囲の木々をなぎ倒し、その後に続く熱波が焼いていく。
自爆兵による自爆攻撃、それも三人による同時自爆。更に遅れてもう一人も自爆した模様。
火球が消え煙が地表及び上空へと広がった。地面がえぐれ巨大な穴が開いている。中心には大穴が空き一〇延程度範囲の周囲の草木は消失、五〇延程度の範囲の木々がなぎ倒され、その外側は煙が燻っている。
しかし遺跡表面に変化は見られない。
爆発で空いた大穴は遺跡を取り巻く舗装道路の横まで続いている。しかし穴は舗装道路の横まで。舗装道路部分は穴どころか欠けやひび割れすら見当たらない。
そして開いた大穴から舗装道路の下部分が見える。どうやら道路直下も同じ材質の石が続いているようだ。少なくとも二延より下までは同材質の石壁があるのがわかる。
そんな中に動いている何かが見えた。マンティコアだ。毛が多少縮れているように見えるが、少なくとも四肢や頭、尻尾に欠損はない。
「マンティコアは魔力障壁で爆発を防いだようです。自爆で発生した輻射熱が毛に若干の影響を与えているようですが、他に被害は見えません」
「他の部隊は移動魔法で消えたようだ。あの部隊を戦わせたのはマンティコアの強さや遺跡の強度について確認したかったからだろう」
となると……
「今夜はこれで終わりか」
言葉に出してサイヤン達の意見を伺う。
「ああ、おそらく。別部隊を出しても進展があるとは思えない。英雄レベルを出さなければマンティコアを片付けるのは無理だ」
「周囲に水の魔力を感じます。まもなく大雨が降る模様です」
エイラのその言葉が終わると同時に雨が降り始めた。瞬く間に叩きつけるような豪雨となる。
「これで森林火災は鎮火するでしょう。大穴もある程度は埋まるかと」
「これは遺跡からの魔力か?」
サイヤンの質問にエイラは首を横に振る。
「わかりません。高熱による上昇気流が水の魔力を呼びやすいのは周知の現象です。遺跡によるコントロールがあったのか無かったのか、此処からでは私の観測では判明しません」
「わかった。ありがとう」
サイヤンはそう言った後、ふうっと息をついて、そして続ける。
「とりあえず今日はこれで寝るとしよう。この様子じゃ明日ものんびり出来ないだろうから。
あと荷物を学園や寮に取りに行く余裕は無さそうだ。必要なものは適宜転送する事としよう。アラダも必要なものがあったら言ってくれ。寮の部屋は把握済みだ」
つまり明日、学園に戻る話は完全に無くなったという事だ。
「わかった。ではすまないが、ベッド下の木箱を頼む。私服や下着類、訓練用素振り剣など一式がそこに入っている」
「それだけでいいのか」
「ああ」
そう言って、そして思いついて追加する。
「あと寮の共同炊事場から木炭と水瓶、火打石と火口を頼む。そうすれば明日、俺だけでも朝食くらい作れる」
「わかった。その辺は出した後、炊事場に置いておこう。水瓶は水を満タンにしておく」
「ありがとう」
それだけやって貰えれば俺一人でも朝食作りは何とかなる。あと水があると何かと安心だ。今の俺は飲み水すら此処で得る事が出来ない状態だから。
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