第三話 不明勢力の影⑵

第一〇目 敵部隊の状況

 サイヤンが手紙を書き上げ、ささっと封筒に入れて封蝋を押す。次の瞬間、手紙はサイヤンの元から消え失せた。


「学長の私書箱宛てへ送った。本人も気づいているだろう」


「それでは此処を片付けましょう」


 エイラがそう言うとともに食べ終わった皿や食器が姿を消す。


「洗って片付ける位でしたら全て魔法で出来ます。料理が出来ない分、それくらいは手伝わせて下さい」


「ありがとう」


 何せ俺は水を出す事すら出来ない。だからここは素直に頼ることにしよう。


「あとは遺跡を魔法で監視して、何もなければ朝、明るくなったらすぐに魔法で周囲の確認か」


「そうですね。敵の可能性が高い者が出現した以上、慎重を期すべきです。ここから遠視魔法で探る分にはあちらも対抗策を取りにくいと思われます」


 なるほど。しかしだ。


「遺跡の入り方がわかった時点で戦闘の可能性はあるな」


「ああ。だが向こうの兵力がわからない以上、出来るだけ出くわすのは避けたい。入口が開いた時点で速攻で入って締め出しなんて出来ればベストだ。まあ実際はそう上手くいかないだろ……

 状況が変わったようだ」


「ええ」


 サイヤンの言葉にエイラが頷く。


「遺跡にまた出てきたのか」


「ああ。エイラ、アラダに転送を頼む」


「わかりました」


 頭の中に映像が浮かぶ。暗くて見にくいが男二人がいたのと同じ場所のようだ。そのうち一人は先程いた二人のうち魔力が高くない方。エイラの遠視には魔力反応も含まれているのでわかる。


 先程と明らかに違うのは人数だ。魔力反応で確認すると合計で一五人。


「軍だとすると二分隊に指揮官を付けた状態だな」


 帝国の騎士団では下士官一人兵六人で一分隊を構成する。他の国の騎士団や兵団も似たようなものだと授業では習った。


「ああ。エイラ、それ以上の情報はわかるか」


「所属はベルデド教国でほぼ確定です。兵一四人の魔力パターンが三種類しかありません。これらは全て自爆兵だと思われます」


 なるほど、これがベルデド教国の自爆兵か。魔法越しでも見るのは初めてだ。


 自爆兵とはベルデド教国の一般兵。そう呼ばれる理由は良く自爆をするから。この場合の自爆とは生命力と魔力を全て使い、自分もろとも周囲を爆破四散させる魔法の事を示す。


 この自爆兵は他の軍隊の兵とは大きく異なった存在だ。兵としてでは無く、人間として。


 通常、魔力パターンは人によって異なる。各人の知識や思考様式が反映されるからだ。

 しかしベルデド教国の一般国民に限ればそうでは無い。


 ベルデド教国の一般国民は三歳になった年に『祝福の洗礼』を受ける。これはベルデド教国にのみ伝わる古代魔法で、知識及び人格をあらかじめ準備されたものに書き換える効果がある。

 

 この『祝福の洗礼』によってベルデド教国の国民は、教育を受けること無く必要な知識を手に入れる。同時に国に対する絶対的な忠誠や、上からの命令を厳守し問題行動を一切起こすことがない人格も。


 この儀式についてベルデド教国では、『迷妄の苦しみから解き放ち神の民として有用な道を指し示す恩寵』としているそうだ。

 一方我がメクネサール帝国ではこの儀式を『人を奴隷の身に墜とす非人道的行為』として非難している。


 実のところどうなのだろう。俺は思うのだ。実は我が帝国もベルデド教国もそう変わらないのではないかと。

 自由の無さ、選択肢の無さは帝国も同じ。なら悩んだり迷ったりしない分だけ教国の方がましという可能性すらあるのではないかと。

 

 この『祝福の洗礼』故、ベルデド教国では一般国民の思考様式は数えられる程度しか存在しないとされている。そのうち前線で良く観測されるのは六種類。


 これらの兵は命令に忠実で死を恐れない。そもそも死を恐れるという思考回路そのものが存在しないとされている。

 必要ならば自爆を厭わない。例えば任務達成に失敗して捕縛されそうになったりした場合、間違いなく自爆魔法を起動する。


「エイラ、敵に英雄クラスはいるか?」


 サイヤンが言う英雄とは天授その他で常人を遙かに超えた戦闘能力を持つ者の事だ。一人で一般兵の一個大隊五〇〇人超に対して抗し得る戦力持ち。


 俺もエイラもそういう意味では英雄クラスだ。せいぜい英霊にならないよう注意したいところだが。なんて思いつつエイラ経由の現場映像を観察する。


「現状ではいません。指揮官も中級程度の魔法士です」


 中級程度の魔法士ならサイヤンと同程度だ。属性二つくらいはA適性を持っていて攻撃魔法として使用可能というレベルになる。兵力換算すると概ね二個分隊一四人と同等程度。


「なら様子伺いだな。変につついて大物を出すのは避けたい」


 指揮官の能力と兵の数はそれなりに妥当だ。しかしこの場に出さないだけで敵も英雄クラスの戦力を持っている可能性がある。


 俺やエイラの戦力に気づいている可能性は高い。もしこの敵が俺達が遺跡付近にいる時こっそり観察していた奴と同一勢力ならば。

 

「とりあえず追加で学長に報告を送っておこう」


 サイヤンは再び手紙を書き始めた。逐次報告を入れるのは正しい行為だ。正直なところまめだなと俺は思うけれど。


 さて、視界の向こう側にいる敵部隊は動き始めた。どうやら四組に分かれて遺跡の外周調査を行うようだ。

 厳密には四人一組の班三つが遺跡へ向かった。指揮官らしい一人と兵二人その場にとどまっている。


「あの指揮官は自爆兵ではないんだな」


 サイヤンも遠視魔法は使える。しかし遠視魔法による解析精度はエイラの方が遙かに高い。だから解析出来ない部分をこうして聞いているようだ。


「他の兵に比べ魔力パターンが数十倍複雑です。おそらくは洗礼無し。ならば中位以上の貴族家の一員の可能性が高いと思量されます」


「ならこれはベルデド教国による正規の作戦という可能性がある訳か」


「不明です。教国の指揮系統は帝国以上に統一されていません」


 国交が全く無くともある程度の情報は流れてくる。出所は我が国の全知であるファシア様。そこから教養として必要とされる情報が学園へと流れてくる。


 ベルデド教国は帝国にとって最大の敵のひとつだ。だから学園でも最新の情勢に至るまでかなり詳しく教えている。


 教国は教主である国王と全知である筆頭枢機卿、それ以外の枢機卿三名との合議によって治めているとされている。

 ただし一枚岩ではない。国内が国王と筆頭枢機卿の二勢力に分かれ常に主導権争いをしている状態と聞いている。


 更には国王側が『祝福の洗礼』を悪用し、全知の天授を持たせようとした事もあるらしい。先々代の全知の人格・知識情報と王子にふさわしい知識・性格をデザインし、五歳になった第七王子に植え付けたという話だ。


 結果、第七王子であるバタラは全知の天授に近しい能力『前知』を得たと言われている。彼は一応国王側についてはいるが、往々にして独自行動をしているらしい。


 さて、サイヤンは様子伺いと言っていた。しかし俺としては疑問というか不安がある。


「ところで本当に様子見でいいのか。もしベルデド教国があの遺跡の入口を発見したら、かなり危険な状態になりそうな気がするんだが」


「そう簡単には発見できないだろう。特殊な能力持ちか、遺跡に関する資料か何かを持っていない限りは。

 一周しただけだけれど、英雄レベルの魔法士であるエイラと古代魔法使いの僕が調べて何も発見出来なかった。英雄レベルの戦士であるアラダの感覚にもひっかからなかった。だからそう心配する必要はない」


「私もそう判断します」


 エイラはそう結論から言って、一呼吸置いた後に続ける。


「更に言えばあの部隊が調査を続行した場合、無事に済む可能性はごく低いでしょう。周囲の魔物が近づきつつあります。二級魔獣であるマンティコア一体、三級魔物のトロル二体の反応が確認済みです。

 通常兵力の二分隊程度ではこれらの魔物に抗し得ません」


 二級の魔物や魔獣は兵力で言えば中隊二個分相当、つまり一般兵二〇〇名規模と同等の戦闘力があるとされている。

 なるほど。俺は状況を理解した。確かに今はまだ手を出さず見ているだけにとどめるべきだろうと。

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