第九目 不明勢力の出現

 よく考えたらサイヤンやエイラが料理を作れないのは当然だ。家には専属の料理人がいる。学園に入ってからも普通に学校の食堂で毎食食べているだろうから。


 いや、サイヤンの場合は食堂に行かず、書庫に籠もってビスケットで昼食を済ませている事も多いか。でもまあそれも別の人が作った料理のうちとして。


 一方で俺は平民、それも農業許区の出身だ。


 家では父か母が普通に食事を作っていた。更に言うと俺は寮員である今も休日は自炊をしている。これはひとえに金欠故だ。


 現在の俺は特別奨学生だ。授業料や寮費、平日の食費は奨学金で全額出る。しかしそれ以外の出費、例えば副教材だの休日の食事だの私服だの下着だのは奨学金の小遣い名目分でまかなわなければならない。


 当たり前だが農業許区にいる両親には仕送りなんて余裕はない。そもそも特別奨学生となった時点で半ば縁が切れたような状態だ。

 そして学園許区には短時間就業アルバイト先なんてものはない。


 当然食費に回る金は最低限となる。結果、休日の食事はほぼ自炊だ。自炊の内容は貧乏飯が中心。パンより安い乾燥パスタを茹でて炒めるとか、安い野菜や食べられる野草を炒めたりスープにしたりとか。


 休日に許区内の森や川で採取なんて事もする。これでも魚や小動物くらいなら捌いて肉にすることだって出来るのだ。農業許区出身ならそれ位は常識の範囲。


 さて、此処は俺の部屋より遙かに食材が揃っている。チーズの他、肉やハーブ、高価な香辛料まで。

 ならば思い切り良く使わせて貰う。


 メインは野菜と肉入りのチーズパスタでいいだろう。あとはスープも用意しよう。サラダも。

 今日のメニューはその程度でいい。早く作る事も重要だろうから。


 必要な食材を選んで隣の調理場へ。ここで俺は誤算に気づいた。この調理場、水源や熱源が無い。


 よく考えたらありうる事だ。この別棟、外へ出る扉がない。つまり魔法使いの使用を前提として作られている。

 寮では水は井戸から汲み、熱源は木炭を利用していた。しかし此処では別の方法を使う必要がある。


「サイヤン、この調理場は魔法仕様になっている。だから悪いが作るのを手伝ってくれ」


 サイヤンもエイラも俺が外に魔力を放出する魔法を使えないことを知っている。


「もちろんだ。飯の為なら喜んで手伝おう」


「私も手伝います」


 二人とも手伝ってくれるなら問題無い。遠慮無くこき使わせて貰おう。主にサイヤンを。


「それじゃまずこの鍋に沸騰したお湯を出してくれ。分量はこの辺まで。この後パスタを入れるから、入れた後十二分ほど沸騰状態を維持……」


 王子と侯爵家令嬢を平民が部下としてこき使うという調理が始まる。学園では実家の爵位にかかわらず生徒は平等、というお題目になっているから問題はない、多分。此処も学園の施設の筈だし。


 実際はお題目ほど平等な訳ではない。しかしサイヤンもエイラも学内ではお題目の平等を守ってくれている。むしろ特別扱いすると嫌がるタイプだ。

 だからこそ遠慮無く頼める、というのが実情なのではあるけれど。


 ◇◇◇


「なるほど、こうやれば自分達で料理を作れる訳か」


「このクリームパスタ、美味しいです。学園の第一食堂のものより」


 エイラはそう言ってくれる。しかしそれは俺の腕のせいではない。


「ここには高価な材料が揃っていたからだ。第一食堂でもここまで材料を贅沢には使えないだろう」


 学園ではややお高めの第一食堂でもせいぜい一食二小銀程度まで。つまり材料費がそれなりに抑制されている。


 しかし此処では材料の値段を気にする必要はない。だからチーズを思い切りよく使えるし、肉だってたっぷり使える。更には高価な胡椒を多めに振るなんて贅沢な事だって可能だ。


「材料費を気にしなければこれくらいは簡単だ。茹でたり加熱して混ぜたりするだけだから。サイヤンもエイラも魔法の調節が上手いし」


「ああ。おかげで当面の危機は去った。まさか主食、パンをおいていないとは思わなかったから。

 今度学長に会ったら食材にパンを追加してくれと言っておこう」


「食材庫の容量的な問題だと思います。乾燥パスタなら同じ容積でパンの十倍以上の量を置くことが出来ますから」


 多分エイラの言う通りの理由だろう。しかしサイヤンはそれでは納得しないようだ。


「でも食事がずっとパスタというのは何だろう。明日、移動魔法で学園購買に行って買い込んで来よう」


 いや、当面のままでもずっとパスタという心配はしなくてもいい。


「食料庫にはあと小麦粉と粒大麦があった。だから平焼きパンや粥、大麦飯は作れる」


「それでもある程度は買い出しをしておいた方がいい。あと持ってきたい本とか服とかもある」


 確かに服はある程度はこっちに持ってきておきたい。魔法の教科書なんてのもあると参考になるだろう。


「確かに呼び出されていきなり此処だからな。それくらいは必要か」


「そうですね。私も一度寮へ戻っておきたいところです」


 エイラがそう言った結果、全員が一度戻る案に賛成と判明。


「なら明日、さっと行ってこよう。勿論移動前にはある程度学内の様子を遠視魔法で確認する事として。

 買い出しは僕がやっておく。こう見えて収納魔法には自信があるからさ。だからもし欲しいものがあれば明日出る前に言ってくれ。

 アラダは僕が寮の部屋前まで送る。帰りは指定時間に寮の自室にいてくれれば僕から出向く」


「助かる」


 俺はほとんど魔法が使えないから仕方ない。


「時間は朝一〇時でいいだろう。それなら購買は開いているだろうし一般生徒は授業なり何なりやっている筈だ。だから目立たなくていい」


「遺跡の方は急がないでいいでしょうか?」


 確かにエイラの言う通りだ。俺としても気になる。


「確かに気にはなる。しかし一日くらいは大丈夫だろう。今まで特に何かあったような感じはしない。

 強いて言えば不安要素は今日、僕たちが遺跡に行った事を見ていた奴。あれがどう出るかが心配な位だ。しかし今日明日位では……」


「反応がありました」


 サイヤンが話している途中でエイラがそう告げた。サイヤンもすぐに気付いたようだ。


「何だ……遺跡に誰かいる!」


 えっ!


「何だって。もう暗いのにか」


 野外活動を行うのは明るいうちが鉄則だ。勿論魔法で十分な灯を出すことは出来る。

 しかし灯火は魔物や魔獣を引き付ける。故に開発が進んで魔物や魔獣が減った場所以外では灯火を灯してまで活動することはない。


「遺跡周辺はまだ空の明かりが少し残っている。此処より日が暮れるのが二〇分位遅いようだ」


 サイヤンの説明でそうなのかと思う。此処の窓から見える外はもう夜が始まっているのだが。


「アラダに私の遠視魔法の視界を転送します」


 ふっと頭の中に映像が浮かんだ。

 夕暮れも終わりかけている空。針葉樹林の中にそびえ立つ巨大かつ異形な建物。そこに男が二人。

 暗くて顔や服装はよく見えない。しかし片方の魔力はかなり高いようだ。エイラの感覚を通じて俺にもわかる。


 何事かを話した後、二人とも姿を消した。おそらくは移動魔法で何処かへ去ったのだろう。そして周囲は夜の闇に包まれる。


「前言撤回だ。何かあったら動けるよう、明日は出かけず此処で待機しつつ遠視魔法で遺跡の調査だ。

 ひょっとしたら今日のうちに動きがあるかもしれない。もしそうなったとしたらこの部屋に集合だ。アラダは僕が起こす。もし何か起きても僕が起きていないようならエイラ、頼むから起こしてくれ」


「わかりました」


 エイラは頷いて、そして再び口を開く。


「ところで遺跡に出現したお二方、サイヤンは見覚えあるでしょうか。私はひととおりこの国の上位貴族の方々を知っているつもりです。しかし今の姿形と魔力反応に覚えがありません」


「ああ。僕もない。他国勢力の可能性が高いように感じる。

 僕達を見ていたというのもきっとその勢力なのだろう。

 一応学長には一筆書いて送っておこう」


 サイヤンは食べ終わったパスタの皿を横に移動させる。空いたスペースにアイテムボックス魔法で便せんとペンを取り出し、手紙を書き始めた。

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