第八目 待ち受ける困難?

 別棟の、あの偉い人の執務室っぽい部屋に出る。

 着くとほぼ同時にエイラが口を開いた。


「今度あの遺跡へ行く場合は注意した方がいいでしょう。遺跡での行動の一部始終について、誰かから見られていました」


 何だって!! 

 これはサイヤンも気づいていなかったようだ。


「魔法か、それとも全知等の天授か?」


「わかりません」


 エイラはサイヤンの問いに返答した後、説明をつけ加える。


「どういう力で観察していたのかは不明です。観察行為そのものについては巧妙に隠蔽されていました。しかし観察者の思念の一部がかすかに漏れるのまでは防げなかったようです」


「という事は観察者は我々が観察を行っている事を『自動的に知った』のではなく、『意識して観察した』。そう思っていいのか?」


 エイラは頷く。


「ええ。更に言えば『継続的にあの遺跡を監視していた結果、私達に気づいた』のではなく、『遺跡に到着した事を知って、観察をはじめた』ように取れました。これは漏れてくる思念の変化で判断したのですが、ほぼ間違いないと思います。

 ただし言語化した思念までは拾えませんでした。ですので何処で誰が何の目的で観察したのかは不明です」


 そこまでエイラは感知して分析したのか。彼女の実力は俺をはじめとした一般の生徒が知るより更に上のようだ。

 しかし今の問題はそこではない。


「誰に見られていたかが問題だな。学長やファシア様ならまだしも他国だと面倒なことになるかもしれない。

 対策はとれるのか?」


「遠視魔法を使用しているのなら対抗術式で無効化可能です。ですがおそらくは遠視魔法等のような既知の魔法ではないでしょう。

 私達が出向いた事に気づく事が可能な魔法は幾つかあります。ですがどの魔法でも事前に術者自身があの遺跡周辺を訪れて魔法を仕掛ける事が必要です。ですがそういった痕跡は私には発見できませんでした」


「なるほど」


 サイヤンは考えるように少し間を置いた後、続きを口にする。


「エイラが既知の魔法でないというならきっとそうなんだろう。つまり未知の魔法か、全知のような天授か。

 それなら通常の対抗措置を取っても効果がない可能性が高い。効果がないだけじゃない。こちらが観察に気づいたという事を感知されてしまう」


 だから監視されていたと気づいてもエイラは対抗措置を行わなかったのだろう。こちらが気づいた事を察知させず、相手を分析する事を優先した訳だ。


「だから次回探索時も注意はするが、あえて対抗措置は行わない。エイラ、アラダ、それでいいと思うか?」


「ええ、それが妥当だと思われます」


「俺もそう思う」


 俺達が頷いたのを確認し、サイヤンは続ける。


「あとは念の為の確認だ。エイラの事だから監視なり通報なりの魔法を仕掛けてあるんだろう、あの遺跡に」


「ええ。出現した広場とそこから見て遺跡正面側、あとは周囲に三カ所ほど」


「なら遺跡については今日はこれで終わりにしよう。遺跡の内部に触れていない以上、これ以上のことがあるとは思えない。

 という事で次の課題はこの別棟についてだ。エイラの事だからこちらに不都合になりそうな魔法や仕掛けは確認済みだろう?」


「ええ。学長の仰った通り情報封鎖魔法が機能しているかについては確認済みです。またこの施設には監視だの行動阻害だのといった不都合な仕掛けは組まれていないようです。あくまで私の検知可能な範囲でですけれども。


 遠視魔法も外部からこの別棟内へは起動しません。外部からの移動魔法はこの部屋にのみ起動可能です。念の為私達三名以外が移動してきた場合、通知がくるよう通報魔法を設定してあります」


 まったくもってエイラ、万能だなと思う。おかげで俺は何もやっていない状態だ。


 まあ俺に期待されているのは魔法が効かない相手、もしくは魔法を禁止された領域での直接戦闘だろう。だから仕方ないと言えば仕方ないのだが。


「それならこの別棟の探索を綿密にやる必要はなさそうだ。

 それでは現在、僕が危惧している最大の困難について、現場へ行って相談するとしよう」


 最大の困難?


「何だその最大の困難ってのは?」


「さっき食材庫を確認した際に気づいた。さっと見ただけだから見落としがあったかもしれない。もし見落としていたのなら困難は無いという可能性だって残っている」


 何だろう。わからない。わからないけれど。


「なら食材庫へ行けばいいんだな」


「ああ」


 階段を下りて一階へ。

 俺は確かに魔力を外に出すタイプの魔法は使えない。しかし探知、検知等の受動系統ならそこそこ使える自信はある。

 その俺の感覚では付近に怪しい気配はない。階段を一階まで下りても、その先の食材庫の扉の前に立っても。


 俺は扉を開ける。ただの食材庫だ。野菜、肉、乾燥パスタ等が棚に置かれて並んでいる。

 この棚には時間停止魔法がかけられているようだ。ここに保管されている限りは傷む等を考えなくていい。


 野菜はぱっと目で見ても充分以上にある。種類も量も充分以上だろう。キャベツ、にんじん、タマネギ、ジャガイモ、トマト、なす、ブロッコリー……

 三人なら一月分以上は余裕だ。


 肉は牛と鶏。塊で部位毎に置かれている。これも全部あわせれば一月分以上はあるだろう。


 更に言えば調味料もそこそこ揃っている。塩の他、白砂糖なんて上品かつ高価なもの、油、ビネガー、バター、豚脂、各種の酒、更には香辛料系統まで……


「充分に揃っていると思うが。何か問題があるのか?」


 サイヤンは渋い表情で頷いた。


「ああ。残念ながら僕の予想通りだった。せめてパンでもおいていないか探してみたのだが、残念ながらなかったようだ。


 それじゃここで白状させて貰おう。僕は料理は一切出来ないしした事がない。つまりここにある物だと生の野菜に塩かバターか脂を塗って食べる位しか出来ない。

 次にエイラに聞こう。エイラは料理をしたことがあるか?」


 彼女は首を横に振った。


「申し訳ありません。残念ながら料理は専門外です。調理魔法というものもあるようですが、そちらの習得はしておりません」


 サイヤンは頷いて俺の方を見る。


「そういう訳だ。と言うことでアラダが料理を出来なければ、野菜を生で食うか、肉を適当に切って焼いて食べる位しか出来ない。あとチーズくらいは食べられるだろうけれど。


 故に駄目なら学校へ戻ってパンを買ってくる必要がある。しかしもう時間的に購買は開いていないだろう。つまり今夜はさっき言ったような山賊的料理になる訳だ。

 という事で最後の望みをかけて聞く。アラダ、君はどうだ?」


 なるほど、それが困難という訳か。なら仕方ない。


「大したものは作れない。期待はするなよ」


「作れるのか!」


 サイヤンの本日一番感情がこもった声。


「簡単な物ならな。ただ貴族用の上品な料理とかは期待するな。味つけも簡単にしか出来ないぞ」


「助かりました」


 これはエイラだ。こちらも今日一番感情を感じる。気のせいかもしれないが。

 彼女は更に続ける。


「調理済みの料理という事はなくとも、せめてそのまま食べられるものが入っているとばかり思っていました」


「あと出来れば短時間で出来るもので頼む。実は結構腹が減ってきた」


 確かに俺も腹が減ってきた気がする。

 当分は俺が作る事に決定のようだが仕方ない。実際今日俺の出番はほとんどなかったし、この位は働いてやるとしよう。


「わかった。パスタでいいか」


「何でもいい。任せた」

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