第四目 依頼の受領

「わかりました」


 サイヤンは頷いて、そして俺とエイラの方を交互に見た。


「それでは次は学長ではなく、エイラとアラダに向けての話となります」


 何だろう。俺は視線を学長からサイヤンへと移す。


「此処学園にいればあと一年は平穏の中に過ごせます。多少の諍いはあるかもしれませんが命に関わるような事はありません。所詮コップの中の嵐といった程度です。


 しかしこの依頼を受けると、おそらくそういった平穏とは無縁の中へと足を突っ込む事になるでしょう。その代わり何かを得られるかもしれない。本当に何かを得られるのか、その何かとは何なのか。今の段階では何一つわからないのですけれどね。


 そんな不確かな何かに、一年の安寧を捨てて賭ける事が出来ますか。それでもこの依頼を受ける気がありますか。

 それを確認させて欲しいのです」


 サイヤンが言っている事はわかる。何もしなければ卒業まではこの学園に衣食住困らずいられるという事だ。例え卒業後は長生き出来ずに戦死しそうな立場であっても。


 しかし、俺は思う。そのあと一年の安寧にそれほど価値があるのだろうかと。残念ながらそうは感じられない。ここの学校は閉鎖的で息がつまりそうだ。


 いや、この学校だけではない。この先の進路だって現時点で決定しているようなものだ。選択の余地はなく希望もない。そのくせ外れると悲惨になるだけの進路が。

 閉塞感に変わりはない。


 かつて天授を授かった時、そして特別奨学生に選ばれた時、家族だけでなく隣近所まで挙げて祝われたものだ。


 俺も希望でいっぱいだった。これで俺もひとかどの人物になれると。この許区には戻れなくなるだろう。その代わり狭い許区から出て、より開かれた輝かしい世界へと旅立てるのだろうと。

 

 しかし実際はよりつまらない、選択権がない方向へ進んだだけだった。閉鎖的で風通しが悪く、希望の代わりに決まり切った将来しか見えない世界へと。


「私としては来て欲しいと思っています。何せ私自身にはさしたる戦闘力はない。ちょっとした魔物に出逢ったらそこで探索終了です。

 ですがエイラさんとアラダ君は違う。少なくともこの学園の生徒ではそれぞれの分野で最強に近い力を持っている。遺跡の中という狭い場所でなら二人だけで十分以上の戦力でしょう。


 ですから二人が来てくれれば賭けの勝率は間違いなく上がります。何かわからない何かを得られる可能性が。

 だから私は二人に参加していただく為、賭けの勝率を少しでも上げる為に、私の持つ天授について明かしましょう」


 やっとここでサイヤンの天授についての話が出てきた。さて、いったいどんな能力なのか。俺は聞き逃さないよう耳を傾ける。


「私の天授は瞭然。どんな言語で書かれたものであろうと解読して理解する能力です。例えそれが他国語であろうと、そして古代文字で書かれたものであろうと。

 そして私の武器はこの天授で古代文書を解読して得た、幾つかの古代魔法となります」


「古代魔法……」


 エイラが言葉を発した。サイヤンは頷く。


「ええ、古代魔法です。今現在の私が使用出来るのは普通の魔法とは異なる移動系の魔法と、攻撃に使うのにはいささか頼りない幾つかの光魔法くらいですが。

 古代文字を読み理解する。そして理解した内容から古代魔法を再現して使用する。それが私の天授『瞭然』の能力と副次的効果になります」


 なるほど、いかにもサイヤンらしい天授だ。それなら確かに普段書庫に籠もって本を読みあさっているのも理解可能だ。書庫の中には古代文字で書かれた未解読の書物なんてのも所蔵されているらしいから。


「学長、及びサイヤン様にひとつ伺います。この任務は今日と違う明日を与えてくれるでしょうか」


 エイラの言葉。意外な言葉だと俺は感じる。何というか質問の内容がらしくないと感じるのだ。

 だが同時に理解も出来る。きっと彼女も感じていたのだろうと。俺と同じ閉塞感を。


「私の立場では何も言えない。天識によって可能性として知らされた古代遺跡の探索。それ以上の事は」


 学長の返答はまあまあそうだろうという内容。


「わかりません。そうとしか私は言えません。私が現時点で持っている情報はここで聞いたものだけですから。

 ただし変化の可能性はある、それは確かです。いい変化か悪い変化かは別として」


 そんなサイヤンの言葉に、エイラは無表情のまま頷いた。 


「わかりました。それでは私は参加させていただきます」


 いい変化か悪い変化かは別にしてか。それでも今の閉塞感よりはましだろう。

 だから俺は続いて口を開く。


「私も参加させて下さい」


 サイヤンは頷いた。


「わかりました。それでは学長、私達三人はこの依頼を受けましょう。ただ現場での探索や戦闘に必要な装備が欲しいところです。衣食住は適宜寮へ戻ることで対処するにしても」


「わかった。ただ寮へ戻るのは場合によっては危険だ。

 この別棟を使うがいい。食料や装備、更には寝室や風呂等、生活及び一通りの活動に必要なものは揃っている。

 先程話したとおり情報封鎖魔法も仕掛けてある故、他国の全知であろうとこの中にいる限り様子を覗うことは出来ない。


 学校不在中の授業出席や成績への影響は気にしなくていい。現在取得中及び今後取得予定の授業については卒業単位に代替可能な学長特別講義と演習に振り替えておこう。これで優秀賞や奨学制度の継続認定で不利になる事はない筈だ」


「恐れ入ります」


 奨学金の件はすっかり忘れていた。だからこの話はありがたい。素直に頭を下げさせて貰う。


「それでは後は君達に任せよう。何か他に質問はあるかね」


 無言の間。誰も何も言わない、そう思った時だ。

 サイヤンが口を開いた。


「最後に確認です。学長は何を必要な成果として我々に求めますか?」 


「何が必要な成果なのか、私の天識では知る事は出来ない。だから判断は君達に任せる」


「了解致しました」


「それでは後は任せる」


 学長の姿が消える。移動魔法で学園へと戻ったのだろう。


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