第二目 禁じられた知識

 全員が座ったところで学長が口を開いた。


「まずは此処の説明からだ。

 サイヤン君はもうわかっているようだが、此処は学園内扱いだが通常の学園許区からは離れた場所だ。関係者以外の一切に知られたくない情報を扱う為、あえて学園許区から離れた場所に設置した。


 此処のように保秘の為に本来の施設と離れた場所に作られた施設を通称で別棟と呼ぶ。先程サイヤン君が言った通りだ。

 別棟は学園だけで無く幾つかの役所等にも存在する。個々の所在まで知る者は少ないが、そういった場所がある事は皇族や上級貴族なら周知の事実だ」


 これは俺に対する説明らしい。サイヤンは皇族だしエイラの家は侯爵家という上流貴族だから。

 そして俺は先程のエイラの表情の意味を理解した。つまりそういった通常では無い場所に移動したと気づいたからなのだろう。


 帝国では位置情報は秘密扱いだ。移動も居住している許区内以外は禁止されている。

 これは移動魔法や物質転送魔法、遠視魔法等の遠隔系魔法等による敵国からの攻撃を防ぐためだ。


 メクネサール帝国は大陸内の複数の国と一〇〇年来の戦争中だ。街や重要機関等の位置が敵に判明した場合、間違いなく遠隔系魔法による攻撃を受ける。


 これら遠隔系魔法の阻止手段は幾つか存在する。しかし全ての都市や政府機関に適用するのは不可能だ。


 しかし遠隔系魔法は使用者が行った事がある場所へしか起動出来ない。故に移動を含む地理情報を必要最小限まで制限する事によって敵に情報を与えず、遠隔系魔法による攻撃を防ぐ事になる。


 国民は通常、自分が住む許区以外へ出る事を許されていない。職業商人ですら最大で三つの許区までしか移動許可を取る事は出来ない。


 しかも現にいる許区外へ移動する際は事前申請の上、専業の役人の移動魔法によることとなっている。自力で移動魔法を起動して移動する事、許区外を歩く等して移動する行為は即断刑の対象だ。


 官僚等も同様。軍人は移動先が何処にあるかを知らされないまま各方面専門の移動管理官の魔法で任地へ飛ばされる。


 そして地図等の地理情報、何処に何があるかという事については一切公開されていない。国でも真に必要がある最上層部しか知らされていない筈だ。

 

 俺もこの国がどんな形をしているのか、どれくらいの大きさなのか、一切知らない。何処に街があって、何処が農業地域として開発されているかなんてのも、全て。


 つまりはまあ、それくらい地理的情報や移動が神経質に規制されている訳だ。それでも年に二~三回、中小の許区の位置が敵にバレて殲滅攻撃で消えるなんて事があるけれど。


「学長はこのような場所へ私達を呼び何をさせようとしているのでしょうか。卒業後は長生きできそうに無い組み合わせだけに、ここで理由の説明を求めたいところです」


 サイヤン、なかなか強烈な物言いをした。しかし言っている事自体は正しいし俺にも理解可能だ。


 まず自分。平民ながら特例奨学生として学園に連れてこられた。卒業後はおそらく騎士団に将校扱いで配属となるだろうが、貴族子弟からみれば邪魔者だろう。

 故に速やかに最前線送りとなるのは確実。


 エイラはララヴァ侯爵家の四女。故に血を残す事は求められていない。姻戚関係を作る事も四女とまでなると求められない。


 故に求められるのはララヴァ侯爵家の名を高めること。具体的に言えば戦場で英雄として戦い、死ぬこと。そしてエイラはそれが可能な魔力と魔法を併せ持っている。


 サイヤンは先帝の三男の次男で現皇帝の七人目の甥。皇族をこれ以上拡散させるのは権力維持上都合が悪い。

 ただしサイヤンはエイラ程の攻撃魔法も、自分アラダ程の戦闘能力も持たない。


 故におそらく皇族の一員として戦略部隊を率いることになるだろう。この場合の戦略部隊とは、囮部隊や突撃部隊として戦略の犠牲となる目的で投下される部隊を意味する。部隊の目的上、指揮官クラスはまず生き残れない。

 

「依頼するのはこの地図のこの地点にある未踏の古代遺跡の探索になる。国による依頼ではない。学園長たる私による依頼だ。

 ただ未踏の遺跡だけに何が出るかわからない。また他の目から秘匿するには人数も三名が限度。

 探索を成功させるのに最適な者を選んだ結果、ここにいる三名となった」


 なるほど、それなら俺にもある程度は理解可能だ。俺は近接戦闘能力、エイラは魔法戦闘能力を買われたのだろう。

 学内に残っている学生で嫡子その他動かせない者を除けば、確かに俺とエイラは最高戦力だ。


 しかしサイヤンが選ばれた理由がわからない。

 確かに奴は魔法も剣術もそれなりに優秀だ。しかしそれ以上の生徒も何人かいる。何より継承順位が低いとは言え皇族を国とは別の依頼に巻き込む理由が想像出来ない。


 そこまで俺が考えたところだった。

 サイヤンが誰にもわかるようなわざとらしいため息をついた。そして学長に改めて向き直って口を開く。


「学長はどうやら私の天授についてご存じのようです。そう判断していいですか」


 天授とは神によって与えられる特異な力の事だ。一定以上の能力がある六歳から一〇歳の者が神から授かる。授かる事が出来る者はおよそ一〇〇人に一人。


 だがこの学園の学生なら半数以上の者が天授持ちの筈だ。俺も、そしておそらくはエイラもサイヤンも。


「我が天授は天識だ。この天識とは神の意向を遂行するのに必要な知識と情報を得る事が出来る天授。この能力により今回の目的にふさわしい者を知り、選んだ。

 つまりここに呼んだ三名の能力は天識により確認済みとなる」


 どうやらサイヤンだけでなく、俺やエイラの天授も知られているようだ。


 俺の天授は蓄力。体外に魔力を放出することが出来ない代わりに身体能力を常時数倍に高める事が出来るという天授だ。


 エイラの天授は知らないが想像は出来る。俺の逆で放出系魔法を使いこなすのに適したものだろう。天魔とか魔才といった。


 しかしサイヤンの天授については俺には想像出来ない。

 サイヤンは優等生ではあるが特別に秀でた分野はない。特に天授らしい能力を発揮したのを見聞きした覚えもない。普通と違う点はひたすら書庫に籠もっている事くらいだ。


「あとはこの依頼について。遺跡の調査をするなら当然学園の許区を出る事となります。この件については国の特別許可が下りているのでしょうか。また目的の遺跡までの移動方法は確保されているのでしょうか」


 それも問題だ。許区外への自由移動は法律によって禁止されている。違反者は即断刑、つまりその場で死刑だ。


「国の許可は取っていない。私の独断だ。ただしファシア殿の同意は得ている。故に全知の天授により国に漏れる事は無い」


 ファシアとは先帝の十五女で全知の天授を持っている。この全知とは現時点における表象事象をほぼ全て知る事が出来るという天授で、各国に一人しか存在しない。


「更に言うとその遺跡の位置は古代地図に明記されている。これだ」


 学長が出したのは一延1m四方程度の大判の一枚紙。外側近くが青色で、中心に緑色や茶色、黄土色部分が塗られている。

 これが地図なのだろうか。俺はこの紙が何を意味しているのか、見ても理解出来ないのだけれども。


「この大陸の地図ですね。これを見た事が知れたらここの四名は全員死刑ですよ。第一級禁止物ですから」


 どうやらサイヤンは一目見てこれが地図だとわかったようだ。それもこの大陸の地図であると。

 何処かで現物を見た事があるのだろうか。一応皇子ではあるだけに可能性は否定できない。


「その通りだ。そしてサイヤン君なら、これで移動についての疑問は解消する筈だ。違うかね」


 論理がわからない。移動魔法は『自分が行った事がある場所とその周辺』以外へは使えない筈だから。

 しかしサイヤンは頷く。


「なるほど、仰る通り学長は私の天授とその派生能力についてご存じのようだ。確かにこれがあれば私は移動可能です。なおかつ私以外には移動不可能でしょう。


 それでは次の質問です。何故学長は国と法律に背いて未踏遺跡の調査に我々を赴かせようとしている訳ですか。こんな第一級禁止物まで持ち出して。


 我々を選んで学長自身は動かないのは単なるトカゲの尻尾切りではないのか。その担保として理由を知りたいところです。

 更には国に背いて未踏の遺跡を探索する我々に、その代償として何を提示できるのか。以上についてお聞かせ願いたい」


 学長は頷いた。


「ああ。それではまずこの探索の理由、もしくは意味から説明しよう。

 私の天授は先程も言った通り天識、『神の意向を遂行するのに必要な知識と情報を得られる』という能力だ。

 そして今朝、この天識により私は知った。このままではこの国を含むこの世界の全ての人間が神に見放される事を」

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