閉塞世界の探索者 〜天授と魔法と古代遺跡~

於田縫紀

プロローグ 依頼の受領

第一目 至急の呼出

 閉塞感で息がつまりそうだ。そう思いつつ俺、アラダ・デュラミスは奥へと歩いて行く。


 空気は問題無い筈だ。書籍その他の保管の為、魔法で低温乾燥状態にされた空気が循環している筈だから。ただその循環がゆっくりで人には感じられない程度というだけ。


 此処はメクネサール帝立第一高等学園第二図書館の最奥、第五閉架書庫。窓も扉も・・・・無い空間に、書棚とそれに詰められた本が並んでいる。


 外からの灯りは無いし灯火施設も無い。しかし歩くのに困らない程度の明るさはある。前方から灯火魔法の光が漏れていて、俺の足元まで届いているから。


 その灯火魔法で明るくなっている辺りが目指す人物がいる場所だろう。魔力探知でもその辺に奴がいる事が感知出来るし。体外に魔力を出せず一般的な魔法が使えない俺でも受動で魔力を感じる事は可能だしむしろ得意だ。


 十歩目で目的の人物が視界に入った。長くてボサボサの髪、顔も体型も細い姿。服装は前を止めていない制服ガウンの下に寝間着代わりの中等学園時代の体操服。

 いつも通りだなと思いつつ、俺は声をかけた。


「サイヤン。学長が呼んでいる」


 奴は全く反応しない。床にべたっと座り背中を書棚にもたれかかって本を読んでいる姿勢のままだ。時折ページをめくり、更に時々アイテムボックス魔法でビスケットを出してかじるだけ。


 五ページ、ビスケット三囓り分観察したが変化はない。ただこれは予想通りだ。

 だから俺は金髪もじゃもじゃ痩せぎすの男に近づく。

 

 この男、サイヤン・ハルテモリー・イラは本に夢中になると周囲に無頓着になる。本以外でも無頓着な面は多いけれど。


 この状態のサイヤンを現実に戻す方法はひとつだ。

 俺は奴の真横に回る。腰を屈め、奴が読んでいる本の上に掌を突き出して奴の視線からページを隠した。


「何をする」


 サイヤンがこっちを振り向く。予想通りだ。


「呼びかけたが反応しないから最終手段を使った。学長が呼んでいる。六番会議室へ来いとの事だ」


「この本を解読してからじゃ駄目か」


 そう言うだろうとは予測できていた。だから用意していた口上を述べさせて貰う。


「学長からの伝言だ。ここへ籠もれる特権を剥奪されたくなければすぐに来いと。身なりは期待していないから整える必要はないとの事だ」


 本当は学長前に出るならもう少し身支度を調えて欲しい。今の服装、寝間着代わりにしている古い運動服の上に紺色の制服ガウンを羽織っただけなんてあんまりだと思う。


 俺自身は寮の自室すら無防備に出る事が出来ない。例え行先がすぐ先、寮内のトイレであったとしても。


 この辺は平民出身の俺と傍流とは言え皇族出身のサイヤンの意識差なのだろうか。今まで何度も思った事をまたも脳内で繰り返してしまう。


「面倒だが仕方ない。この本を戻したら動く」


 サイヤンは読んでいた本を上へと放り投げた。分厚い本がひとりでに閉じて近くの書棚へと納まる。相変わらず器用な風属性魔法の使い方だ。魔力というよりはテクニックという類いだが。


 サイヤンは立ち上がり、制服ガウンのボタンを全部とめ、髪を手ぐしで大雑把に直して俺の方を見る。


「気は進まないが行くとしよう。ところで何の用か聞いたか?」


 俺は首を横に振る。


「内容は知らない。呼ばれて会議室に行ったが、学長に話は揃ってから言われた。だから書庫までサイヤンの出迎えを頼むと」


「他に誰か来るのか」


「わからない。俺が行った時は学長以外誰もいなかった」


 授業終了後。着替えてトレーニングでもしようかと寮の自室へ向かう途中、学長から伝声魔法で呼び出しを受けたのだ。至急六番会議室へ来るようにと。

 行ったところ、サイヤンを呼んできてくれと移動魔法で書庫へ飛ばされた。以上が俺の知っている全てだ。


「わかった。六番会議室だな。アラダも同じ部屋へ魔法移動でいいか」


「頼む」


 俺は体外に魔力を出すタイプの魔法は一切使えない。この窓も扉もない書庫に残されたら脱出出来なくなる。

 返答と同時に目の前の景色が揺れた。次の瞬間さっと明るくなり別の部屋が現れる。


 六番会議室には二人、先客がいた。

 一名は年齢不詳、二〇代後半から五十代前半までどの年齢を自称しても通ってしまいそうな銀髪長身黒ガウン姿の男。

 もう一人は黒色の長髪に制服の紺ガウンを身に纏った女子生徒だ。


 銀髪長身が学長であるイフィン・ザーア・ハミー伯爵。先刻アラダにサイヤンを連れてくるよう命じ、移動魔法で俺を第五閉架書庫へ飛ばした当人。


 そして女子の方はララヴァ侯爵家の四女のエイラ・ラシュミテ・ララヴァ。同じクラスだから当然知っている。


 サイヤンが若干わざとらしい仕草で学長に一礼した。


「サイヤン・ハルテモリー・イラ、及びアラダ・デュラミス、お呼びという事で参上致しました」


 同時に頭を下げた俺の視界にサイヤンの足下が入る。制服ガウンの下に出ている中等学園の体操服ズボンと、その下に靴下無しで履いているサンダルが。


 学長は苦笑して、そして俺の方を向いた。


「アラダ、ご苦労だった」


「いえ」


 俺は改めて学長に頭を下げる。何故自分とサイヤン、そしてエイラという三人が呼ばれたのだろうと考えながら。


 サイヤンはこれでも皇位継承権十三位を持つ皇族だ。成績はまんべんなく優秀だが、どの科目も最優秀では無い。総合成績でもトップと言う程ではない。


 俺は平民の特例奨学生。剣術や近接格闘術は学年でもトップクラスと自負しているが魔力放出が必要な魔法は一切使えない。


 エイラはララヴァ侯爵家の四女。魔法に限れば学年でも最優秀。しかし剣術はまあ優秀かな程度で、語学や歴史等の科目は平均よりは上という状態。


 俺達の共通点は同じ学年というだけだ。集められた理由が想像つかない。


「面倒な挨拶はこれまでとしよう。まずは移動する」


 学長がそう言い終わると同時に視界が変化した。風景が歪み、次の瞬間別の部屋の中にいる。移動魔法だ。


 部屋の中には大机と応接セット。偉い人の執務室という雰囲気だ。窓の外は海。海と砂浜と岩場、緑の木々が見える。

 学園は海に面している。しかしこんな場所があっただろうか。少なくとも俺の記憶には無い。


 サイヤンがわざとらしい溜め息をついた。


「こんな所までわざわざ僕達を呼んで何をさせる気なんですか」


 サイヤンは一応皇族だ。だから学長に対しても特にへりくだる必要はない。

 それでも授業中などは問題がない限りは教師を立ててはいる。しかし今はそうしない事を選択したようだ。


「何処だと思うのかね、サイヤン君は?」


「いわゆる別棟でしょう」


 エイラの表情が一瞬変わったように見えた。しかし俺には理由がわからない。

 別棟とは何を意味するのだろう。貴族ならばわかるのだろうか。


 学長は頷いて口を開いた。


「その通りだ。此処は別棟。本来の学園許区からは離れている。しかし法律上は一応此処も学園許区扱い。つまりまだ・・国法を破った訳では無い。そこは安心してくれ。


 此処は対抗魔法措置が万全だ。ここで何を話しても漏れる事は無い。全知の天授持ちであろうとこの中で起きた事を認知する事は不可能だ」


「つまり此処で何が起きても外部に漏れない。そうともとれますね。我々の身の安全は保証されるのでしょうか」


 サイヤンの言葉はやはり遠慮ない。俺としては大丈夫なのだろうかと感じてしまう位に。


「それは保証しよう。何なら真偽魔法で確認してくれてもいい。今は対抗魔法を使用していない」


「確かにそのようです」


 これはエイラだ。どうやら真偽魔法を既に起動していたらしい。無表情に事実だけを呟いた感じだ。


「確かめてくれたなら結構。さて。話も説明もそこそこ長くなる。まずはそこの応接セットにかけてくれ」


 学長が応接セットの方を見る。テーブルに茶が入ったカップが四組出現。紅茶のいい香りが漂い始めた。


「わかりました。それでは失礼します」


 サイヤンがそう返答し、真っ先に三人掛けソファーの中央へ。自然、俺とエイラはその両側へ座る事となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る